第371話




 町長の屋敷から出た後、寄り道せずに我が隊の待つ所に戻る。

 我が隊が待たされているのは、腹立たしい事にこの町シャナルの外だ。

 この町に来た際、我々がクリファレスの軍旗を掲げ、大人数で完全武装していた事もあり、町に入る事が出来ず待たされてしまった。

 こんな弱小国の辺境の町で、こんな対応をされるとは、やはり、我々との上下関係を思い知らせなければならないだろうが、この作戦が終われば、泣いて感謝するようになるだろう。

 しかし、此処は怪しまれない為にも、慎重に進めなければならない。


「隊長お帰りなさいませ」


 私を出迎えてくれた隊員だが、立っているだけまだマシで、他の隊員達なんて完全にだらけ切って地面に横になっている奴までいる。

 溜息を吐くが、コイツ等は所詮は寄せ集めの雑魚共だからな。


「お前達、仕事だ」


 私がそう話すと、横になっていた奴等も起き出して一列に並んでいく。

 そして、全員が並んだのを確認した後、これからやる事を指示する。

 と言っても、やる事は単純だ。


「まずは冒険者ギルドで情報を集めろ。 くれぐれも便な」


 そう言ったら、隊員達が苦笑している。

 どうせコイツ等の事だ、必ず騒ぎを起こすだろうが、別に最終的に黙らせれば良い。

 それに、こんな町にいる様な冒険者など、底辺もド底辺しかいないだろう。


「それと、我々が宿泊する拠点も確保しておけ、あぁそう言えば、忘れていたが先行していた奴がいた筈だが、そいつ等はどうした?」


「あー、本国で雇って送り出してた冒険者共ですか? 隊長が戻って来る前に来ましたけど、なんかギルドであったみたいですよ」


「何?」


「すげー顔面腫らして戻って来たんですけどね、聞いてもなんか、豆がーとか、クマがーとか、訳の分からん事を言ってたんで、今は森の方で大人しくさせときました」


 何があったのかは気にはなるが、本国でも燻っていたような連中なのだから、どうせ大した事は無いだろう。

 しかし、今となってはが、別に問題は無い。

 取り敢えず、お前達はさっさと指示した仕事を始めろ。

 私は少し、の進捗状況を確認してくる。




 そうして、隊員達が町中に入って行くのを確認した後、私は一人で、関所近くの森にて待機させている奴等の元へと向かったのだが、様子がおかしい。

 最初、待機地点と決めていた場所に向かったのだが、何もなかった。

 捕らえたオーガを入れておいた檻も、待機している筈の部下達もいない。

 ただ、鬱蒼とした森が広がっているだけ。

 一瞬、私が待機地点を間違ったかと思ったが、木下の部分に待機する際の目印が刻まれていたから、この場所で間違いはない。

 ………まさか、あいつ等、サボって別の場所の奴等の所に移動してるんじゃないだろうな?

 陛下の温情に感謝して集められたとはいえ、奴等は元々犯罪者であり、見ていなければ怠けたりサボったりする。

 溜息を吐きながら、私は別の待機場所へと向かう事にした。




「……コレは……一体何があった……」


 私は目の前の光景を見て思わず呟いた。

 2ヶ所目の待機場所にもおらず、3ヶ所目にやって来た時、その光景に絶句した。

 木々は圧し折れ、辺りには血が飛び散っていて、此処で戦闘があったというのは分かるのに、そこには肉の欠片すら落ちていない。

 まさか、あの女町長、我々が此処に隠れている事を知って……

 いや、我々が此処に来た理由は分かっていなかった筈だし、我々が来た後にやったとすれば早過ぎる上に、此処以外の場所では戦闘すら起きた事すら分からないという事は、奇襲を受けて何も出来ずに全滅したという事になる。

