第389話




 ヴェルシュ帝国の一室では、日々送られてくる戦線の状況が報告され、ここ最近の連敗が問題視されていた。

 原因は言うまでも無く、『ブレイブナイツ』と名乗るふざけた名前の兵団によるもので、奴等が出現した戦地では、それまで優勢に進めていても、あっという間にひっくり返されてしまう。

 それも、周囲への被害を一切考慮せず、『戦いに勝てば良い』と、後の事など考えずに大規模な破壊が行われる事もある始末だ。

 一番酷いモノなど、山岳地帯にある補給路を通行中に襲撃を受け、そこでの戦闘は危険と判断して撤退し始めたが、クリファレス軍はそれもお構いなしに戦闘を続け、遂に崖が崩落、我が軍で逃げ遅れた兵達が巻き込まれ、更にその補給路は使用出来なくなってしまい、前線まで大きく迂回する事になってしまった。

 この時、届ける予定だった前線では補給が届かないと気が付き、前線を下げて何とか対応したが、これの影響で多くの兵士が死んでいる。

 非常に腹立たしいが、奴等の強さは常軌を逸していて、我が軍の中でも精鋭を集めて部隊を作ってぶつけたが、壊滅させる事は出来ず、奴等を撤退させるに留まった。

 その精鋭達も半数が再起不能となり、現在は生き残った面々で鍛え直しているが、奴等の侵攻速度を考えると、このままでは、新たな精鋭部隊を運用する前に、帝都まで到達してしまう可能性がある。

 そして、我々にはこれ以外にももう一つの問題があった。


「奴等への対策は早急にしなければならないが、これ以上はどうにも出来んだろう……それより、例の件はどうなっている?」


「現在、追加で部隊を一つ送りましたが……冬の寒さで目標は全滅しているのでは?」


 私の言葉に、聞かれた士官が答えるが、ならば何故、誰一人として帰ってこない?

 何故、報告のあった地域から誰も来ないのだ?

 私がそう言うと、士官は答えられなかったのか俯いている。


「まぁまぁ、雪も降りましたし、それで足止めを受けているのかもしれませんぞ?」


「だと良いのだがな……私には嫌な予感が止まらんのですよ」


 狼の獣人である『ジーノ』がそう言っているが、私はずっと、背筋に嫌な気配を感じ続けている。

 相手が魔虫ではあるが虫である以上、普通であれば越冬出来ずに死滅するだろうが、最初の報告を受けて私が感じたのは『異常』。

 そんな虫に、私達の常識が通用するとは思えない。

 もし、越冬出来てしまった場合、これから虫共の食糧が減っていた季節から、爆発的に食糧が増える季節になる。

 つまり、越冬していたら何処まで増えるか分からない。

 私がそう説明すると、ジーノは両手を広げて『相変わらず心配性だな』と言っている。


「……我が国だけならまだ良い。 一番の問題は、虫が現れたのがバーンガイアとの国境付近と言う事だ」


「逃げたと思うか?」


「雪が降る前に殲滅が出来ていなければ、確実に一部は越えたと考えた方が良いだろう」


 この事は陛下にも報告してある。

 陛下の判断は、バーンガイア側に被害が出る前に、我々から連絡して早期警戒をさせるという事になっている。

 その為、足の速い部隊を迂回させる様に進ませ、バーンガイア側には既に連絡をしてあるが、返事は来ていないが、鳥獣人による上空偵察では、一部の部隊が動き始めたと報告を受けているから、警戒はしている様だ。


