第385話
その日、いつもの様に地下室で秘密の作業を終えて上に戻り、ベヤヤの朝食を食べていた所で、美樹殿から緊急で来て欲しいと連絡があり、朝食を食べ終えた後に直ぐに美樹殿のおる研究所に向かう。
しかし『シャナル』も大きくなったのう。
小さい村から新しい町を作るとなってから、僅か数年でその規模は最早、大都市と言った感じじゃ。
しかも、今も拡張を続けておって、新しい住居がニョキニョキと乱立しておるが、ちゃんと都市計画によって区画分けがされており、無秩序に建てられている訳では無く、ちゃんと町並みは整っておる。
そんな町中をトコトコと歩いているんじゃが、行きかう人々の中には子供も多くおる。
移住を決意して来る家族も多くなったのう。
建築開始した時は碌な産業は無かったんじゃが、ミアン殿達もそこを考えて農地や畜産を増やす計画がある事は聞いておる。
現在は、畜産に向いている家畜を選定し、牧場を作る所らしいんじゃが、臭いとか敷地の関係で、新しい牧場はワシ等が住んでおる村の近くになる予定らしい。
まぁあの村、ベヤヤの縄張りじゃから、魔獣や魔物にも怖がって近付いてこんから畜産をするなら最適じゃろうが、家畜が怯えてしまうかもしれんのう。
そうして美樹殿の研究所に到着し、職員に呼ばれたと伝えるとそのまま中に通され、美樹殿と小田殿がおる部屋に案内されたのじゃ。
一応挨拶から始まり、緊急で呼ばれた理由を尋ねた所、困ったような表情を浮かべておる。
「はい、実は困った事というか、妙な事が起きまして」
美樹殿がワシを呼んだ理由を説明してくれたのじゃが、どうやら、新たな同郷の者が見付かったらしいのじゃが、どうにも可笑しい状況らしいのじゃ。
詳しく聞いてみたのじゃが、その者は少年らしいんじゃが、此方に来る際のバス事故では乗っておった覚えは無く、見た目も完全に日本人ではなく、不可思議な事を言っておる。
「『ゲンサク』じゃと?」
「はい、あの子の話ではこの異世界はラノベ、ライトノベルっていう『原作』があるらしくて、自分はその主人公、世界を救う為に神様から送られてきたから協力して欲しいって言われまして……」
そう言われて少し考えるのじゃが、それは可笑しい。
ワシとてある程度はラノベの事を知ってはおるが、この異世界を題材にしたラノベには覚えは無いし、この異世界を管理しておる女神であるシャナリー殿じゃが、そう言う話は聞いておらん。
いくらシャナリー殿が地上には干渉出来ぬとはいえ、ワシにまで完全に黙っておるとは考えにくい。
しかし、その程度で困っておるとは思えんが……
「一番困っているのは、あの子が『世界を救う為に』と言って、作っているアイテムを持ち出そうとしているという事なんです」
「一応、完成しているアイテムを持ち出すのは、まぁまだ良いんですが、まだ危険性も分からない試作品を持ち出そうとしたりしてるんですよ」
小田殿がそう言って、とある物を机に置いたのじゃが、何かが入っておる瓶?
瓶を手に取ってみると、中身は薄い黄色の液体でサラサラしておるんじゃがコレは?
「蜜蝋を使ったハンドクリームの試作品なんですが、試したら小さい切り傷くらいなら、普通より治りが早かったのが確認出来たんですけど……人によってはアレルギー反応のような肌荒れが出来たりしたので、このまま売りに出すのは危ないと判断して、成分を見直してたんですが……」
「持ち出そうと?」
ワシの言葉に小田殿が頷いておる。
更に、
前に『強化薬』と言う寄生虫入りの薬を使って、妙に強くなるという方法があった事で、ギルドはそれを怪しんで調べたのじゃが結果は未感染。
つまり、純粋に強いだけという事なんじゃが、同年代と比べると強過ぎる。
「別の冒険者さんがその強さを不思議に思って、あの子から話を聞いたら、あの子には『レベル』があるらしいんです」
確かに、『レベル』が高ければ、それだけ身体能力は高くなるじゃろう。
しかし、この異世界では、能力の数値化という曖昧なモノを表示をするのは難しいということで、『レベル』は撤廃されておる。
それなのに、『レベル』を持っておるという事はどういう事じゃ?
