第379話




 その日、エルフの住む森では、エルフ達によって新たな木を植える植樹を行っていた。

 これは『妖精の森』に住む妖精が増えただけでなく、流浪していたエルフ達が『シャナル』にあるエルフの森の話を聞き、安住を求めてやって来ているからだ。

 ただ、元々がそれ程大きくない森の為、直ぐに許容量を超えてしまうと判断し、『シャナル』の町長であるミアン様と、エルフの森に住む各氏族の代表達が協議し、町への交通に影響が出ない方向に向けて森を拡張する事が決まり、比較的大きく成長する木を選定して植樹を行う事が決まった。

 これまで数回植樹を行っているが、この調子では追い付かないとして、エルフの住む森と『妖精の森』とを繋げる事が決定されたのだが、距離の関係以外にこの二つの森が繋がるとかなり巨大な森となる。

 当たり前だが、それを良しとする者もいれば、こんな巨大な森をエルフ達だけで管理する事は安全上の理由で危険だと言う者もいた。

 それ以外にも、これだけ大きな森の中でエルフ達が武装蜂起すれば、広範囲から攻撃を受ける事になり、防衛するのも困難になると難癖を付ける者もいたが、エルフ達からすれば、虐げられてもいないのに武装蜂起する理由は無い。

 更に言えば、例えエルフ達が武装蜂起をしたとしても、『シャナル』の保有する防衛戦力は通常の町に比べても過剰気味であり、更に、ミキ様やオダ様が考案して配備を始めた防衛装置もあり、余程の馬鹿でもなければ蜂起した所で直ぐに鎮圧されるなんて事は分かり切っている。

 尤も、エルフ達は安住の地を与えてくれた上に、亜人種であっても迫害もしない『シャナル』に対し、悪感情は抱いておらず、森で得られた恵みをエルフ族だけで独占せず、『シャナル』の町中で売買して、住民との共存共栄を目指していた。




「よし、コレで今日の範囲は終わりだな」


 板に固定した紙に書かれた地図に丸を付け、予定通りに植樹が行われている事に安堵しながら、スコップを地面に刺した。

 この後は、植えた木に水を与え、『成長促進グローアップ』である程度成長させる予定だが、少しずつ広がっていく森を見ながら、これまでの事を思い出す。

 これまで、安住の地を求めて氏族を連れて各地を旅したが、何処に行っても最初は受け入れられて森を提供されるが、暫くすると人間が住む町や村へ入る事が制限され、苦労して開拓した森に何かと理由を付けて人間が入る様になり、拒否すれば、『反乱の意志がある』と言って、兵士達に攻撃され、森から追い出されてしまった。

 人間の手が入っていない森を見付けても、直ぐに人間がやって来て、我々が住んでいると知れば攻めて来て奪われる。

 そんな事が何度か続き、氏族全員がこのまま滅ぶと諦めていた所に、『安住の地が見付かった』と別の氏族のエルフに誘われてこの地へとやって来た。

 最初は、『どうせ彼等も騙されていて、後で人間に奪われるだけだ』と思っていたのだが、この町の町長と名乗った人間の女性は、各氏族の代表を集めて、これからどうこの森を管理するかの話し合いを行い、何かがあれば必ず話し合いの場が設けられた。

