第370話




 いつもの様にチビ妖精共に集られつつ、畑を手入れして料理を作って、一息付いた後に冒険者ギルドに手紙が届いているかもしれない事に気が付いて、調理器具の片付けをしてから冒険者ギルドに向かう事にした。

 自宅に鍵を掛けてから山を下り、随分とニンゲンが増えたマチシャナルに入る。

 普通、俺みたいな奴エンペラーベアが現れたら、ニンゲンが大騒ぎして大混乱になるんだが、このマチじゃ……


「あらーベヤヤさん、今日はいい野菜が入ってるよ! 見てよこの大きさと音! コイツはぎっしり中身が詰まってるよ!」


 道を歩いてたら、そんな事を言ってきたのは、俺が偶に野菜を買ってる店のオバさん。

 差し出された野菜を見れば、それはジャガイモだったんだがまずデカイ。

 普通は子供の拳くらいの大きさなのに、コイツは大人の両手くらいの大きさになっていた。

 ここまで大きくなると、普通は中に大きいが入ってボソボソになって、叩くと微妙な音がするんだが、コイツは叩いた時の音を聞く限り、本当に中身も詰まってるみたいだな。


「ゥー……ガゥア!(んー……よし、一箱買った!)」


「あいよ! それじゃ、コレはオマケしとくよ!」


 俺が少し悩んでから箱を指差して買う事を決めたと伝えたら、赤毛のオバさんが笑いながら、隣にあった菜玉の幾つかを箱の上に置いた。

 よし、今日の献立はこの芋を使ってなんか作るか。

 その箱を首の鞄に収納してたら、今度は隣の肉屋のオヤジが店の奥から出て来た。


「野菜だけじゃなく、肉も買ってくれよ! 珍しいって訳じゃないが、今日も新鮮な肉が入ってるぜ!」


 この肉屋に並んでる肉は、それぞれ部位ごとに切り分けられていて、必要な量を量り売りする様になっているが、俺の場合、自分で部位ごとに切り分けるし、鞄に入れれば時間経過なんて気にしなくて良い。

 まぁ熟成させる必要があれば、鞄から出すだけだし。

 しかし、デカい肉を手に入れるのは、店で買った方が楽なんだよな。

 ただ悪質な店だと、適当に血抜きとかしていてクソ不味かったりするから、見極めなきゃならねーが、この店は大丈夫だ。


「グー……グァ、ガァゥ?(んー……お、コレの塊は?)」


「あー、ツリーディアか、奥に皮剥いで解体前のが二つあるが……」


「ガゥ!(買った!)」


「ちょっと待っててくれ、直ぐに持ってくっから!」


 俺が店先に吊るされていた肉を指を刺すと、オヤジが俺の言いたい事が分かったのか、腕を組んでからそう言ったから、即決で買う事を決めた。

 オヤジが急いで店の奥に引っ込んで暫くすると、店員の男と一緒に板の上に肉塊を乗せて戻って来た。

 その肉塊を少し指で押すと程よく弾力があり、肉の色身も良く、表面の脂も多く無く少なくも無いという上等な物。

 コレは満足な質!

 肉に満足しながら、オヤジに金を払ってから鞄にしまったんだが、そうしていたら、俺の周りには色々と食料品を売ってる連中が集まり始めていた。

 こりゃ、此処から移動するだけでも大変だが、集まった連中だって、物を売らなきゃならねーんだから仕方ねーか。




 結局、かなり予定外の量を買っちまったが、これでしばらくは色々と試作出来るな!

 満足しながら冒険者ギルドに向かうが、なんか、通りの雰囲気がいつもと違うか?

 何と言うか、住民だけじゃなく冒険者共がピリピリしてるというか、緊張してるというか……

 まぁこういう時は、さっさと用事を済ませて帰るのが一番だな!


『邪魔するぞー』


 冒険者ギルドに入る際、『念話テレパシー』で入る事を伝えてから中に入ると、まぁ時間が時間だけにいるのは少ないと思ったら、冒険者が誰一人としていねぇ。

 普通だったら、何人かは酒場でクダ巻いてるのに。

 いないのは気にはなるが、さっさと用事を済ませるか。

 のしのしと受付に歩いて行き、受付嬢に来訪理由を告げると、『確認するので、少々お待ちください』と言って、奥の方に行ってしまう。

 そのまま待っているが、なーんであんなピリピリしてたのかねぇ?


「何でギルドに魔獣が野放しになってんだよ!」


 そんな叫び声が背後から聞こえたんで振り返ったら、なんか俺に斬り掛かろうとしてる冒険者らしき男が一人。

 身に着けてる防具とかの見た目から、まぁそこそこの実力はあるのか?

