2.王子の出発1(レイサスside)


「レイサスーーッ! 妹を、リリィを連れて逃げろ!」


 僕に向かって叫ぶのは父であり国王であるアルス王。


 王家の紋章が施された甲冑を着て、ベルガモット王国に伝わる宝剣「白夜」を右手に、全身赤い鎧姿の魔物と対峙している。

 アルス王に左手はない。片腕はすでに斬り飛ばされていた。魔粒子の影響を受けているせいか、それとも片腕を失った失血によるものか、父の顔は青白い。


 赤い鎧の魔物からは禍々しいまでの魔粒子が周囲に放たれている。


 そして夜中なのに昼間だと錯覚するほど燃え盛るベルガモット城と城下町。多くの魔物が襲い掛かってきている。戦う兵士たち。逃げ惑う住民たち。


 そんな景色を再認識した僕は妹の手を引き、逃げた。


 戦おうとは考えなかった。


 剣の師範代である父が圧倒的に押されていたのだ。本ばかり読んでいた僕が敵うはずもなかった。


 馬に乗り、妹を胸に抱く。そして父親の方へ振り返った瞬間。




 目に飛び込んできたのは、父の心臓を素手で貫く赤い鎧の姿だった。


 それからはひたすら馬を駆る。馬が潰れるまで逃げ続けた。


 魔物たちに追いつかれることはなく、夜明けごろに僕はどうにか逃げ切る。




 その日、ベルガモット王国は二百年の歴史に幕を閉じた。




 どれくらいの人が逃げ切れたのだろうか。


 気づくと僕は涙を流していた。



 多くの住民が犠牲になったこと。自分の国がなくなったこと。妹以外の家族を皆失ったこと。

 何より立ち向かうことなく逃げたこと。僕自身がよくわかっていた。父の指示を受け入れて逃げたのではなく、単純に怖いから逃げただけだ。強かった父の言うことを聞いたふりして、あの場から早く立ち去りたかっただけだった。


 こんな僕がなぜ命拾いしたのだろう。


 これから僕たちはどうすればいいのだろう。



 赤い鎧が脳裏をよぎる。




 そうだ、あいつだ。




 あいつが父を、アルス王を殺した。


 あいつのせいで僕らはすべてを失った。


 あいつを倒すためにこの命は残されたのだ。


 あいつを殺すために僕たちは生き延びたのだ。



ーーーーーーーーー



 またあの夢か。


 僕はベッドで目を覚ました。


 二十年前、現実に起こった出来事だ。

 正確に言うと僕は国がなくなったあの日に赤い鎧を倒したいと思わなかった。

 最初は恐怖しかなかった。同じように逃げてきた住民たちと近くの村に身を寄せ、ここも危険だからとさらに東へ逃げる。そうやって僕は、いや人類は東へと追いやられ、侵攻してきた魔物は支配領域を広げていった。当時ですら大陸の約三分の一を魔物が支配するようになっていた。


 数ヶ月の逃亡生活で僕は考えた。このままでは国ばかりでなく、いずれ人類が滅ぶ。絶滅はしないまでも魔物の餌以下の存在にしかならないだろう。


 どうせ未来がないならば最後まで足掻く。僕がしたいことは何だ? もちろんわかっている、家族を、国民を殺した魔王「赤い鎧」を殺すことだ。でも僕は父のように強くはない。例え父のように強くても赤い鎧には勝てない。どうする? 僕にあるのは知識だけだ。今まで以上に頭を使って赤い鎧を倒す策を練るしかない。それで勝てるかはわからないが、僕が剣術や弓術の練習をするよりはいいだろう。


 そんなことを決めた頃から、あの夢を見るようになった。


 以降何百回も見た夢。最近はしばらく見ることもなかったが、目が覚めると身体中汗だくになっている夢。


 でも僕にとってはありがたい側面もある。赤い鎧への復讐心がずっと色褪せないで保てるところだ。今日という日に夢を見たということにも運命を感じている。


 今日は出発の日だから。




 ちょうどいい時間だったので顔を洗い、身支度を整え、階下へ行く。住居は二階で、一階は僕の経営する会社になっている。会社名は街の名前を取って「トマーノ傭兵派遣会社」という。その名の通り、傭兵の派遣を行っている会社だ。


 傭兵は様々な仕事を請け負う。

 小さなものだと家族の護衛、大きなものだと魔物の討伐や戦争への従軍などに利用されることが多い。大規模な場合は客も国家や貴族、大商人などの富裕層がほとんどだ。評判も上々で、はっきり言って儲かっている。



 評判がいい理由。それは傭兵たちの質が高いところだろう。


 うちの傭兵たちは登録制で、普段別の仕事をしている者も多い。にもかかわらず質が高いのは、装備は高性能のものを支給したり、定期的に合同訓練に参加することを義務付けたりしているからだ。違反者には厳しい罰則を課し、指示に従って成果を挙げたら報酬を大きくアップさせる。また、役に立ちそうな資料や文献、古代の石板などを見つけたら特別ボーナスも支給していた。


 単純だが効果は高い。厳しい罰則に反発して辞めていく者たちもいたが、報酬が良いこともあって実力的にも精神的にも強い傭兵が集まるようになった。


 さらに、才能のある人物は僕が直接勧誘し、専業の傭兵として活動させてもいた。




「レイサス様」


 階段を降りたところで声をかけられた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る