第378話




 取り調べは簡単な物で、どうして禁止されている森に入ったとか目的を探られたが、『珍しい薬草を探していて、うっかり入り込んでしまった』と答え、『禁止されている事は知らなかった』と答えている。

 実際、此処に来てから冒険者ギルドには一度だけ顔を出し、表向きは詳しい情報を調べてはいない。

 それに、所持していた道具や薬草とかに違法性は無いから、こういった言い訳も通用するのだ。

 何より、俺が調合した蜂蜜は確かに『妖精』には毒物ではあるが、人間には効果は無いし、詳しく調べても何の変哲も無い蜂蜜としか分からないから、コレを理由にして拘束し続けるのも無理があるだろう。

 そう思っていたのだが、いつまで経っても解放されず、未だに牢屋に入れられていた。

 まぁ出される飯は美味いし、取り調べも緩いしで、ある意味、その日暮らしの冒険者稼業を考えれば、此処は天国でいつまでも居られる。

 そうして少なくとも2週間、牢屋で過ごしていた。


「不味っ!? なんだコレ!」


 その日、いつもの様に飯が扉の下側から牢屋の中に入れられ、見た目は同じ物だったのだが、パンを口にして最初に感じたのは、黴の臭いの様な臭みに、土の様な味だった。

 今まで出されていたパンとは全く違い、見た目は同じだがどう食べても別物。

 一緒に出されたスープも、今までとは違って塩気は強いがただそれだけ。

 サラダは見た目は新鮮そうだが、一口食べるとシナシナになっていて、味は非常に悪い。

 きっと偶々だ。

 そう思いながら、何とか食事を済ませたのだが、次に出された食事も、またその次も、出された食事は今まで食べていた物とは比べ物にならない程、酷い物になっていた。

 しかも、食べれずに残すと兵士に『残すな!』と無理矢理食べさせられる。

 何とか食べた後、次に出された食事はいつもの美味い料理になり、涙を流して食べたが、また不味い食事が出された。

 そして、それからは何日間に一度だけ美味い料理が出るが、その美味い料理が出る間隔は全く分からず、何日も不味い料理が続く事もあった。

 その時、扉の外からカチャカチャと、覗き窓を弄る時の音がするのを聞いて、思わず自身がいる扉の覗き窓から外を見た。

 すると、向かいの牢屋に新しい囚人が入ったのか、何者かがその覗き窓から外を見ているのが見えた。

 その囚人と目が合ったが、相手は何か驚いた様に覗き窓から消えてしまった。

 なんだ、食事の時間じゃないのか……

 そう思いながら、覗き窓を閉じてベッドに腰掛けた。




「あァァッ!!! 不味い!! 喰えたモンじゃねぇッ!!」


 出された食事を床に叩き付ける。

 パンは硬く、味なんてゴミかと思う程酷い。

 肉も硬いだけじゃなく、殆ど味もしない上に非常に臭い。

 こんなの、人間の食いモンじゃねぇ!!


「コラ! 暴れるな!」


「轡を嵌めて舌を噛ませるな!」


 暴れたのを察知したのか、兵士達が牢屋に入って来て俺を取り押さえ、口に轡が付けられる。

 呻き声しか上げられないが、そんな俺ん両脇を抱えられ、今までの牢屋から連れ出され、別の牢屋に入れられた。

 入れられた牢屋は、今までいた牢屋と違って窓も無く、扉も覗き窓すらない分厚い物になっていた。

 天井付近に薄っすらと光を放つ水晶があるが、灯りはその程度しかない。

 そんな牢屋に、俺は轡を付けられたまま入れられ、また食事が出されたのだが、そこまで味は酷い物では無かったが、いつまたあの不味い食事になるかと思うと、気が狂いそうだ!




