第393話




 薄暗い夜、雲の遥か上を青白い物体が超高速で飛んでいる。

 その物体に気が付いた遠くにいた鳥型の魔獣が、避けようと羽ばたこうとした瞬間、その物体は目の前におり、そのまま弾き飛ばされてしまった。




「……うわぁ……エグ……」


 その光景を見たバートが思わず呟いておるが、まだそっちは良いんじゃぞ。

 ワシなんて、ほぼ目の前で見とる様なモンじゃから、グロくて仕方無い。

 まぁ、前方の結界で防いでおるから、本体には影響は無いんじゃけど、弾き飛ばしても回収出来んからなぁ。

 ベヤヤが『鶏肉……勿体無ぇなぁ……』って念話で呟いておるけど、回収出来んのじゃから仕方無いじゃろ。

 弾き飛ばした後、『念動力サイコキネシス』で回収しても良いんじゃが、『飛空艇』の速度が早過ぎて、『念動力』で掴んだとしても、引き寄せる前にあっという間に範囲から離れてしまう。

 その内、どうにか回収出来んか考えてみるかのう。


「で、目的地は何処なんだよ?」


「んむ、試運転も兼ねて、王都に行こうかと思っての」


「王都って、どれだけ時間が掛かるか……」


 バートがそう言っておるが、そんなに掛からんと思うぞ?

 何せ、この『飛空艇』の速度は黄金龍殿よりかは遅いが、それでも凄まじく速いのじゃ。

 本格的な試験飛行は今回が初めてじゃから、正確には計測しておらんが軽く音速は超えておる。

 そんな速度で、王都へ向けて一直線に進んでおるんじゃから、恐らく数時間くらいで付くんじゃなかろうかのう。

 そして、ワシの目の前のモニターに表示されておる数値は、絶えず変動しており、大きな円グラフはワシから供給されておるマナの量で、小さい円グラフは結界の強度、その上にある円グラフが左右にある推力ユニットの出力で、それぞれレッドゾーンに入らぬ様に調整しながら操作しておるんじゃが、かなり難しい。

 マナの量が足りなければ墜落するし、結界が壊れれば魔鳥との衝突バードストライクで『飛空艇』が破損する可能性があるし、推力ユニットの出力がレッドゾーンに入れば、そのまま暴走して止まらなくなってしまって、お空の彼方へ飛んで行ってしまう事になる。

 他にも、本体内部の重力や慣性を制御したり、本体後方から空気を取り入れて循環させたりと凄く忙しい。


「取り敢えず、乗り心地はどんなもんじゃ?」


「乗り心地って言ってもなぁ、揺れも無いし、全然違和感も無いから、正直、よく分かんねぇよ」


「命を握られてるってのが気分は悪ぃけどな」


『何もする事無くて暇だな』


 確かに何もする事は無いから暇じゃろうなぁ。

 ベヤヤに至っては、暇過ぎて料理を始めようとしたんでバートが止めておった。

 一応、急旋回しても慣性は消しておるから衝撃は無いし、中の重力は一方向じゃから問題は無いんじゃが、試作機じゃから何が起きるか分からん。

 もしも料理中に何か起きて、怪我でもしたら大変じゃからのう。


「まぁそこら辺は今後の課題じゃな」


 うぅむ、側面に窓でも付けるかのう?

 そうすれば、少しは気晴らしにもなるじゃろうが、それじゃと本体の強度が落ちてしまう。

 構造自体を変えた方が良いかもしれん。


「しかし、コレって外装は強化ミスリルとかの合金だよな? どのくらいの強度なんだ?」


「入る前に叩いた感じ、強化外骨格よりかは柔いな」


「元々は船をそのまま浮かべる予定じゃったんじゃが、それじゃと強度が足りんくてのう」


 一番最初に考えた『飛空艇』は、文字通り海とかを航行しておる様な船を、そのまま浮かべて飛ばそうと思ったんじゃが、どうにも船体の強度が足らず断念したのじゃ。

 そして、強化外骨格に使っておる合金は、そこそこ重量があって『飛空艇』には不向きで、軽量じゃが強度がある合金を目指した結果、強度は落ちるが重量は半分程度に抑える事に成功したのじゃ。

 試作機の前の試作段階では、重量があり過ぎて人一人が乗れるサイズにするのが精一杯じゃったが、この合金が出来たお陰で、ここまで『飛空艇』のサイズを大きくする事が出来たのじゃ。