もうコレはアレじゃな、悩んでも答えは出そうにないから、この後、神社に行ってシャナリー殿と相談案件じゃな。
「しかし、その程度であればワシに相談せずとも良いじゃろう?」
早い話、その少年が注意しても話を聞かぬ様なら、とっ捕まえて衛兵に突き出すか、最悪、黒鋼隊の面々に引き渡して
黒鋼隊の訓練は非常に過酷じゃ。
国に仕えておる精鋭の兵でも、黒鋼隊の訓練に参加すると、初日は元気じゃが日が経つごとに口数が減っていき、最終的には一言も喋らなくなるらしいのじゃ。
それに、いくら強いとはいえ所詮は子供。
黒鋼隊でなくとも、本気で潰すとなれば容赦などされぬ。
よく、個で群を超える強さがあるという話を聞くのじゃが、実際にはそんな事は不可能じゃ。
いくら強かろうが、個では群には勝てぬ。
チート満載なワシや兄上でも、365日24時間ずっと追われ続けて戦闘を続ければ、集中力が途切れていき、致命的なミスをしてしまうじゃろう。
まぁその前に兵力が尽きるじゃろうが、最後の方に黒鋼隊とかヴァーツ殿が相手になったら流石に厳しいのじゃ。
そうして話しておったら、何やら部屋の外が騒がしくなった。
その騒がしさも、何と言うか誰かが無理矢理通ろうとしておる感じじゃ。
「ミキ姉ちゃん! 頼んでたハイポーション完成した!?」
「ハァ、そんな簡単に完成する訳無いでしょ」
ドバンっと音を立てて扉が開き、入って来たのは金髪の少年。
その言動から、この少年が
美樹殿は溜息を吐きながらそう答えると、『えぇー、何で出来てないんだよー』となんか逆に文句を言っておる。
取り合えず、ワシは成り行きを見守る事にしようかの。
「あのね、普通のポーションだって作るのに手間暇が掛かるのに、そんな簡単に上級ポーションが用意出来る訳は無いの。 それに、上級ポーションを手に入れたって、この辺じゃ使い道は無いでしょ?」
「この近くにはそれ程強いモンスターもいなければダンジョンも無いからねぇ……そう言う意味では平和だけど」
小田殿の言う通り、
魔獣や魔物はこの近くにもおるんじゃが、そこまで価値のある素材が得られる訳でも無く、一攫千金を狙える『迷宮』も無い。
じゃから、この辺で冒険者になろうと志した場合、領都や王都等の大都市や『迷宮』がある場所へと移動してしまう。
まぁ、平和ではあるという事なんじゃがね。
「分かってないなぁ、こういうのは持ってる方が安心出来るんだよ。 もしも必要になった時にサッと出せた方が格好いいだろ?」
少年はそう言うが、ポーションだってナマモノじゃから、ゲームとかと違って消費期限はあるんじゃけど……
それこそ、ワシのインベントリや内部の時間経過が遅くなっていたり、止まっている
じゃから、効果の高いポーションを購入するのは、高難易度の『迷宮』に挑む場合じゃったり、危険な魔物や魔獣を討伐する場合じゃったり、長期間保管可能な魔道具を持っておる様な者だけじゃ。
エドガー殿のポーション工場でも、最近では効果を落としたポーションを低価格で売り出し、効果の高いポーションは事前に注文を受けてから前金で7割を払って、受け渡しの際に残りの3割を払う事になっておる。
「それに前にも言ったけど、俺は『アイテムボックス』持ちだからいくらでも持てるし、時間も大丈夫だって」
ほう『アイテムボックス』とな?
しかし、本当にこの少年は何者なんじゃ?
そう思っておったら、少年はようやくワシがいる事に気が付いたようで、ワシの方を見て何やら驚いた様な表情を浮かべておる。
「な、なんで王都にいるハズの、アンタが此処に居るんだよ!? 」
そう言って、少年がワシを指差してきおった。
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