第376話




「コレはどういう事だ!」


 執務室で上げられてきた報告書を読んでいたら、クリファレスの騎士が扉を蹴破って怒鳴りながら入って来た。

 今まで静かだったのに騒々しい。

 溜息を吐きながら、読んでいた報告書を机に置いて視線を向けた。

 まぁ良い、仕上げを始めるとしよう。


「騒々しいが……一体何の用だね?」


「何の用だと? お前達は我々に協力する気があるのか!? 隠れ潜みそうな森は殆どが立ち入り禁止、町中にはオーガのガキの事をオニだとか言って渡さず、終いには我々を拘束するなど!」


「この町の周囲の森は、エルフや妖精と言った亜人種と友好な希少種の保護区になっている。 そこに入るには許可が必要だという事は最初に説明してあったハズだが? それと彼等は『鬼族』と呼ばれる超希少種であり、見た目こそオーガに似ているがちゃんとした亜人種で、そして最後に、君等を拘束したのは町中で武器を抜いて暴れようとしたからだ」


 私がそう言うと、怒鳴り込んで来た男は『グッ』と押し黙る。

 普通であれば、このまま立ち去るだろうがこの男達は普通ではない。


「フンッ調査もさせず、聞いた事も無い亜人種に、理不尽な理由で拘束する、町長殿は、余程我々と敵対したい様だな」


「そう言う訳では決して無いが……それよりも聞きたいのだが、いつまで『調査』という名目で町に居座るつもりなのだね?」


 言いながら、報告書の一枚を書類の束から引き抜き、男にも見える様に向けてやる。

 この報告書は、この男達が町にやって来てから、『調査』と言う名目で行った事に対して掛かった費用の一覧だ。

 宿代や食費はまだ分かるのだが、何故か酒屋で酒を買い占めたり、武具屋で武器の手入れをタダ同然でさせたり、調査と言って一般人の家に押し入ったりと好き放題している事が、つらつらと書かれている。

 当たり前だが、一般人宅に押し入るなど、ただの強盗と同じであり、拘束する理由にもなるのだが、全員が兜まで同じ背格好をしている為に、誰が押し入ったのかが分からないという事で拘束出来なかったのだ。

 何より、コイツ等は地味に強く、警備を担当している兵では捕まえられず、周囲への被害が甚大になってしまう。

 しかし今回、別件で拘束出来た為、コイツ等を叩き出す正当な理由が出来たのだ。


「本来なら、君達の隊長を呼んで改めて話をするべきなんだろうが、聞いた話では町中にもいないとか。 そんな状態で調査等出来るのかね?」


「う、五月蠅い! 隊長は、その、アレだ、きっと重要な証拠か何かを見付けて……」


 男の言い分を聞いて、私は分かり易く大きく溜息を吐いた。

 そんな言い分が通用する訳がないだろう。


「兎に角、流石にコレ以上滞在するというのであれば、少なくとも費用の一部でも払ってもらわねば困るという事だ。 それが不可能であるなら、申し訳ないが、一度国に戻って改めて資金を準備するか、上の判断を仰いだ方が良いだろう」