 ムッさんの言う通り、『飛空艇』の外装は強化外骨格に使っておる合金より弱い。


「あ、ムッさんとバートよ、その壁にある突起に強化外骨格の保管機を接続しておけば、マナを充填出来るから繋げておくと良いぞ」


 ワシがそう言ったら、バートとムッさんが持っておった強化外骨格を収納しておる箱を手に取り、実際に壁の突起部分に繋げると、ワシの目の前にあるモニターに二人の保管機が繋がった事が表示され、マナの充填を開始し始めた。

 二人共、結構マナを消費しておるな。

 これは王都に到着するまでに、完全充填出来るかのう。




 そうして、各々が時間を潰しながら飛行をしておると、太陽が昇り始め空が白み始め、太陽がそこそこ登った頃、遂に目的となる王都が見えて来たのじゃが……

 そこに広がっておったのは、多数の兵や冒険者らしき集団と無数の魔物や魔獣が犇く様に王都を取り囲んで戦っておる光景じゃった。

 遥か上空から見た限りじゃが、取り囲んでおるのは相当に強い魔物が多い。

 まさか、あの小僧が言っておったのは本当の事じゃったか。


「おいおい、ありゃ大丈夫なのか?」


「何処をどう見たらアレが大丈夫って見えんだよ。 どう考えても駄目だろ」


『どうすんだ? このまま帰るのか?』


 読書をして暇を潰しておったベヤヤが、何気に酷い事を言っておるが、コレを放置する訳にもいかんじゃろう。

 しかし、『飛空艇』は極秘じゃから、このまま突撃する訳にもいかん。

 かと言って、何処かに着陸してから援護に向かうとなると、何処かが抜かれて間に合わなくなる可能性が高い。

 という事は、やる事は一つじゃな。


「バートとムッさん、緊急出撃をするから強化外骨格を装着じゃ!」


「緊急出撃だぁ?」


「まぁマナは充填されてるから大丈夫だけどよ、どうすんだ?」


 やる事は単純じゃよ。

 上空から3方に散って、それぞれ敵を殲滅して王都の者達の援護じゃ。

 ワシは『飛空艇』を隠してから、合流するからのう。

 で、手順じゃが、外に出た瞬間、急激な気圧の低下が起るが、強化外骨格を着込んでおれば耐えられるんじゃが、問題は風圧なんじゃ。

 『飛空艇』の速度から外に出れば、その速度差で凄まじい衝撃を受けてしまうじゃろう。

 じゃから、出た後は防御結界を展開し、それに耐えて落下していくのじゃ。

 ムッさんは浮遊する事が出来るから大丈夫じゃし、バートもこの前渡した追加パーツでどうにか出来るじゃろ?


『俺は?』


「いや、ベヤヤは『念動力サイコキネシス』があるじゃろ」


 『念動力』で周囲の空気を固定すれば、簡易的じゃが結界の代わりになるからのう。

 そうして、各々が準備出来たのを確認し、ワシは緊急出撃の操作を開始。

 と言っても、手元のコンソールを引き出し、そこから後部ハッチ開放を選択するだけなんじゃがね。

 その瞬間、船体内部に『ビービー』と警告音が鳴り響き、『後部搬入口を開放します、注意してください』と音声が流れる。

 そして、『飛空艇』の後方が、地球の輸送機の搬入口の様にゆっくりと下に開いていく。

 緊急出撃と呼んでおるが、単純に空中で資材搬入用の後部ハッチを開けるだけじゃ。

 後部ハッチを開けた事で風が入り込んで来るのじゃが、各々が対処出来ておるから問題は無い。


「あ、良い忘れておったが、外部の装甲はめっちゃ熱くなっておるから触らんようにのう」


 これは大気との摩擦が問題じゃ。

 結界で防御しておるのは前方だけじゃから、飛行中の大気との摩擦は防ぐ事が出来ん。

 その結果、『飛空艇』の船体外側が凄く熱くなってしまうのじゃ。


『マジで此処から飛び降りんのか?』


 バートが壁に手を付きながら、後部ハッチから外を見下ろすが、まぁかなりの高度じゃからな。

 大丈夫と分かっておっても、これは少々怖い。


『ったく、こんな所から飛び降りろとか、楽しいモンだろ』


「ガゥ(だな)」


 ムッさんが自嘲気味にそう言って、一番最初に飛び降りたのを確認し、次にベヤヤが飛び降りていく。

 そして、意を決したのか、バートも『だぁ! やってやるよ!』後部ハッチから飛び降りて行ったのじゃ。


「さて、ワシは適当な所で『飛空艇』を下ろして、バレぬ様に隠さねば……」


 王都近くに隠せる場所となると……兄上とベヤヤが隠れておった森が丁度良いか。

 そう考え、『飛空艇』の進行方向を森へと向けたのじゃ。

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