3.王子の出発2(レイサスside)

「レイサス様」


 階段を降りたところで声をかけられた。


 この会社のナンバー2、ニケだ。


 最近は、会社の運営をほぼすべてニケが取り仕切っている。僕は今日のために半年の間ほぼ運営を手伝っていなかったが、僕以上に優秀な経営者だと思う。短期間で業績をさらにアップさせたのだから。


 今日は誰にも挨拶せずに出発するつもりだったから早めに降りてきたのだが、ニケは待ち構えていたようだ。


 しかし、丸メガネの奥に見えるニケの表情は悲しげだ。普段は「ふくよかで人の良さそうなおじさん」というイメージだが、今はギャンブルで全財産を失ったような顔をしている。



「本当に、赤い鎧討伐に行かれるのですか?」


 悲壮感を滲ませながらニケが尋ねてくる。ですか? と聞かれているが、「行かないでください」と言いたいのは明らかだった。



 僕の答えは決まっている。


「もちろんだ」


 真っ直ぐにニケの目を見る。


「僕が財産を築いたのも、強い傭兵たちを集めたのも、すべてあいつを殺すための準備だって言ったじゃないか。それに別に全員を連れていくわけでもないんだ。僕と同じ思いをしていて、僕と同じ復讐を目指す三人の同志と旅に出るだけさ」


「わかっております、しかし危険すぎます! 魔王たちが現れて四十年、昔は多くの討伐隊が編成されました。今では小規模なものばかりですが、昔は大規模な軍団や世界に名を馳せる人物が魔王の討伐に挑戦しました。

 ひとつ目はクラッスス教会が指揮した五千人の騎士団。

 二つ目は最強と呼ばれた剣豪と二百年生きたと言われる魔術師のタッグ。

 三つ目は世界中を渡り歩いた四人の熟練冒険者パーティ。

 そして四つ目は十八国連合。

 今後も語り継がれるであろう伝説の討伐ですが、どれも三大魔王のひとりすら倒せていません。赤い鎧も三大魔王のひとり。レイサス様のお気持ちはわかりますが、あまりにも勝算が低すぎます」


 三大魔王。


 そう、魔王は三人いる。

 魔物の王である魔王が三人もいるというのは変に思うかもしれない。昔、僕も魔王は赤い鎧だけだと思っていた。圧倒的な力を持つ魔王がひとりだけだと。


 ただ、人間は数々の国を造り、それぞれの国に王がいる。

 魔王だって同じなのだ。魔物も大きく三つの集団に分かれていて、それぞれを支配する三人の魔王がいるというだけだ。魔王がひとりだけであることの方が珍しいのかもしれない。


 その魔王たちを人類は倒したことがない。魔王に仕える側近と呼ばれる存在を倒したことはあるが、魔王には誰も届いていない。



 だからこそニケは僕を止める。伝説の討伐者たちですら成し得なかったことを、僕たちはやろうとしているのだから。


 ニケには僕がベルガモット王国の王子だったことも、いずれ仇を討つために会社を離れることも伝えてあった。ずっとニケは反対していた。ニケは僕らを死なせたくないのだろう。優しいと思う。この会社を経営するには厳しさだけでなくそういう優しさも必要だ。後継者に選んだ僕の目は正しかったように思う。


 とはいえ、経営と僕の目的に必要な者は違う。止めてくれる気持ちはうれしいが、僕の決意は変わらない。


「それも何度も話しただろう、勝算だってある。確かに僕は弱い。戦う力はうちの傭兵たちに及びもつかないと思う。でも、僕が見つけ育てた、同じ志を持つ三人の仲間がいる。彼らと一緒ならばきっと仇を討てると信じている。いや、倒さねばならない。僕はそのためだけに二十年過ごしてきたんだ」


「しかし!」


「今、人類は滅亡の危機だから救いたい、なんてことは思っていない。単純に赤い鎧が憎いから倒したい。それだけのことだが、僕にとっては重要なことなんだ。もし幸せな人生というものがあるとするのなら、僕の場合は赤い鎧を倒した後にしか存在しない」



 ニケはまだ何を言おうか迷っているようだった。賢いニケのことだ、もう何を言っても僕が止まらないことはわかっているのだろう。そして命を捨てる覚悟でいることにも気づいているのだろう。



 僕はニケの肩に手を置いて言った。


「この会社は今日からニケがトップだ。従業員たちを頼んだぞ」




 さあ出発だ。扉を開けると、後ろからニケの声が聞こえた。


「わかりました。レイサス様が戻られるまで、私が責任を持って少しの間トマーノ傭兵派遣会社を預からせていただきます。ですから!」




「どうか、ご無事で!」


 最後は叫ぶように届く声を背に僕は扉を閉めた。


 ありがとう、ニケ。



ーーーーーーーーー



 自宅からしばらく歩き続け、町からかなり離れた小屋へ向かう。横には小屋と同じくらいの大きな亀の魔物がいる。一番時間にルーズなスカイラーが来ているということは僕が最後だな、と思いながら中に入ると、三人の男女が待っていた。これから僕と旅に出る同志たちだ。


