第382話




 トレントに関する衝撃の情報が発表され、その内容に世界中が驚愕した。

 それは、これまで発生から増え方まで謎だったトレントが、実はゴーストが樹木に取り付いたアンデッドであり、魔術を使わなくてもポーションを使うだけで簡単に退治する事が可能であるという内容だった。

 当初、それを聞いた冒険者ギルドは怪しみ、何度か試す事になったのだが、普通にポーションを掛けただけでは効果が薄いが、確かにポーションを掛けたトレントは苦しんだように蠢き、最終的には近付いても動かなくなって安全に切り倒す事が出来た。

 その後、ポーションを掛ける前にトレントの表面に傷を付ければ、劇的に効果が高くなり、余程巨大なトレントでなければ、安全に倒せる事も判明し、今まで危険を冒してまで近付いて倒していたトレント問題が解決する事になり、野営等で木に突き刺して、夜の間にトレント化を防ぐ『トレント化予防短剣』と名を付けた、ポーションを接続してゆっくりと流し込む事が出来る剣まで売りに出された。

 何より、通常の樹木にはポーションを掛けても影響はなく、寧ろ、ポーションの影響で成長が多少促進される事も分かり、冒険者達は最低一つはこの短剣を常備する様になった。

 トレントが多いとされる森の近くでは、この短剣を参考にし、先端部にポーションを接続出来る矢が開発され、遠距離から矢を撃ち込んでトレントかどうかを判別する道具も開発されるまでになった。

 これ等の開発により、森の中で不意に襲われない限り、トレントによる冒険者の被害は激減した。

 この発表を行ったのは、辺境の地に住んでいる『賢者』であり、発表した理由も『偶々発見しただけ』という物で、この情報を公開せずに利用すれば、莫大な利益を見込めたのでは?と言う事を聞かれた際、賢者は『それやってバレたら、頭のオカシイ奴等が文句言いに来て面倒だろ』と答えていた。




 一方で、この情報によって大打撃を受けた所があった。

 それこそが『教会』である。

 これまでは、戦闘後に教会に所属している兵士達が、戦場となった場所にてゴーストにならない様に『浄化』と称して散った魂を送っており、その為に高い御布施を払ったり、その為の時間を用意したりしていた。

 しかし、この情報が広まった事により、教会による『浄化』には殆ど効果は無いのでは無いかと疑われ始め、教会は大慌てでこの情報を否定していたが、最早、この流れを止める事は不可能となっていた。


「一体どうなっている!」


 提出され儂が読んだ報告書には、ヴェルシュ帝国から払われる筈だった金額が、これまでの半分以下になっている事が書かれていた。

 こんな事は今まで一度も無かったのに、いきなり半分以下になるなど前代未聞だ。


「やはりトレントの発表が問題視されている様で……」


 そう言ったのは、この報告書を持って来た兵だが、思い当たる節はある。

 元々、クリファレスとの戦争で互いに兵士が大勢死に、その戦場になった場所を『浄化』する名目で高い布施を払わせていたが、このトレントの情報が広まった事で、『浄化』に殆ど意味が無いと思われ始めている。

 勿論、『浄化』に意味が無いというのは間違いであり、いくら教会であっても全てを完全に消し去る事は不可能だ。

 つまり、その『浄化』から漏れて残った魂が、偶然トレントとなっただけであり、こんな情報だけで『無意味』と判断されてしまったのは屈辱でしかない。


「そもそも何故、我々が把握していない『賢者』がいる!? これまで何処に隠れていたのだ!」


 教会では、ある目的の為に、珍しい職業クラスを持った者達が何処にいるのかを把握している。

 その為に、世界中にある各ギルドには教会の間者を送り込んでおり、登録の為にギルドに訪れて、珍しい職業であれば直ぐに連絡が来る様になっている。

 中でも、『剣聖』や『賢者』と言った上級職の者が現れれば、最優先で連絡が来る様になっているのだが、『賢者』はここ十数年は連絡すら来ておらず、計画を進める事が出来なかった。

