4.転生者の切り札1(ザハールside)
一日目。
いつか誰かにこれを読んでもらいたい。そう願って書いていこうと思う。
オレはザハール。大陸南東にある小さな国、コベルツ出身だ。
だが異世界転生者だ。
まあこれを読んでいる諸君には何のことだかわからないと思うが、分かりやすく言えばオレはこの世界の人間じゃないってことだ。前にいた世界では別の名前だった。向こうの世界ではキラキラネームって呼ばれるちょっと変な名前で、あまり好きじゃなかった。
今のザハールって名前は気に入ってる。
オレがこの世界にきたきっかけは、あっちの世界で死んだことだと思う。住んでいたアパートで火災があって、寝ていたオレは気づくのが遅くなったんだ。それで火事に巻き込まれた。
本当に苦しかった。
身体が焼ける苦しみよりも呼吸ができない苦しみの方が大きかったのだけは今でも覚えている。
で、急に呼吸が楽になったと思ったらこの世界に来ていたわけだ。
ただ、身体は他人のものだった。それがザハールってヤツだ。どうやらザハールもオレと同じで火事に巻き込まれた口らしい。火傷はあまりなかったが、煙を大量に吸い込んで数日間意識がなかったみたいだ。無事意識を取り戻したと思ったらザハール本人じゃなくてオレだったんだけどな。
同じ境遇で、しかも同じタイミングに死んだから転生したのかもしれない。だとしたら元々こっちにいたザハールはオレの世界に行ってたりして。確かめる術はないけどな。
正直、ショックも不安もあまりなく、どちらかというと別の世界に来て少し楽しみなくらいだった。
前にいた世界では両親も他界していたし、一人っ子だし、オレは結婚もしてないし、恋人もいないし、深い付き合いのある友だちとも疎遠になっていた。仕事はしていたけどやりたいことでもなく、むしろそろそろ転職しようかな、なんて考えていた時期だった。
誇れるような立派な人生や、みんなを驚かせるような波乱の人生を送ってきたわけでもない。人より秀でている特技もあまりない。せいぜい記憶することや暗記は得意だったくらいか。絞りだしてもその程度だ。
要するに前の世界への未練がほぼなかったってことだ。
それに、異世界転生って珍しい話じゃないってのもあった。
いや、現実に異世界転生した人を見たことはなかったし、聞いたこともなかった。あったのは小説や漫画とか、つまり物語。物語として異世界に転生する話は沢山創られていて、頭の中に何となくイメージができていたって感じかな。転生した場合、前の世界での知識を活かしたり、何か凄いスキルを授かったりして、転生先で活躍する話が多かった。
何となくオレもそうなる予感がしていたのさ。
だから比較的冷静に現状を受け入れられたんだ。
そんなわけでこの世界で二代目ザハールとして生きていくことになったわけだが、いくつかハードルがあった。
まずは言語。
言葉も文字もわからなかったのは辛かった。せっかく色々なことを知りたいのに何もわからないんだからな。周囲の人間がオレを記憶喪失と解釈してくれたみたいで色々教えてくれた。おかげで転生して一年くらい過ぎるころには生活に困らない程度の言語を習得できた。オレの読んだ物語だと転生者は易々と言語の壁を突破していたから想定外だったな。
次に世代感。
こっちの世界に来たときのザハールは十二歳だった。オレは二十三歳で転生したから十一年分若返ったことになる。
ザハールの近しい家族は火事で全員亡くなっていたため、結局こっちでもオレは孤独になってしまった。家族が生きていたら中身は別人ってことに気づかれていただろうから、マイナスってばかりではないだろうが。
とにかく親兄弟のいないザハールは孤児院に預けられることになったが、十二歳がどう振舞えばいいのかがわからなかった。世界が違うんだからそんなこと気にする必要ないのも理解できるが、やっぱりちょっと幼いんだよ。最初は言葉も通じなかったからよくいじめられたな。
そして常識。
初代ザハールの記憶がなくなっていたため、この世界の常識もわからなかった。散々知り合いだ友人だ遠い親戚だという人たちが訪ねて来てくれて、オレの手に自分の額を乗せて何事か呟くんだが、行動も言葉も意味がわからない。その内誰も来なくなった。
生活面でも困ることはあった。歯磨きは指に布を巻きつけてやるし、食事も何の野菜だかどんな肉だかよくわからないものが出される。そりゃあそうだ、違う世界なんだからな。
