第381話




 トレントを植樹し、観察を開始したのじゃが、分かった事がいくつかある。

 まず、トレントは普通の植物ではない。

 魔物化しとるんじゃから当たり前じゃろ、と思うじゃろうがそうではない。

 森で燃やし倒した方のトレントを、参考の為に一体貰って、地下室で解体というか細分化してみたんじゃが、根元付近に魔石を持っておった。

 と言っても、小指の爪くらいに凄く小粒な上に脆く、軽く力を入れて摘まむだけで粉々に砕けてしまう。

 質もあまり良くは無いのう。

 木材としてもかなり乾いており、まるで枯れてから時間が経って乾燥させた薪の様じゃ。

 これなら、確かに火の魔術を使えば、良く燃える事じゃろう。

 植えたトレントを確認してみるのじゃが、葉は青々と茂っておるし、枯れておる様には見えん。

 どうなっておるんじゃろ。

 そして、妖精達にも植えたトレントには近付かぬ様に説明し、『トレント実験中』と立て看板も立てて置いたから、誰かが来ても大丈夫じゃろう。

 ただ、妖精達にトレントを見せたら『変な感じがするです!』『ふつーじゃねぇです!』『ぜってー近付かないです!』と、かなり嫌悪感を持っておった。

 妖精は特別な知覚を持っており、時たま不思議な事を言う、とされておるのじゃが、ワシ等と妖精では見えておる世界が違うのかもしれん。




 トレントを観察して数日が経過したのじゃが、トレントに変化はなく、適度に水とベヤヤの作っておる肥料を与えて様子をみておるのじゃが、成長しておるようでしておらん。

 成長するには何かが足りんのかもしれん。

 試しに枝を一本切り取って、挿し木の様にし、成長促進のポーションを掛けてみたのじゃが、何と、捻じくれる様に折れ曲がって朽ちてしもうた。

 不思議に思って、普通の木の枝に同じポーションを掛けてみたのじゃが、こっちは普通に成長して根付いた。

 この違いは何じゃ?

 ワシは何を見落としておる?

