5.転生者の切り札2(ザハールside)

 オレの予感が外れたんだ。



 オレは異世界転生したら、運命の流れっぽいヤツで凄い力が手に入ると思っていた。



 とんでもなく強い力を手に入れたときのために、剣術の練習だって欠かさなかった。



 でもそんなことなかった。




 スキルらしいスキルもないし、ステータスも開けないし、魔法も使えないし、頭の中に女神様の声も聞こえてこないし、身体能力も高くない。剣術の腕前は下手ではないがそれでも中の中といったところ。普通だ。普通じゃないのは精々魔粒子耐性があることくらいだった。


 それでもオレは諦めなかった。異世界に来て六年目、宙源石を身体に取り込むチャンスに恵まれたんだ。そのときはこれで何かが変わる、そう思ってたんだな。


 二の腕の皮膚を切って、傷口を作る。次に親指の第一関節くらいの宙源石を押し当てる。

 それが人体に取り込む方法だった。適性がある人間は宙源石が傷口に吸い込まれていくらしい。



 オレはダメだった。


 傷口を大きくしてもダメ、無理やり押し込もうとしてもダメ。悔しくて泣きながら何度も試したが、宙源石が血に汚れるだけで吸い込まれることはなかった。宙源石の種類や大きさの問題かもしれないと思ったが関係ないらしい。宙源石はその人に眠る力の補助を行う役割なので、種類や大きさによる影響はないそうだ。


 だがオレはそんな話を信じることができず、大きさや種類の違う宙源石を世間様のルールを無視して試し続けた。



 いや、こんな書き方じゃダメだな。

 世間のルールを無視っていうのは、早い話が窃盗や強盗だ。宙源石を盗んだり奪ったりしては試すってことを繰り返したんだ。


 言うまでもなくこれは徒労に終わった。


 とはいえ、盗んだり強奪したりを繰り返せば町にはいられなくなる。


 町から追放された。牢屋に入れられたり、処刑されたりされなかったあたり、町の人はみんな善人だったのだろう。ここまできてようやく少し心が痛んだ。


 孤児院を出ていたオレは、魔粒子耐性があることを活かして魔物と人間の国境付近に住むようになった。一段階目の魔物ならなんとか倒せるが、二段階目で中型犬サイズの魔物には直接戦っても勝てない。


 町を追放されたヤツの末路だ。




 食うものにも困って魔粒子を含んだ草や小型の魔物を食った。魔物の毒だか何だかわからないが、幾度となく死にかけた。このまま死にたいと思うこともあったからか、毒だと知っているものを自分から進んで食べたことも数えきれない。



 いや、ここも正直に言おう。

 オレが読んだ物語は魔物を食べたら魔物の力を受け継ぐことができるかもって思っていたんだ。まだ異世界転生者の神話を捨てきれていなかったんだ。




 バカみたいな話だろ?


 常識では知っていたぜ。魔物ってのは魔粒子を身体に含んでいる。魔粒子耐性のない人が食べたら死ぬことも。

 さらに魔物のほとんどは魔粒子以外に毒も持っている。仮に魔粒子耐性があったとしてもその毒で命を落とすことがあるってことも。


 でも転生してきたのにこんな人生は嫌だった。凄い力を得るか、それとも死ぬか。それしか選べなくなっていた。働いて食って寝るだけの人生はもうゴメンだった。




 生きたいのに死にたい。でも死にたくない。この世界で有名になりたい。前の世界に戻りたい。矛盾している生活を送っていた。


 そんな日々が数年続いた。元の世界に帰りたいと思うことも増えた。こんな事態になるのなら、地味でも平穏な毎日が待っている世界の方がいいと考えるのは当然だろう。とは言え帰り方などわかるはずもないので、結論を出さず、考えることさえも放棄して毎日を生き永らえていた。




 ある日、ひとりの老人に話しかけられた。


 オレがこの手記を書いている理由。それはこの老人と出会ったことだ。




 老人は自らをフリストスと名乗り、毒や薬について研究する科学者だと言った。自作の薬などを売って生活費や研究費用を賄っているそうだ。

 どうやらオレのことは半月前から知っていたらしい。オレの身体を使って毒についての人体実験をしたいとのことだ。


 はっきり言ってヤバいヤツだと思った。


「もちろん死ぬ可能性も大いにある。だが成功すれば、魔物に対抗する人類の切り札にもなり得る。試すかね?」


 だがオレは迷わず首肯した。この世界に来て十二年。転生者として活躍することもなく、この世界で普通に生きていくことさえままならなくなった今、断る理由なんかなかった。


 こうしてオレはフリストスのモルモットとなった。




 毒薬の投与実験は想像よりも楽だった。今までの生活と何ら変わらないものだったからだ。自暴自棄な数年間で、どうやらオレには毒の耐性がついていたようで、フリストスの投与する毒に苦しむことも数える程度だった。


 いや、カッコつけてもしょうがねえな。正直に言うと、七度死にかけた。魔物すらも殺す毒、これはオレ自身よく生き残れたと思う。


 ともかく一年が経過したころ、フリストスの計画は最終段階に入る。


「私の持つ毒素は全種類お主に与えた。最後は肉体再生能力の取得である。彼女の細胞を移植する。普通に移植した場合は拒否反応が出てショック死するが、この毒と混ぜて投与した場合に限り、拒否反応が起きにくいことがわかっている。彼女の細胞が受容できれば、肉体を再生する力を得る」


 どんな毒にも耐えられるようになったオレに老人は告げた。隣には何度か見たことのある赤毛の女性が立っている。身体にフィットした茶色の服を着ていて、豊かなボディラインがよくわかった。そういえばこっちの世界に来てから性欲あんまりないな、なんて考えて彼女を観察していると、背中に弓を提げているのに気づいた。狩人か弓兵なんだろう。


「あくまでも拒否反応は『起きにくい』である。お主の場合がどうなるかは不明だ。これは毒とは関係ない、別の反応である」


 オレは構わないと答えた。今更問われるまでもない。




 まあこれを書いてるからわかると思うが、実験は思った以上にあっけなく成功。オレは肉体の再生能力を手に入れた。腕の欠損程度なら、よく食べて一晩寝れば再生するレベルになることができた。


 フリストスはオレに言った。


「私の仮説が正しかったことを証明できた。十分な実験データも取得できたことに感謝する。これでお主は自由である。どうする?」


 オレは魔王に挑戦すると答える。フリストスはならば連れて行けと言って弓使いの彼女を連れてきた。


「名はイメルダ。見ての通り弓使いで、腕は達人級。お主同様再生能力持ちである。再生能力は宙源石によって授かったもの。魔粒子にも耐性がある。無口だが、魔王を倒し世界に名前を轟かせるのが目標の娘である」



 このとき初めて彼女の名前を知った。


 聞けば生き別れの兄と妹を探していたが見つからず、自分が有名になればいいと考えたらしい。

 だが、弓使いで近接戦闘が苦手なこと、それを補う仲間を探したが見つからなかったため途方に暮れていたこと。そこでフリストスに声をかけられ、研究を手伝いながら仲間を探していたらしい。


 どうやらオレを監視していたのもイメルダみたいだしな。


 つまりオレの存在は渡りに船ってことだ。オレとしても旅に仲間がいた方が助かることは間違いない。


 オレはイメルダと共に魔王討伐へ向かうことに決めた。


「ならばザハール。私からお主に伝えることと渡すものがある。出発は二ヶ月後。それまでに準備を整えるのである」




 こうしてオレはイメルダとの旅を始めた。


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