 僕は声をかけた。


「待たせたね、準備はできてるかい?」





「おう、バッチリだ! 社長こそ立派な会社を捨てて後悔してないのか? ハハハハハ」


 大きな声で返事をしたのはガンドフ。僕より十歳上の四十歳だ。体格は僕と比べて縦にも横にも一回り大きく、放射状に跳ねている茶色の短髪が勇猛さを感じさせる。動きやすい方がいいと、支給していた装備を使わず、軽装だ。そのため盛り上がった全身の筋肉と、身体中に刻まれた傷跡がよく見える。


 斧と盾を持って戦う屈強な戦士。それがガンドフだ。


 十年前に傭兵派遣会社を立ち上げたときの初期メンバーでもある。当時から強く、明るく、豪放な笑い方をする男だったが、僕は彼の目を見てすぐにわかった。彼もまた復讐に囚われているということを。何度か話すうちに仲良くなり、僕からこの赤い鎧討伐計画を持ちかけた。ガンドフは快諾してくれて、この日のためにさらに強くなった。





「レイサス聞いてよ! 今日は私が一番早く集合したのよ! すごくない?」


 長い金髪を後ろでひとつに束ね、上が緑色の長袖、下が黒のズボンという出で立ちの女性はスカイラー。まだ十八歳だが、魔物使いとしては天賦の才を持っている。基本的に大きな魔物、知能の高い魔物ほど操るのが難しいと言われる。外にいた巨大な亀は大王亀という。二段階の中で最も大型な魔物の一種だが、彼女はあのサイズの魔物を自分のものにできるのだ。


 そんな魔物使いを僕はスカイラーの他に知らない。


 スカイラーとの出会いは八年前だ。当時としては信じられないものを見た。


 それは魔物のテリトリーで狼型の魔物と暮らす少女だった。

 ほとんどの魔物は人間が大好物だ。魔物は人間を襲って食べる。魔物と人間が一緒に暮らすなんて、普通ならあり得ない光景である。

 少女は魔粒子の耐性も持っていた。優秀な魔物使いの原石を見つけた僕は彼女を説得の末連れ帰り、育てた。

 後に話を聞くと、スカイラーは家族と引っ越ししているとき赤い鎧に襲われたらしい。自分以外は魔物に食べられたが、なぜか自分だけは狼の魔物に助けられ、逃げることができた。それどころか餌を分けてくれたり、他の魔物から身を守ってくれたりしたようだ。それ以降現在までスカイラーの傍で彼女を守っている。





「レイサス……早く……行こう」


 紫のローブに身を包み、フードを深く被った女性は二十五歳のドナ。僕と同じでベルガモット王国出身、僕と同じで家族を殺されている。彼女は世にも珍しい魔術師だ。左足を引き摺るように前へ出てきた。

 魔術を扱える人間は数十万人にひとりと言われている。世界中を探しても千人程度しかいないだろう。それほど貴重なのだ。その力を欲している国や集団は世界中にたくさんある。そのため彼女が魔術師であることは極秘事項にしてきた。知るのは僕たちとニケだけだ。


 秘密の魔術師ドナ。


 ドナはスカイラーと出会ってからちょうど一年後くらいに、トマーノの町にある酒場で僕が声をかけた。最初は男だと思った。服装も男のものだったし、顔もひどく汚れていた。

 気になって様子を窺っていると、驚くことが起きた。ドナは煙草を取り出し、周囲に注意を払いながら「指先で火を点けた」のである。


 魔術だった。僕はドナの隣に座り、会話をした。聞けば、僕と同じベルガモット王国の孤児としてこの町に辿り着き、盗みをしながら生きてきたらしい。

 僕はベルガモット王国の王子であることを告げ、復讐のために力を貸してほしいと伝えたら、目に光が宿った。それからは魔術の向上にすべてを捧げている。




 そして僕を合わせた四人でこれから旅立つ。家族や恋人を失い、故郷を奪われた四人であり、復讐に身を焼く四人であり、魔物を殺すためだけに今日まで力を付けてきた罪深き四人。




 目標は三大魔王のひとり、「赤い鎧」。


 赤い鎧は強い。そして魔王の中でも行動的なタイプだ。ヤツが拠点から動かなければ半年以上かかるかもしれないが、早ければ二ヶ月くらいで出会う可能性もある。赤い鎧に従う二人の側近ですらとてつもなく強力な相手のはずだ。


 そもそも途中にいる守護魔も侮れない。高い戦力を持つ討伐隊や熟達した冒険者を返り討ちにするのは守護魔であることが多いのだ。


 だが、すべての計画は整っている。




「ガンドフ、スカイラー、ドナ。さあ、出発しよう」


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