第390話




 ヴェルシュ帝国の旗を掲げ、簡素な鎧を身に着けている数頭の馬を駆けさせている集団。

 彼等は、辿り着いたシュトゥーリア領にある国境沿いの簡易砦で、そこにいる兵士に止められていた。

 と言っても、これは悪意で止められた訳では無く、ヴェルシュ帝国の旗を掲げている彼等が、急にやって来た事に兵士達が驚いただけでは無く、彼等も馬も限界に近い状態で、理由を聞いたシュトゥーリア側から、馬の交換をする間だけでも休憩する様に勧められた為だ。

 このまま無理に進んだとしても、確実に途中で馬が潰れ、王都に到達する前に力尽きてしまうと言われ、ヴェルシュ側の兵士も了承し、短い間でも休息を取る事にしたのだ。

 帝国兵から聞いた話は、直ぐに領主であるウォンダ侯爵にも通達されたのだが、その話を聞いたウォンダ侯爵は、王都に知らせる前に、シュトゥーリア領で解決してしまえば、これまでの失態を巻き返すだけでは無く褒賞物だと考え、勝手に行動を開始した。




「ドラーガよ、帝国からの報告で国境沿いで厄介な魔虫が現れたらしい」


 父上に呼び出され、執務室にてそんな話を聞かされた。

 我が軍は、前に巨大ゴーレムを止められず、私自身も大怪我を受けたが、治療が終わって軍の再編を進め、最近、やっと再編が終わった矢先だ。

 しかし、厄介な魔虫と言うのは一体?

 そう聞くと、父上は帝国兵から聞き取りが終わったのであろう報告が書かれた紙を差し出してきた。

 それを手に取って読んでみると、冬に入る前に帝国領で魔虫が現れ、凄まじい勢いで増殖し、いくつもの村や町を壊滅させ、送り出した部隊が全滅しており、場合によってはバーンガイアにまで流れていく可能性があり、大至急バーンガイア側でも注意する様にと書かれていた。

 魔虫も虫である以上、越冬する可能性は低いとは思うが、もしバーンガイアに到達して越冬していれば問題になる。

 帝国兵はこのまま王都へと向かうらしいが、王へと報告がされる前に、父上は我々で解決してしまおうという考えらしい。

 確かに、我々はいくつもの失態をして、王からは睨まれてしまっている。

 しかし、此処でこの魔虫問題を我々が解決すれば、その失態も全て覆す事が出来るだろう。


「具体的にはどうするのですか?」


「まず、お前は軍を連れて国境沿いに向かい、本当に魔虫が越境しているかの確認をし、越境していれば全て焼き払ってしまえ。 完成した魔道具も持っていけば確実だろう」


 完成した魔道具と聞いて、私の中で嫌な記憶が思い出される。

 この魔道具は、元々我々が作った物では無く、末の弟バートがこの国で広がった疫病を解決した褒美として、王から貰ったであろう物を、我々が調査して有効活用しようとしたが、魔道具の技術を完全再現する事は出来ず、簡素化して国に売り込んで大規模な受注を得て、莫大な金になる筈だったが、それを魔女とか言う小娘にバラされ、厳重注意を受けただけでなく、受注は全て御破算し、国から睨まれ続けている。

 しかし、有用性は確かであり、技術者共に完全再現を命じて金を注ぎ込み、大きさは大きくなったが遂に完全再現が出来たのだ。

 この魔道具に事前に炎魔術や風魔術を吸収させておけば、戦場で大規模魔術を連発出来るのだが、実験では成功したが、まだ実戦では使っていない。

 だから、父上は今回の魔虫退治で使い、魔虫問題を解決させるだけでは無く、完成した魔道具の有用性を示したいのだろう。


「では、準備が完了次第、部隊を連れて出撃します」


「吉報を待っているぞ!」


 父上がそう言って、最近手に入れたという水晶の置き物を手にした。

 透き通った水晶で見た目は美しいのだが、何処で手に入れたのか、いくらしたのかという話は、聞いても教えてくれず、ただ『これが有れば、全て上手くいくのだ』と一切取り合ってくれない。