 持ってる剣も、それなりに強いみたいだが、別にコレで俺が怪我する事はねぇな。

 ただ、コイツの身に着けてる防具だと、俺が殴ると普通にミンチになっちまうから、適当に何かを使って大人しくさせるか。

 取り敢えず、コイツの剣を片手で受け止めるが、ギィンって音がしただけで毛すら斬れてねぇ。

 そして、もう片手で素材をしまい込んでる鞄を漁って、何か使っても良い素材がないか探す。


「クソっお前等も手伝え!」


「全く、バーンガイアの冒険者は、こんな危険な魔獣を放置するなんて、何をやっているんですかね」


「まー腰抜け共の話なんて別に良いじゃん。 さっさと片付けようぜ」


 適当な物を探しながら適当に剣を受けてたら、後ろにいた仲間みたいな奴等が参加して来た。

 いや、参加した所で別に問題はねぇんだけどさ、実に鬱陶しい事になった。

 一人は槍を突き出してくるが、当たってもちょっと強く押される程度で、もう一人は短剣を使ってるが、剣で斬れてねぇのに斬れる訳ねーだろ。

 溜息を吐いていたら、鞄の中に丁度良いのがあった。

 それを取り出すとを警戒したのか、攻撃していた男共が一気に離れた。

 見た目は小さい陶器の入れ物で、振るとチャラチャラと音がする。

 蓋を開けて手の平に中身を出すと、コロコロと出て来たのは数粒の炒り豆。

 この炒り豆はコボルト豆を炒った物で、どうにかして食べられないか試した際に作った一つで、味は炒っただけなんだから、やっぱり壊滅的。

 しかも、炒ったら石みたいに滅茶苦茶硬くなっちまって、ニンゲンの顎じゃ噛み砕くのも無理っていうね。

 仕方無く、砕いて畑の肥料にでもしようと思って、鞄に入れておいてすっかり忘れてた。

 で、この炒り豆を……


「ハッ何を出したかと思えば、ただの豆かよ! そんな豆粒で一体なにぶぉっ!?」


 短剣を持ってた男が何か言ってたが、俺の指が動いた瞬間バチィッ!という音がして、思いっきり殴られたように顔面が変形して、ギルドの扉諸共外に吹っ飛んだ。

 その様子を剣と槍を持っていた男共が見ていたが、直ぐに俺の方を見た。

 その瞬間、同じ音が響いて、今度は槍を持ってた男がギルドの外へと吹っ飛んでいった。


「『指弾』か!? だが、それがわかれぶぁっ!?」


 剣を持った男が剣を構えて、弾いた炒り豆を斬ろうとでもしたんだろうが、人を吹っ飛ばせるくらいに速い速度の炒り豆を斬れるヤツなんて、アイツの兄貴かオッサンヴァーツくらいだろう。

 予想通り、剣を構えた瞬間には炒り豆が顔面に到達して、先程の二人と同じ様に外へと吹っ飛んでいった。

 炒り豆を放り投げてキャッチしながら外に出てみると、男共は炒り豆が当たった所を押さえて呻いていた。


「お、覚えてやがれ!」


 その様子を俺が見ていたら、それに気が付いたのか男共はそんな事を言い捨てて逃げて行った。

 本当に一体何だったんだ?

 まぁ、今回は正当防衛だろうけど、ちょっとやり過ぎたか?

 そんな事を思いつつ、壊れた扉をどうするか考えたが、俺に直す技術はねぇし、修理費を払うだけで勘弁してもらうとしよう。

 しかし、こういう扉って一体いくらくらいになるんだ?


 奥から手紙の束を持って戻って来た受付嬢に、『なんか襲われたから返り討ちにしたら扉を壊しちまった』と伝え、修理費を出す事を伝えると、『いえ、大丈夫です! 寧ろ感謝します!』なんて言われた。

 理由を聞けば、どうにも俺を襲った奴等は、しばらく前から此処に来ていて、事ある毎に地元の冒険者に絡んでは問題を起こし、注意しても改善しなかったので、そろそろ処罰するつもりだったらしい。

 壊れた扉に関しても、アイツ等が原因だからアイツ等の口座から引き落とすと説明を受けた。

 まぁ、確かに原因はアイツ等だし、言ってる事は正しいと言えば正しいのか?

 取り敢えず、届けられていた手紙を受け取って保管料を払った後、ギルドの裏にある広場で送られて来た手紙を分別。

 大部分は俺に弟子入りしたいとか、俺の持ってるレシピを教えて欲しいとか、レシピを買い取りたいとかいう手紙ばかりで、それ以外は弟子達からの手紙と、オウトで俺が頼んでいたレシピ集の本が手に入った事を伝える手紙だった。

 その場で鞄からペンと紙を取り出して返事を書き、受付に行って、最速で手紙を送り届けてくれるように依頼を出した。

 かなり割増料金を払う事にしたので、高ランク冒険者達が受注しようと殺到する事になったが、上手くギルドで判断して届けて欲しい。

 特にオウト宛。


 なお後日、『あの魔女に飼われてる魔熊に喧嘩を売ると豆で退治されるぞ』という妙な話が、バーンガイア『シャナル』支部の冒険者達の間で広まったという。











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-なお、熊さんが本気で投げたら、人間なんて蓮根みたいになります-


-豆って、ナニ?-


-植物の種ですね。 種類によっては未成熟だったり完熟したりで名称が変わったりもします-


-いや、そう言う事じゃなくてね?-


-実際、炒ると石みたいに硬くなる豆もありますよ-


-どんな危険物よ-


-大豆なんですけどね、熱を加えると外皮の水分だけが蒸発して収縮して硬化しまして、物凄く固くなる『石豆』と呼ばれて、企業でも悩みのタネになっています。 種だけに-


-それって見分けられないの?-


-調べた限りでは、見ただけじゃ分からないみたいですね。 ただ、その石豆をちゃんと加工する技術自体は出来てるみたいですよ-


-ホント、食に掛ける情熱は異常よね-


-毒でも試行錯誤して食べてますからね-

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