最終的には記憶喪失だから仕方ないということで納得したみたいだが、記憶喪失って言葉とか日常の行動まで忘れるってあり得るのか。
他にも不都合はあったが、案外スマホやネットがなくても何とかなるもんだと思った。
食事も物足りないが慣れだな。ラーメンやハンバーガーが懐かしいと思うことはある。ジャージやダウンジャケットがほしい日もある。ヘッドホンで音楽を聞きたいこともある。あ、ここら辺はわかんないだろうし読み飛ばしてもらって構わないからな。
転生してから二年ほど過ぎたころには普通に言葉にも慣れて生活できるようになっていたし、孤児院の子たちからいじめられることもなくなっていった。
このころから積極的に世界のことを聞いたり調べたりし始めたんだ。
調べて分かったこととしては大まかに次のようなもの。
・魔物が存在している世界だということ。現れたのは五十年前。ほとんどの魔物は人間が大好物。
・『魔粒子』というすべての魔物が持っている、目には見えないが通常の人間が浴びると三日で死に至るものが存在すること。
・魔王がいること。しかも三人も。魔王なのにひとりじゃなくて三人もいるのかよって思った。
・魔物にはランクがあり、大きく四段階に分けられていること。
・一段階。人間を積極的には襲わず、襲われたら反撃してくる程度のそれほど強くない魔物。魔粒子は撒き散らさず、体内にのみ存在している。
・二段階。人間を襲ってくる魔物。経験の浅い兵士一人でも倒せる相手から熟練の兵士集団でも苦戦するヤツまで様々。魔粒子は体内に存在するのみ。
・三段階。人間を襲い、しかも二段階目より総じて強い魔物。魔粒子を身体から常に放出しているため、人が長時間近くにいることすら許さない。一定範囲の土地に留まって魔粒子を撒き散らし縄張りを保有する『守護魔』となることが多い。また、ある程度の知能を有する個体もいる。
・四段階。三段階までの魔物とはすべてが別次元。他の魔物と一線を画す強さと高い知能を持ち、他の魔物を支配下に置くこともできる。魔粒子を常に放出している。肉体の再生能力さえもある。魔王やその側近にあたる魔物がここに含まれる。三段階の魔物が『守護魔』となるのは、魔王の支配下にあるためだと言われている。
・世界の七割は魔物の土地になってしまったこと。
・人類は衰退の一途を辿っていること。
・魔粒子に耐性のある人間もいること。耐性を持つのは大体五人にひとりくらいの割合。
・魔物の多くが魔粒子以外に毒も持っていること。戦いで毒を使ってくることは稀だが、食べるのは危険であるということ。
・水道、水洗トイレ、電気、ガスやネットなどは科学としてはまだないこと。ただ、それに代わるものがあること。
・それが「宙源石(ちゅうげんせき)」という不思議な力を持った石。光を放ったり、物を温めたり冷やしたり、水を引いたり、音を伝えたりできる便利な凄い石。この性質を利用して照明や湯沸かしなどに使っている。
・さらに「宙源石」を人体に取り込むと特別な力を得られること。
・ただし、宙源石が適応するのは千人中ひとりくらいの割合。しかもひとり一個だけしか取り込めない。取り込んだ宙源石は体内で消滅する。つまり、宙源石は取り込んだ人間を殺して奪うことができない。
・「宙源石」に適応した人間の中には魔術が使えるようになる者が存在すること。ただし、非常にレアで千人にひとりしかいない適性者の中でもさらに数千人にひとりくらいしか扱えない。
他にもたくさんあるが、とりあえずこの世界は魔物に支配されつつあって、人類は努力と宙源石で抵抗しているという構図だってことは理解できた。
これ以外で驚いたのは一日が二十四時間で、一年も三百六十五日前後だったことだ。時間の感覚と単位がほとんど同じだった。個人的には魔物や魔王がいることや不思議な石が存在することの方がまだ予想通りだと言える。
時間が同じなのは生活するにはありがたいが、ここにオレが転生したのはそういう一致した点が多いからかもしれないと考えている。
今思えば、このように世界のことを調べている当時が異世界に来て一番面白かったように感じる。
なぜかって?
オレの予感が外れたんだ。
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