 我々の実力は、こんな町にいる様な兵士や、ド底辺の冒険者共など相手にならない。

 それなのに、待機させていた隊員が全滅している。

 取り敢えず、この場にいても仕方無い。

 残りの場所も確認するしかないが、これまでの事を考えると、他の場所も既に……

 そう思いながら森の中を歩いていると、目の前に不可思議な男がいた。

 その男は、見た目は体付きは鍛えているが何処にでもいそうな普通の服装で、切り株の一つに腰掛け、その隣には巨大な赤黒い剣を突き刺し、本国でも珍しい煙草を吸っている。

 それにあの煙草は、確か我が隊の『ドーンズ』も愛煙していた、薬物を使った禁制品の煙草だった。

 そんな煙草を、男は目を閉じて吸っている。


「……昔はよぉ……偶に手に入るを吸って、気分を良くしてたモンだが……久々に吸ったら、こんなにマズかったんだなぁ……」


 男の様子を見ていたら、切り株に腰掛けていた男がそんな事を言い始めた。

 どうやら、私が隠れて見ている事には気が付いている様だが、今の話を聞く限り、この男は過去にあの煙草を使っていた事があるが、今は使っていないという事らしい。


「今考えてみりゃ、よくもまぁこんなモン吸ってたよなぁ……なぁ、アンタもそう思うだろ?」


「……成程、部下達は貴様にやられたという訳か……随分と腕に自信があるようだが、思い上がりも甚だしい」


 そう言いながら、私は剣に手を置く。

 この位置はまだ遠い。

 ゆっくりと、確実に位置まで歩いて行く。

 男が立ち上がって、突き刺してあった剣を引き抜き、咥えていた煙草を地面に吐き捨てて足で踏み潰した。


「私は、クリファレス軍、ブレイブ・ナイ」


「あーそう言うのは別に良いから、聞いた所で意味はねぇからな……だってよ」


 私が名乗りを上げようとしたら、男が手を振りながらそんな事を言って来た。

 戦いの前であっても名乗りを上げる事は普通であり、これから死ぬ相手への手向けでもある。

 それを、この男は意味は無いと言って、遮るという無礼な事をした。

 そして、赤黒い剣の切っ先を、私の方に向けて来る。

 よく見れば、その剣は剣身に妙な筋が脈打っているという、見た目からして不気味な剣だった。


「お前誰にも知られず、此処で死ぬんだからよ」


 男が言った事を一瞬理解出来ず、私の動きが止まる。 

 私が死ぬ?

 その一瞬で男が後ろに跳び、私との距離を開けると腰のあたりに手を当てる。

 何かを握り締めた男が、ソレを掲げると男の前に、薄緑色の無骨な見た目の全身鎧が現れて背中側が開き、男がその全身鎧の中に入った。

 慌てるな、相手はただ鎧を着ただけだ。

 私は鎧を着込んだ男に向けて、剣にマナを籠めて一閃する。

 遥かに間合いが遠いが、私の剣はこの距離でも問題は無い。

 理由を知らぬ相手からすれば、何をされたかも分からないだろう。


『チッ、面倒だな』


 だが、存外この男は優秀だったようだ。

 私が放ったを、持っていた剣で迎え撃って霧散させた。

 そのまま、全身鎧が私の所に向かって走って来るのだが、その速度はかなり早い。

 成程、アレはただの全身鎧では無い様だな。

 計画を潰された事は腹立たしいが、考え様によっては、あの男を殺して全身鎧を手に入れて陛下に献上すれば、陛下もお喜びになるだろう。

 あの全身鎧はどうやら、着用者の基礎能力を引き上げるだけの様で、私なら余裕で対処出来る。

 男が繰り出す剣技は単調で、剣を使い慣れていない事が丸分かりだ。

 そう思いながら、男の繰り出してきた剣を受け止め、そこを軸に剣を捩じって鎧を斬り裂くべく剣を振り抜く。

 当然、剣にマナを籠めておいたが、確実に当たっているのに、僅かに傷が付いただけと言う驚異の防御力。

 しかし、傷が付くのであれば、破壊は可能と言う事だ。

 そう思って、何度も斬り掛かる。


『一人で来たって事は、相当実力はあるとは思ってたが、此処までとはな』


 そう言う男の口調は、私が強過ぎて悔しい、という感じでは無く、まるで呆れている様な口調だった。

 だが、この男の実力では私に勝つ事は出来ない。

 直ぐに片づけてしまおうと、そう思って剣を構え直した。


『おい、アレを使うにゃもう十分だろ、時間が短くなる? この程度なら構いはしねぇよ』


 男が何か変な事を言った瞬間、全身鎧の後ろから何かが現れ、男の鎧を包み込んでいく。

 その時の私の心に浮かんだのは、『』と言う考えだった。

 何かが起こる前に、男に向かって斬り掛かったが、私の剣は薄黒い腕によって掴み取られ、そこから現れたのは、先程の全身鎧と比べれば、凄まじいまでの禍々しさを持った姿だった。


『さて、んじゃ時間もねぇから、さっさと済ますぞ』

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