 ただ、あの水晶を手に入れてから、この領が色々と調子が良くなった事は事実だ。

 疑問には思うが、現状上手くいっているのだから、問題は無いのだろう。

 そう考え、私は侵入したであろう魔虫を退治する為、新しく編成された部隊を連れて国境沿いの簡易砦へと出発した。



 まだ雪が残っている街道を進む。

 魔虫とはいえ、昆虫がこの寒さの中生き残っているとは考えにくいが、報告を受けた兵によれば、帝国兵の慌て様から、この寒さでもかなりの確率で生き残っている可能性は高い。

 もし、この報告を受けていなければ、我々が気が付かぬまま侵入され、凄まじい被害を受けていただろう。

 砦に到着し、補給して直ぐに調査に出発しようと思ったのだが、この寒さで部下達が疲弊してしまって、碌に動けなくなっていたので、止むを得ずその日は休憩の為に一日砦にて待機する事になった。

 次の日、回復した部下達と共に帝国との境界線に向かい、本当に魔虫が侵入しているのかを調査する。

 するのだが……


「雪が邪魔だな」


 思わず呟くが、コレは仕方無い。

 街道以外はまだ薄っすらと雪が積もっていて、此処を探す場合、この雪を一度掘り返す必要がある。

 そして、雪を掘り返すにはスコップが必要であり、この広大な野原の雪を掘り返し、いるかも分からない魔虫を探すのは非常に手間だ。

 何か良い方法は無いものか……


「ドラーガ様、如何致しますか?」


「………そうか、邪魔ならば溶かしてしまえば良い」


 私の視線の先には、杖を持った魔術師達が立っている。

 そして、その杖の半数には予め炎の魔術を籠めており、使用すれば雪など直ぐに溶かす事が出来る。

 他の杖にも、色々と使えそうな魔術を籠めているが、今回は使う事は無いだろう。

 そう考え、魔術師達に直ぐに雪を溶かす様に命令を出すと、魔術師の数人が前に出て杖を構え、その先端から炎の魔術を放つ。

 どうせ、誰も利用もしない野原なのだ。

 多少燃えた所で問題は無い。

 炎により雪が解けた地面はかなり水気を含んでぬかるんでいるが、広範囲の雪を溶かす事が出来た。

 部隊を動かしてその部分を調べさせるが、魔虫は確認出来ない。

 やはり、魔虫など来ていない様だな。


「此処にはいない様ですな。 次は何処を探しましょうか?」


「取り敢えず、国境を越えぬ様にして広く探せ、魔虫を発見した場合、直ぐに私に知らせよ」


 一々私が探し回る必要もあるまい。

 探す程度、部下共だけでも十分だ。

 そう指示を出し、私は国境沿いの砦に戻って、発見された場合に備えて英気を養う事にした。

 こんな寒い所からは、さっさと戻りたいモノだ。




 その日、国境沿いで大規模な炎魔術が行使される様子が、ヴェルシュ側からも確認されたが、その全てがバーンガイア側の国境内で行われた事で、帝国兵が確認の為に訪れたが、『魔虫の調査を行う為、邪魔な雪を除去している』と返答を受け、これ以上の追及はヴェルシュからの干渉になってしまう為、街道への被害と、野原とはいえ火災にならない様に注意して欲しいとだけ伝えて戻っていった。

 日が暮れると、バーンガイアでの魔術は停止したので一安心したのだが、次の日も日中は魔術による大規模な爆発が起き、ヴェルシュ兵達はバーンガイアに向かう商隊等に、『調査の為の除雪作業で街道は安全である』と説明をし続ける羽目になった。


 しかしこの時、バーンガイア兵達はおろか、魔虫による被害を受け、その生態をある程度把握していたヴェルシュ兵達も予想していなかった事が起きていた。

 通常であれば、魔虫でも寒さと飢えにより死滅する。

 だが、今回の魔虫は普通の魔虫ではなく、喰う物が無くなった事で集団で土中に潜り込み、互いに喰い合って生き残っていた。



 尽きる事の無い食欲、いつまでも満たされない空腹、際限無く増えていくナカマ。

 彼等はマナを含んだモノを喰えば、多少、満たされる。

 しかし、その満たされる感覚は直ぐに消えてしまう。 

 故に、彼等は食べ続ける。

 それが例え同族であろうが、動かなくなれば唯の食糧だ。

 僅かでも満たされる為にマナを求め続ける。


 そして、生き残った彼等は、遠くの地表で炸裂する炎魔術の強大なマナを感じ取った。

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