 だが、この報告が本当であるなら、この『賢者』は何年も我々の目を逃れていたという事になるが、そのお陰もあって、『大賢者』とか言う『賢者』の上位互換が現れたから、良しと思う外無い。


「如何致しますか?」


「……此方側に引き込めるのであれば良かったのだがな。 報告によれば奴は相当に捻くれている様だ。 しかも、あのが囲っていて接触するのも難しい」


 思わず報告書を握り潰す。

 この際、我々が把握出来なかったのは仕方がないと割り切り、さっさと此方側に引き込む為に動くべきなのだが、此処で問題になるのが、この『賢者』を女狐が囲ってしまっていて、接触するのが非常に難しい。

 下手に接触してあの女狐にバレれば、僅かな情報から我々の目的を察知されかねん。

 そうなれば、余計に動けなくなるだけでなく、下手をすれば世界中が敵になる可能性すらある。


「いっその事、のも手だが……」


 教会には、裏の仕事を担当する連中もいる。

 だが、相手は腐っても『賢者』であり、生半可な相手では返り討ちに合う可能性がある上に、あの女狐が囲っている以上、そういった暗殺者相手に対する警戒もしているだろう。

 そうなれば、手を出すこと自体、相当に困難になる所か捕縛されれば教会にとっても致命的にな事になる。

 当然、捕縛されても情報など吐く事は無いだろうが、些細な情報から辿り着かれる可能性もある以上、情報は一つも与えない方が良い。

 つまり、手を出さずにどうにかするしかない。


「出来るか!!」


 思わず叫んで机を叩くと、ズドンッと音が響き、机に置いてあったインク壷や書類が床に落ちる。

 何もせずに、相手をどうにかするなんて出来る訳無いだろう!?


「……兎に角、戦場後の『浄化』作業に併せて、『聖水』を撒くしかあるまい……」


 『聖水』を撒くというのはかなりの痛手になるが、これ以上、帝国から金を得られなくなるのも問題だ。

 それ以外にも、資金難になって帝国での活動を縮小することになったら、『大賢者』との繋がりが途絶えてしまう。

 そうして有効な手立ても思いつかず、止むを得ずに総本山に対し、追加の『聖水』を送ってくれるように手紙を書いた。




「『聖水』を追加で送って欲しいと?」


「はい。 どうにも例の件で動揺が広がっている様で、戦場で魂を送るだけではなく『聖水』で地面を浄化するべきだと」


 私が執務室で書類仕事をしていたら、ヴェルシュ帝国にいるフバーレイの部下から手紙が届き、その内容を読んで少し考える。

 正直に言えば、追加で『聖水』を送ること自体は出来るが、最近、『聖水』の総量が減って来ているのだ。

 我が教会で使っている『聖水』とは、この教会の地下にある噴水から出ている水の事であり、悪霊や死霊に掛けると、浄化して倒す事が出来る特別な水。

 その水に、教皇である私が祈りとを注ぐ事で強化しているのだが、ここ数年、その噴水の水量が減って来ているのだ。

 噴水自体はかなり大きく、水が出ている噴出孔も複数あるのだが、そのうちの数ヶ所は既に水が出ていない。

 一度、クリュネに依頼して調べさせてみたのだが、水が出なくなった原因は不明。

 水源が完全に枯れてしまったのであれば、全ての噴出孔が止まるであろうから、水源はまだ生きている。

 しかし、いつ枯れるかは分からない。

 もしかしたら、追加の『聖水』を送った次の日に枯れる可能性だってある。

 そうなれば、残った『聖水』の価値は計り知れない程高くなる。


 だが、このまま送らず、帝国にこれ以上の不信感を与えてしまっては元も子も失う。

 私は部下に必要になる量の『聖水』を送る様に命令を出した。

 そして、私に出来るのは、噴水が枯れぬ様に祈る事しか無かった。




 枯れて私の計画に支障が出ない様に。

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