 腕を組んで植樹したトレントを見上げるのじゃが、その葉はちゃんと青々としており、見た目は本当にただの木じゃ。

 そこである事に気が付いた。

 トレントの枝には、葉は茂っておるが蕾どころか新芽が一つも無いのじゃ。

 普通、春ともなれば、冬に散った葉は新しくなり、花を付けて新しい命を生み出し増えようとする。

 じゃが、トレントには蕾も無ければ新芽も無い。

 図鑑を引っ張り出し、トレント以外の魔植物を調べてみるのじゃが、やはり、他の魔植物は花を咲かせたりしておった。

 つまり、少なくともトレントだけが、花も咲かせず実も付けぬ。

 しかし、トレントは何かの要因で成長し大きくなる。

 聞いた話では、世界の何処かにトレントばかりの森があり、その中心には見上げても頂上が見えぬ程の巨大なトレントがおるらしい。

 此処でワシはある仮設を立てた。

 トレントは、魔植物ではあるが魔植物ではない。

 この仮説が正しいかどうかを確かめる為には、昔の事を調べねばならぬ。




 そうしてやって来たのは、町長であるミアン殿の屋敷。

 ほぼ顔パスじゃが、入り口でちゃんと身分を伝え、忙しいであろうミアン殿に無理を言って面会を取り付けたのじゃ。

 そうして、案内された部屋で待っておると、ミアン殿とドミニク殿がやって来た。


「それで、このクソ忙しい時に何だってんだ? 」


「ドミニク、態々魔女様が何か聞きたい事があると言ってやって来たのだ、その言い方は無いだろう」


 そもそも仕事を溜めて忙しくしたのはお前自身だろう、とミアン殿に指摘され、ドミニク殿が顔を逸らしておる感じ、自覚はある様じゃな。

 さて、ワシが聞きたいのは、地上でトレントがおる場所の大まかな分布と、を知りたいのじゃ。

 そう尋ねたら二人共不思議そうな表情を浮かべたが、理由も聞かず、地図を使って説明してくれたのじゃ。


「私が知っているのはバーンガイアだけですが、トレントがいる森はいくつかありますね」


「俺はクリファレスとヴェルシュの事もある程度は知ってるが……確か、そこまで多くは無いし、下手に群れに近付いたら危険だからな」


 そして広げた地図に、二人がアレコレと印をつけていく。

 まず、青いチョークでトレントが過去に確認された森に丸を付け、次に赤いチョークで過去に大規模な戦闘があった場所に丸を付ける。

 そうしていると、ワシの仮説を証明する様に、地図はある状態になっていったのじゃ。

 やはり、トレントと言うのは……


「コレは……偶然か? なんで、こうなる?」


「………魔女様、こうなる事を分かっていましたね?」


 まぁ、仮説ではあったがのう。

 視線を地図に落とすと、地図に描かれた青と赤の丸の大部分は、不自然な程に重なっておった。

 つまり、大規模な戦闘があった場所の近くにトレントがおる。

 これが何を意味するのか?


「うむ、つまり、トレントとは、魔植物ではあるが魔植物。 トレントとは……ずばり、アンデッドじゃ」


 ワシがそう言うと、二人が驚いた様な表情を浮かべておる。

 しかし、コレは無理もないじゃろう。

 植物でアンデッドなんて、普通なら想像すら出来んじゃろう。


「いや、それは無理があるだろ? トレントがアンデッドって……」


「では、二人に聞きたいのじゃが、トレントの若木や苗を見た事は? 花や種は?」


「そう言われれば、確かにそう言った物の話を聞いた事はありませんが……」


 他にも、どう見ても生きておるとは思えん状態の幹に、いくら観察しても成長せぬという不思議な状態と、トレントの種類の多さじゃ。

 実はトレントと言うのは、種類が非常に多い。

 魔物の生態などを纏めた図鑑では、雑木から果樹、園芸品種と思われるような木ですらトレントとなっている。

 もし、トレントが単一の種族であるなら、此処まで多種多様ではないじゃろう。


「魔物であるゴーストが樹木に憑依し魔物化させ、トレントとなった後、近付いて来た者を捕らえてその生命力を奪い取って成長する。 じゃから、戦場近くにある森ではトレントが増える……戦場跡地はゴーストが多いからのう」


 ゴーストは魔粉を得て残留思念で動く魔物じゃ。

 トレントの中にあったあの脆い魔石は、そんなゴーストの魔粉が凝固した物だから、普通の魔石と比べても小さくて遥かに脆い。

 そして、回復効果のあるポーションを掛けたら、アンデッドじゃから死んだ細胞に無理な成長をさせる事になり、結果、耐えられずに崩壊してしまう。


「その話が本当なら、コレはかなりの大発見だぞ? 何せ、今までトレントを退治するには、燃やすか砕くしか無かったんだからな。 それがポーション一つで倒せるってなれば、周囲への被害は皆無になるし、態々危険を冒してまで近付く必要がなくなる。 見た目で植物の変異した魔物だと思われてるから、ポーションをぶっ掛けるなんて発想自体がなかったんだな」


 それに、ポーションは作るのに手間があって、それなりに貴重じゃしな。

 しかし、この情報は有効活用出来るじゃろう。


「どこでもトレントは問題になっていますからね。 この情報が広まれば安全に駆除出来る様になる……」


「だが、情報の出所を探られるぞ? こんな素っ頓狂な事を調べてる奴はいないだろ?」


 ドミニク殿の言う通り、こんなニッチな研究をしとる人物なんておらんじゃろう。

 特にクリファレスは周囲への被害など考えずに焼くじゃろうし、ヴェルシュでは力押しで粉砕しとる。

 教会は……どうしておるか分からんが、少なくとも対処しておる様じゃし、そんな所に安全に駆除出来る手段が分かったという情報が出てくれば、必ず真偽を確かめる為に情報源を調べるじゃろう。

 そして、情報源がワシであると分かれば、どう考えても碌な事にはならん。

 それが例え、本当に有効な手段であろうが、『魔女』が見付けたとなれば教会は確実に否定し、あらゆる手段を使って消しに掛かろうとする。

 その情報も、情報源も、発案者さえも。

 ドミニク殿の言葉に、ミアン殿も黙って思案しておるが、有効な手段は思い付かぬ。


「……チッ、仕方ねぇ……此処は俺がどうにかするしかねぇか」


 暫くの沈黙の後、ガリガリと頭を掻きながら、ドミニク殿がそう呟いておった。

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