8.最大戦力の結集1(ヴァレンティナside)

 都市オレスティアダ。


 現在、人類が所有する国家の中でも最大面積を誇るネア・マクリ帝国の首都である。


 冒険者たちが「ここに来れば何でも揃う」と評する通り、世界中から様々なものが集まってくる。食材から武器防具に至るまで、オレスティアダを越える品揃えはないだろう。




 私がいるのはオレスティアダにある「第一中央広場」だ。その名の通り、都市の中心部にある広場である。


 普段は石畳で舗装された道と規則的に配置された花壇の花が美しい公園である。子どもたちが走り回り、老夫婦が散歩するような長閑な場所だが、今日は違った。

 広場には今日のために建設された大きな舞台があり、壇上には豪華な顔ぶれが揃っている。広場には収まり切れないほどの聴衆が詰めかけており、今回がいかに大きな出来事かが伺えた。



 私も壇上にいるひとりだ。


 私は舞台中央の最前列に立ち、声を張って聴衆へ語りかける。


「これより、クラッスス教会オレスティアダ支部パトラ大司教によるご挨拶がある。心して聞くがよい」


 私の言葉でざわついていた住民たちが一気に静かになった。私が下がるのと同時に、パトラ大司教が進み出る。


 白い上品な法衣に身を包んだ姿。背は高く、がっしりとした身体つき。顔には無数の傷跡がある。顔つきも宗教の長というより歴戦の傭兵を思わせるようだ。年齢は四十九歳。異例の若さで大司教まで昇りつめた、元クラッスス教会騎士団長である。


 広場に集まった人たちがやや緊張した様子で見守っている。それはそうだろう。世界最大の宗教クラッスス教、その中でもナンバー2と言われるパトラ大司教だ。滅多に会えるものではない。しかも一般的なパトラ大司教の噂を一言で言えば「強くて怖い」である。見た目で判断すれば噂も頷けるというものだ。




「パトラ大司教だ、皆、楽にしてよいぞ。強いのは事実かもしれんが、怖いのは事実ではないからな」


 にこやかに話し始める。低く響くような声の割に和やかな話し方で第一声を聞いた住民たちの表情が緩む。



「これまで人類は魔物と戦い続けてきた。

 大陸の西で突如魔物が生まれ、それが我々の世界を蹂躙し始めたのが五十年前。

 人類は勝ったり負けたりしながらも、西の地で魔物との戦線を維持していた。

 しかし魔物が現れてから十年後、つまり今から四十年前、我々にとって試練が訪れた。魔王と名乗るものがほぼ同時に三体出現し、人類に襲いかかってきたのだ」


 誰もが知っている歴史である。



「彼らの強さは圧倒的だった。膠着状態だった戦線は崩れ、人類は敗北を繰り返すようになった。

 当時西側にも多数の信者がいたクラッスス教会は、そんな魔王に立ち向かうべく全国から五千人もの屈強な騎士団を編成し、討伐軍を興したのは皆も存じておろう。

 そしてその結果も知っているはずだ」


 パトラ大司教の言葉が熱を帯びてくる。



「魔王やその側近を倒すことはできず、騎士団はほぼ全滅。生き残り、帰ってきたのは百名に満たなかった。

 クラッスス教会としても誠に不名誉だが、五千人近い尊い命が失われたことの方が当時九歳だった私を深く傷つけた。私は今でも散っていった魂に祈りを捧げることは欠かしていない」


 住民たちも、私自身もパトラ大司教の言葉に聞き入った。私はクラッスス教の騎士だから、大司教の話す内容は知っている。それでもなお、人を惹きつける語り口だ。



「なぜ我々は敗れたのか。

 それは足りなかったからだ。

 何が足りなかったのか。

 それは『知る』ということだ。

 魔物が発する魔粒子の存在すら、当時の人類は知らなかった。耐性のない人間が魔粒子を一時間も浴びればしばらく歩けなくなり、半日浴びれば昏睡状態、一日浴びれば三日以内に死ぬ。その魔粒子に耐性を持つ人間はおよそ五人中ひとり。

 今では常識となっているこんなことすら、騎士団五千人の犠牲により知ったのだ!」


 聴衆は水を打ったように静まり返っている。



「それから四十年。クラッスス教会は何よりも『知る』ということを優先させてきた。人類が十八国連合で一時の勝利を味わうも、魔物の反撃によって北の地を追われ、南の地を失い、中央の地を明け渡していった。その中で、魔物について多くのことを知ることができた」


 パトラ大司教が両手を広げ、ひときわ大きな声で叫ぶ。


「今日は人類にとって歴史的な一日になる!

 理由はふたつ!

 ひとつは膨大な知識を蓄えた我々クラッスス教会が、万全の対策を講じて魔王の討伐を行うこと。そしてもうひとつは」


 たっぷり一呼吸分の間を空けて吐き出す。


「この戦いがネア・マクリ帝国との共同戦線によって実行されることである!!」


 大人しかった住民たちが歓声をあげる。拍手も稲妻かと思うほどに鳴り響く。

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