9.最大戦力の結集2(ヴァレンティナside)
「この戦いがネア・マクリ帝国との共同戦線によって実行されることである!!」
大人しかった住民たちが歓声をあげる。拍手も稲妻かと思うほどに鳴り響く。
そう、クラッスス教会は四十年ぶりに正式な魔王討伐隊を派遣することになったのである。
しかもネア・マクリ帝国との共同戦線だ。今日はその出発式典である。
元来、クラッスス教会とネア・マクリ帝国は不仲ではない。むしろ帝国民の多くはクラッスス教徒であるし、対立した歴史もない。
表向きは。
帝国側としては『政治的、軍事的に介入しない限りクラッスス教の布教を認める』というスタンスであった。だが、裏ではその方針を破り政治に関わろうとした教会の司教が秘密裏に処罰されたり、反対にクラッスス教の弾圧をしようとした帝国の政治家が暗殺されたりなど、グレーな部分も少なくない。
つまり机の上では握手を交わし、足下では互いに蹴り合っているような状態であった。
今回は魔王を倒すという両者の思惑が合致したため、そしてそれ以上に人類が魔物に追い詰められたため、世界最大の教会と世界最大の国家が手を組んだのだ。
史上初の出来事である。盛り上がらないはずがなかった。
ようやく静けさを取り戻してきた観衆に向かって、パトラ大司教が続ける。
「では最後に、我がクラッスス教会より送り出す勇敢なる四名を紹介しよう。未来の勇者だ。しっかりと目に焼き付けるがよい。まずはヴァレンティナ」
私は名前を呼ばれて気を取り直す。そのまま一歩前へ進み出る。
「彼女は女性でありながら、最年少でクラッスス騎士団最上位である第一級に昇りつめた才能溢れる逸材だ。魔物をその技術で圧倒することは間違いない」
割れんばかりの拍手に照れつつ、手を挙げて応える。
「続いても第一級の騎士だ。ロレンゾ」
見事な白髭を蓄えた老人が前に進む。片目は若くして負った傷があり、隻眼である。体格はパトラ大司教に引けを取らない。
「ロレンゾは四十年前に壊滅的な打撃を受けた五千人の騎士団、その戦争を生き残った者だ。彼の経験は何よりも鋭利な武器となるはずだ」
現場の騎士では頼れる最年長のロレンゾもこの歓声には驚いたような表情を浮かべていた。
「三人目を紹介しよう、ギレェメ」
四十代後半のやや太った男が眉ひとつ動かさずに前へ出る。彼がまさか今回の討伐隊に参加するとは思わなかった。四人しかいないシュッツァーでも彼を選出するなんて。教会の本気度がいかに高いかがわかる。
「ギレェメはあの十八国連合五勇士だ」
周囲から大きなどよめきが起こる。
無理もない。誰もが語り継ぐ十八国連合の物語だ。
特に活躍した五人を「十八国連合五勇士」といい、たったひとりの生き残りがギレェメだ。誰もが知る有名人にも関わらず、クラッスス教会がシュッツァーの詳細を明らかにしていないため、ギレェメが現在所属していると知る者は少なかった。
「現在はクラッスス教皇聖下をお守りする直属の部隊、シュッツァーのひとりである。彼を知っている者の中ではシュッツァー最高の実力者と言われている。教皇聖下はご自身の身よりも今回の討伐隊を優先されておられるのだ」
拍手と歓声に包まれながらも微動だにすることなく、観衆の激励を受け止めていた。
「最後はソルだ」
初めて見る女性だ。私よりやや若いだろうか、まだ十代に見える。線が細く、肌が白い。とても討伐隊に参加していい人物には見えない。住民たちもざわついている。
「見ての通り華奢ではある。しかし彼女、ソルはその名の通り我々クラッスス教の崇める神エリーゼ様の娘と同じ名。神の力を貸してくれるだろう」
不安そうな顔でお辞儀をするソル。彼女は男たちの慰みものとしての同行かもしれないと思ってしまう。
そんな自分の考えにやや嫌悪感を覚える。
「以上だ。この者たちにエリーゼ様のご加護を!」
パトラ大司教の話が終わり、再び拍手喝采が湧き起こった。
そこで自分が式典の進行役であることを思い出し、気持ちを切り替える。拍手が静まるのを待って、再び私は聴衆に向かって声を上げた。
「続いては、ネア・マクリ帝国デッドエイック大将軍によるお言葉である。心して聞くがよい」
ネア・マクリ帝国には現在『ツヴァイ・ヘルト』と呼ばれる二人の英雄がいる。
そのうちのひとりが帝国最高軍事責任者であるデッドエイック大将軍だ。人類同士の戦いにおいては隣国を半分の兵で破り、魔物との戦いではここ十年の進攻をすべて食い止めただけでなく、守護魔を三体も倒して領地を取り戻している。
魔物との戦いの歴史は、ほぼ人類の敗北の歴史だ。
これまで局地的に魔物を撃退したり領地を取り戻したりすることはあっても、継続して戦線を維持するどころか押し返したのはデッドエイック将軍が初だろう。
魔物の時代が訪れて以来、最高の指揮官との呼び声も高い名将である。細身だが鍛えられていることが分かる身のこなし、全身を金の装備で固めた目立つスタイルは敵の攻撃が自分に向くようにしているからだとか。今年で四十歳になるそうだが、十歳は若く見える。
「知っていると思うがデッドエイックだ。パトラ大司教の後で大変恐縮ではあるが、少し聞いてもらいたい」
英雄は語り出す。
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