「『大賢者』が作った兵器でも、殲滅が追い付かない場合はどうする?」


 そんな事を言ったのは、兎の獣人である『ステファノ』。

 此処に居る面々の中で、唯一と言っていい程、大賢者殿の事を信用していない獣人であり、大賢者殿が作る兵器もあまり使っていない。

 確かに、我々獣人は自身の身体能力を優先するが、大賢者殿が作る兵器はそれらを無視する事が出来る物が多く、好まれない事は確かだ。

 それに、何か探していた物がつい最近発見出来たと言って、数名の部下を送っていた。


「大賢者殿が、完成すれば戦局を一変する可能性がある兵器、だとは言ってはいたが…・・」


「あんな『呪われた地』で見付かる物など、厄介なだけだろう」


 ジーノが言う『呪われた地』と言うのは、この帝都から1月ほど離れた場所にある地域で、自然や水源が多く鉱山もあって、嘗ては開拓地の一つとして考えられていたのだが、そこに送った農夫達が半年ほどで逃げ戻って来た。

 逃げ帰って来た彼等が言うには、作った農作物が軒並みおかしい成長をし、不気味なバケモノが多い上に、農夫達の数人が奇妙な病気を発症してしまい、生活が出来なくなった。

 最初は、生活が辛いから虚偽の報告をしていると思われたが、しっかりと調べた所、報告にあった通り、農地に残されていた農作物は、奇妙に捻じくれて成長して出来ていた実は、ゴツゴツとして明らかに異常な見た目をしていた。

 そして、見付けた動物も普通の見た目では無く、身体の一部が異常に肥大化していたり、身体が異常な形状になっていた。

 それらを討伐し、帝都に送って調べた結果は『原因不明』で、その周辺にある村を回って調べた所、そこに住んでいた老獣人達が、あの地域の事を『決して入ってはならない地』として、子供達に教えていた事が判明した。

 なんでも、あの地域では『姿』?として、昔から誰も住まずに放置しているらしく、国が開拓しようとした時も、反対していたらしい。

 それ以来、あの場所を『呪われた地』として、国も近付かない事が決定していたのだが、大賢者殿はその話を聞いて、それらの話が伝わっていた村々の面々を招集し、何かを調べていたのだが、急にその場所に技術者の一部を送る事が決まり、数日も立たずに送り出されていた。

 それから、暫くしていくつもの木箱が送られてきたが、その木箱の周囲には大賢者殿の直属の兵士がいて、我々は近付く事すら出来ない。

 一体、あんな所から何を送って来たんだ?




 遂に、探していた物が研究室に送り届けられた。

 研究室で厳重に梱包された木箱を開けると、そこには大きな鉱石が入っている。

 クソ重たい鉛入りの防護服と手袋を着用させた部下に命じ、鉱石を机に置かせると、遠距離から『錬金術』スキルの『抽出』を使って、その鉱石からを抽出する。

 徐々に鉱石から黄色い結晶が溢れる様に出て来ると、その結晶を別の鉛のケースに入れる様に命じて、全てを採取し終えた。

 後は、この結晶を『錬金術』スキルで濃縮すれば、遂に、最強の兵器が誕生する。

 ただ、現段階で作れるのは威力が弱い方で、高威力にするには高い圧力を均一に掛ける必要があるから、技術的に不可能。

 だが、威力が弱かろうが大都市ですら、その一発で消し飛ばせる威力を考えれば、この異世界では十分過ぎる威力だ。

 後の問題は、完成した兵器をどうやって戦場まで運んで、敵の上空で適切に炸裂させるかだが、コレについてはいくつかの考えがあり、皇帝にも提案してある。

 まぁモノが出来ない段階では、いくら提案しても意味は無いんだけどな。

 しかし、コレが完成すれば、戦争なんて直ぐに終わるし、あのクソ勇者がいくら強かろうが関係無い。

 その威力から、使えば皇帝からは何か言われる可能性は高いが、作ってしまえばこちらの物。

 俺の狙いを知られる訳にはいかないから、表向きは引き続き従うつもりではあるが、秘密の研究所で引き続き作らせるつもりだ。

 それに、アレを使う為には必要な物があるから、に連絡して素材を融通してもらわなければならない。

 随分前から設計図は出来ているし、秘密研究所でパーツは作っているが、一部は素材不足で作れていない。

 だが、完成した時こそ、俺の本当の狙いを実行する時になる。

 全ての者が俺の前に平伏する事になる日が来るのが、非常に楽しみだ。

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