「ミキ様も中々エグい事を考えたなぁ……」


 兵士の一人が兜を脱いで机に置きながら、そんな事を呟いていた。

 まぁ、確かにそれは同意するよ。


「昔は拷問に近い事をして情報を吐かせてたが、吐かなくてそのまま死ぬとか色々と問題はあったからな、ある意味、コレは一番平和と言えば平和だが……こうも上手くいくとは予想外の結果だ」


 この前捕縛した男は密売組織の構成員で、何かしらの情報を手に入れる為に、拷問紛いの責めをする事も提案には上がっていたのだが、別の場所で捕縛された構成員は何も吐かず、獄中死した事がある為、どうするべきか悩み、自白剤を作れないか相談しようとミキ様の所に行った所、『三大欲求を責めたら良いんじゃないですか?』と提案され、どういう物か聞いて、駄目元で試してみたのだが、コレまで何も喋らなかった構成員が、僅か1週間でこの町シャナルにある拠点の情報や配備人数等、洗い浚い吐いてしまった。


 ミキ様が言うには、人間には『睡眠欲・食欲・性欲』の三大欲求があり、コレは余程精神を鍛えていない場合、常人には抗えない程の欲求になるらしい。

 そこで、最初に他の町と比べても比較にならない程美味い食事を与え、その味に舌が慣れた頃、いきなり普段出されている獄中食に戻す。

 そして、偶に美味い食事を出すと、美味い味に舌が慣れてしまった収監されている連中は、その差に耐えられなくなっていき、やがて気が狂った様になる。

 流石に、ずっと眠らせなかったり、牢屋に娼婦を呼ぶ訳にもいかないので、こうなったんだが凄まじい効果だ。

 確実に犯罪者であると分かる相手にだけ、採用する事にしていたのだが、此処まで効果があるなら正式採用しても良いだろう。


「それで、あの男は何やったんですか? 冒険者っぽいですし、持ち物にも不審物はありませんでしたけど」


「あぁ、ミアン様から報告があったんだが、どうやら妖精専門の密猟者らしい。 奴が持ってた蜂蜜だが、人体には無害でも、妖精には致命的らしい」


「とんでもない奴ですね……」


「そういえば、お前は休日に妖精に飯あげてるんだったな」


 コイツ、偶にある休日になると町の露店で色々と買っては、公園で妖精にあげながら食べている。

 この職種兵士では、恋人なんて中々作る暇もないから仕方無いとはいえ、好い加減恋人を作ったらどうなんだ?

 そう言うが、本人曰く、運良く付き合っても、急な遠征とかで結局長続きせず別れる事になってしまうと嘆いていた。

 まぁそれは仕方無い事だな……


「でも、そこまで証拠が揃ってるなら、さっさと監獄に叩き込んだら駄目なんですかね?」


「あれだけ証拠を残してないのだから、恐らく常習犯だろうが、ミアン様は奴から妖精を買った連中も、捕まえるつもりなんだろう。 その為には、奴から情報を引き出さなきゃならんのさ」


 しかし、あの様子なら時間の問題だろう。

 凄まじく美味い飯から、急にクソみたいな飯にされるのはかなり辛い事であり、俺達も実際に一度だけ試したのだが、とてもじゃないが、耐えられなかった。

 こんなのを喰わされる奴等は可哀想だとは思うが、同情はしない。

 それ程の事を奴等はやって、捕縛されて此処にぶち込まれているのだ。

 あと数回、尋問すれば恐らく奴は、此方が聞かずとも自ら情報を吐く。

 それまでは、これまでと変わらず、クソ不味い料理を提供してやるだけだ。


 なお、この不味い料理と美味い料理を出すのを決定するのは、偶にやって来る妖精に銀貨を渡し、それを落とさせて表が出たら、次の料理は美味い料理を依頼し、それ以外は、ド素人が此処で見様見真似で作った料理を出している。

 一応、料理のレシピはあって同じ筈なんだが、こうも味に違いが出るとは料理ってのは奥が深いな。




 そして、俺の予想通り、奴は次の日の夜に自ら『妖精を密猟、密売をしていた』と白状し、売った連中の情報も暴露した。

 俺達はその情報を書き上げたのだが、密売をしていた中には侯爵の様な貴族も含まれており、ミアン様に報告した所、直ぐに領主様に報告を上げ、そこから王へと話が上がり、密売に関わっていた貴族は全員捕縛された。


 被害にあった妖精達は、直ぐに『シャナル』に運ばれ、治療を受ける事となり、回復した後は『妖精の森』で過ごす事になった。

 その妖精の治療に当たったのは、片方の角が無い鬼の青年と隣に寄り添うように立った鬼の女性だったという。

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