 これまでと違い、エルフ族が町の中で売買を行おうとしても止める事も無く、それ所か、下手な輩が絡んでこない様に通達が出され、安全に商売が出来る様になっていた。

 ここまでやって、後で我々を騙して奪ったとしても、彼等に利なんて無いだろう。

 寧ろ、大赤字になる。


「ベイカー長、問題が出ました!」


「ん? 何があった」


 道具を片付けていたら、慌てた様子の仲間達が走って来た。

 やって来たのは、この森から出て、『シャナル』で冒険者として活動しているエルフ達で、久しぶりに森に戻って来たらしい。

 彼等の話を聞いて見ると、拡張している森の中で、奇妙な木を発見して近付いてみた所、急に襲われたという。

 その正体に察しは付いたが、奴等の苦手とするのはであり、火を使えばあっさりと倒せるのだが、森の中で火を使うなんて大問題にしかならない。

 それに、奴等は大抵群れで行動する以上、その一体だけとは限らない。

 彼等はその場に数人を監視に残し、こうして報告にやって来たのだ。


「……直ぐにミアン様と他の長達に報告と連絡を、我々は数の確認をするぞ」


「報告は既に向かっています。 数に関しては、何処まで増えているのか……」


「クソッ……一体、何処から入り込んだのだ……」


 片付けようとしたスコップを持ったまま、彼等と一緒に森の中を進むと、木の上で弓に矢を番えたままの若者を見付けた。

 少し離れた所には、矢が何本も刺さった状態の木が一本立っていたが、成程、アレがそうか。


「監視御苦労、アレがそうなのだな?」


「ベイカー様、見付けたのはあの一体だけですが、これまでの事から他にもいるかと」


「うむ、まさかこの森で『トレント』とはな」


 トレントとは、木に擬態した魔物であり、トレントに気が付かず不用意に近付くと急激な眠気に襲われ、そのまま寝てしまうと、地面から根が出て来て絞殺されて、地面の中に引きずり込まれる。

 火の魔術を使えばあっさりと討伐出来るのだが、使わずに討伐する場合、まずは木の枝に当たる部分を全て落とし、その後に、根ごと引き抜いて本体を細かく砕いてから燃やすという、非常に手間の掛かる作業となる。

 その作業中、トレントが大人しくしている訳も無く、攻撃してくるために非常に危険である。

 なので、普通であれば周囲の被害を考慮しながら、火魔術で焼き払う。

 問題なのは、このトレントは一見しただけでは普通の木であり、更にどうやって森に入り込むのかが、未だに分かっていないという点だ。

 一応、通説としては、夜の誰もが寝静まった頃に苗木の様な状態で森に入り込み、一気に成長して周囲に溶け込んで成り済ます、とは言われているが、誰もその光景を目撃した事は無いし、トレントが歩くなんて事は出来ないとは思うが、苗木の時であれば出来るのかもしれない。

 昔、人間の軍隊が広大な森を焼き払いながら侵攻を続け、別の国へと侵攻する際に森の一つを通過したのだが、森の半ばを通過していたのだが、その森の木は全てトレントになっており、その軍隊はその森を超えられずに全滅。

 昨日までただの木だったのが、気が付いたら一晩でトレントになっていた、と言う事もあり、エルフは『森を大事にしなければ、森がトレントになるぞ』と子供に教え、大事にする様に躾けている。


「唯一の救いは、気が付いたのが『妖精の森』に繋げる前で良かったという事だな……」


「えぇ、もし繋げた後でしたら、大変な事になっていたでしょうね」


 広範囲にトレントの侵略がされていた場合、完全駆除する為に森を焼き払う、なんて事もあり、最悪、我々は一時的に町中に避難すれば良いが、妖精はそうもいかない。

 この町ではかなり自由にしているし、町長や住んでいる人々も人格者が多いが、それでも不埒な考えを持った人間は一定数いる。

 それに、妖精も数が多いから、全てを受け入れるのは不可能だろうし、未だに数が増えている。

 そうして発見したトレントを監視して、周辺の探査をしているエルフ達を待っていると、一台の馬車が森の街道を走っているのを見付けたのだが、その馬車を引いているのは巨大な白熊。

 その馬車が止まると、中から出て来たのは連絡に行ったエルフ達と、町長であるミアン様と、黒い外套と尖った帽子を被った少女が出て来て、馬車と繋がっていた白熊を開放していた。 

 そして、少女が我々の方を指差して、ミアン様に何かを言った様で、白熊を先頭にして我々の方へと歩き始めているが、あの距離から我々を発見したというのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る