 やんわりとだが『さっさと国に帰れ』と伝え、少なくとも私達としては、これ以上譲歩するつもりも無い事も教えてやる。

 何せ、この町は出来たばかりで、予算もギリギリ、住民達も余裕は然程無い。

 今までは善意で協力はしたつもりだが、これ以上となると付き合い切れない。

 男としては、隊長達がいれば力で従わせられると思っているのだろうが、その隊長は既にこの世にはいないのだから、恐れる事は無い。


「くっ……ならば早く我々の仲間を開放しろ!」


「国に戻るのであれば、解放は約束しよう。 そうでないのであれば、仕方が無いが町の法に則って裁く事になるだろうな」


 そもそも、最終決定をする為の隊長が行方不明なのだから、本来であれば彼等は国に帰るしかない。

 他国の法で他国の兵を裁くなんて、普段であれば外交問題になるが今回は問題にはならない。

 何せ、彼等は他国で好き放題し、住民からの苦情も多く、費用を全く払わずにいるのだ。

 例え問題視されたとしても、コレだけの事をしていれば、裁かれても問題にならない。

 此処まで言われ、その事を理解出来たのか、男は『早く開放しておけ!』と言い捨てて部屋から出て行った。


「全く……愚かな事だな」


 男と入れ替わりで入って来たのは、バート様と一緒に閣下ヴァーツ様が送ってくれた黒鋼隊の『タイラー』だった。

 黒鋼隊でも古株の人物であり、本人の実力も高く、今回はバート様のお目付け役として同行しているが、実は閣下から強いと言われているクリファレスの連中が、どの程度の強さなのかを知る為に送り込まれている。


「タイラー様、御協力感謝します。 それで彼等はどうでしたか?」


「うむ、正直に言えば、あの程度であるなら我等は問題は無い、が、一般兵には荷が重いだろう」


「やはりですか……」


 タイラー様がソファーに座りながらそう言うが、やはり、タイラー様から見ても普通の兵には脅威になると判断したか。

 ならば普通の兵の実力を上げれば良いのだが、黒鋼隊の訓練内容をそのまま適用したら、兵が付いて来れずに身体を壊してしまう。

 そう言う意味では、そんな訓練を平然と熟している黒鋼隊の隊員達は異常だな。


「何、バートラム様が色々と考えてくれている様ですし、この町では我々の常識を色々と覆してくれる者達が多い」


 タイラー様が言う通り、この町では我々の常識が色々と通用しない。

 普通の町では、妖精が町中を自由に飛んでいたり、エルフが町中で商売をしていたり、ドワーフが作った武具がタダ同然で貸し出されていたりしない。

 何より、災害指定されている魔獣である『エンペラーベア』が、平然と商店街を歩きまわり、そこの住民達と交流しているなんて事は絶対に有り得ない。


「此処で育った住民が他に行ったら、確実に驚くでしょうな」


 冗談の様にタイラー様が笑いながら言っているが、私もそう思う。

 そうしていたら、タイラー様が急に真面目な顔になった。


「何よりこの町では……飯が美味過ぎる! 特に臓腑の煮込み! アレは酒に合い過ぎる!」


 急に真面目な顔になったから、どんな深刻な内容かと思ったが、そっちですか……

 私も一度食べてみた事があるのだが、その日は酒が思いの外進んでしまった。

 確かに、この町で売りに出されている料理は、他の町と比べても一線を画しているだろう。


「アレというか、この町の料理を考案しているのは、あのミキという娘だろう? 別の世界では、食に情熱を捧げられる程、平和と言う事なのかもしれんが……」


 タイラー様、違います。

 この町の料理に関しては、確かにミキさんが考案した事になっていますが、実際の考案者はあのエンペラーベアです。

 この事を他人に言っても信じられないだろうし、魔獣が料理なんてするものか、と思われるだけなので、ミキさんが考案者となっている。

 その事に関して、当の本熊は別に気にしていないらしいが、その事を知らない料理人がその料理を教えてもらいたくて、ミキさんの所に押し掛ける事が偶にあり、警備の観点から窮屈な思いをさせてしまっている。

 だが、町中で徐々に料理を提供する店舗が増えてきている為、この調子で行けば来年には自由に出歩ける様になるだろう。

 しかし……


「臓腑煮がお酒に合うのは認めますが、茸の油煮の方が合うでしょう」


 茸の油煮と言うのは、最近出回り始めた料理であり、比較的安価な料理ではあるのだが、非常にお酒に合う。

 しかも、煮た油をパンに吸わせたり、小麦の麺に使っても非常に美味であり、一度で二度も三度も美味しい料理なのだ。

 手間もそこまで掛からず、コレだけでも食事が出来るのは脅威だ。


「いや、アレは食べたが、やはり臓腑煮の方が……」


 これは、トコトン話し合う必要があるようですね。

 こうして、私とタイラー様のお酒に合う料理談義は、そのまま一晩中続く事になった。

 そして次の日、クリファレスの連中は国に戻ると言って、捕縛されていた連中を連れ、黒鋼隊が国境の関所まで同行して出発していった。

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