第365話




 奴の斧が振るわれる度、命が一つずつ消えていく。

 ミスリルで作られた盾を掲げ、どんな攻撃でも防げると言っていたダットは、その盾ごとぶった斬られ、どんな相手の攻撃でも受け流し、反撃して倒す事を得意としていたミョルズガムは、受け流そうとした瞬間に更に踏み込まれて剣ごと真っ二つにされた。

 他の奴等も、奴の攻撃を受けた奴等はそのままぶった斬られて死んでいる。

 遠くから魔術を使っても、あの鎧は魔術防御も優れているのか、当たろうが全く怯みもしない。


「相手はたった一人だぞ! 取り囲んで仕留めろ!」


 誰かがそう言ったのを聞いて、生き残った奴等で取り囲む。

 だが、俺は『本当にで良いのか?』と感じ取った。

 確かに、普通なら一人を相手するなら囲んでしまえば勝てる。

 だが、俺達の前にいる奴は

 その証拠に、奴は俺達が取り囲むのをただ眺めているだけ。

 普通の奴なら、囲まれそうになれば、後退して距離を開けるか、逆に前進して包囲網を崩す。

 なのに、奴は、ただそこに立って、俺達が周りを取り囲むのを待っている。


「オラァァッ! 死ねやぁぁぁっ!」


 包囲が終わって馬鹿が一人、横手から奴に向かって槍を突き出した。

 突き出した槍先が輝いているから、スキルも使用した必殺の一撃、だったのだろう。

 如何に強固な鎧で魔術防御が優れていたとしても、スキルも使用した一撃ならば、この場にいた誰もがそう思っていた。


『……次はテメェか?』


 奴の鎧に槍先が突き刺さった瞬間、槍の方が耐えられずにバラバラに砕け散り、その様子を見て唖然として足を止めた馬鹿が、斧で真っ二つに両断される。

 そして、奴は、

 ドスッと斧が地面に突き刺さる音を聞いて、奴が遂に諦めたのかと思ったが、それなら何でこんな事をした?


『試すにゃ丁度良いか』


 奴がそう言って、両腕を横に広げるとその両拳に光が集まっていく。

 直感で分かる。

 そう感じた瞬間、俺は倒れ込む様にその場に身を投げ出していた。


『苦情はもし生き残ったらクソガキに言っときなァっ!』


 奴の両拳から光が一閃し、その状態で奴はその場で一回転する。

 当然、両拳から放たれていた光も追従する様に周り、その光が通過した後は、全てが焼き切れていた。


「ギャァァァッァ!?」


「いでぇぇぇぇ! いでぇよぉぉぉぉっ!?」


「俺の腕ぇぇぇっ!? 脚ぃぃぃっ!?」


 一体何をされたのかは分からないが、倒れた奴等の傷口を見ると完全に炭化していて、そのせいで心臓や頭を消し飛ばされていなければ、致命傷なのに出血しないから失血死もしない。

 そんな仲間の様子を見て、俺の背筋が寒くなる。

 コイツは、コイツバケモノには勝てない。

 逃げるという選択肢が脳裏に過った時には、俺は起き上がって駆け出そうとした。

 だが、俺は直ぐに倒れ、目の前を見慣れた外套マントを身に付けた、首の無い誰かが走ろうとして倒れるのを見ていた。


「がぺ?」


「……敵前逃亡は死罪だ」


 そんな声を聞いた瞬間、俺が見た走ろうとした首の無い誰かは、首を斬り落とされた俺の身体だと理解し、俺の意識はそこで途絶えた。




『酷ぇ事しやがるな』


 逃げようとした仲間を、コイツは持っていた巨大な剣で容赦無く斬り捨てた。

 仲間だろ、普通斬るか?


「…………酷い? ただ邪魔なだけだ」


 兜を被っているから分からねぇが、その言葉から察するに、この男にとっては周囲の奴等は仲間とも思ってねぇみてぇだな。

 精々がただの肉壁か、雑魚の相手をさせる程度の露払い。


「さて……簡単に死んでくれるなよ?」


 そう言った瞬間、奴の姿が消える。

 咄嗟に斧を拾い上げ、膝を曲げて頭上に掲げると、背後にいた奴の巨大な剣が振り下ろされ、甲高い音と共に火花が散った。

 奴の剣を受け止めたまま、そこを起点にして前に出て向かい合って剣を弾く。


「……よく分かったな」


 奴の剣を防げたのは、完全に勘だ。

 しかし、それには答えず奴の動きに注視するが、それと同時にあの動きについても考える。

 急に消えたと思ったら、背後から攻撃された。

 俺の動体視力が悪い訳じゃないし、強化外骨格・改が追い付けていない訳じゃない。

 本当に消えたのだ。

 まさか、コイツは『短距離転移』が出来るのか?


「………だが、これならどうだ?」


 奴の姿が再び消える。

 勘頼りで、左手に斧を持ち換え、左に向けて斧を振ると、斧が奴の剣にぶち当たった。

 先程と違って今度は体勢が整っているから、十分な力が入り、更に踏み込んで奴をそのまま吹っ飛ばす。

 本当なら、奴の剣ごとぶった斬るつもりだったが、あの剣、相当なシロモノだな。


「グッ……コレは……面倒な……」


 吹き飛んだ奴が空中で体勢を立て直し、そのまま地面に着地するが、そこに一気に飛び込んで更に斧を振るう。

 奴が消える謎は分からないが単純な事だ。

 消える暇など与えず、このまま強化外骨格・改の力で擂り潰す。

 俺の狙いに気が付いたのか、奴は何とか俺から距離を取ろうとしているが、そんなのを俺が許す筈はない。

 俺の斧と奴の剣が撃ち合う度に、甲高い音と火花が飛び散り、互いの武器がどんどん刃毀れを起こしていく。

 チッ、流石に間に合わせの武器じゃ耐えられねぇか。


「……この、フザケルナァァァァッ!」


 逃げ切れず、かと言って攻める事も出来ず、追い詰められて奴が激昂したのか、急に叫ぶと奴の周囲に赤黒いオーラが立ち昇り、今まで打ち合えていた俺の斧を打ち払った。

 急な力の上昇だが、コレを予想していなかった訳じゃねぇ。

 これまで殺した奴等は、正直、弱過ぎる。

 まるで雑兵に多少毛が生えた程度の強さしか無かったのに、あの程度で街を壊滅させたりするのは無理だ。

 つまり、何か条件みたいなモノがあって、奴等は急に強くなる。


『ケッ、やっとやる気になったのかよ』


「ブチ殺す!」


 激昂した奴が真正面から剣を構えて突っ込んでくるが、それに合わせて斧を振るう。

 先程まで俺の方が手加減して互角に打ち合えていたのに、今は完全に強化外骨格・改の方が力負けしている。

 確かに、この力なら街一つを壊滅させるのは簡単だな。


「オラオラオラオラァァァッ!」


『ったく、うるせぇな』


 さっきまで喋るのも面倒そうな静かな奴だったが、まるで別人になったかのようにウルサイ。

 しかし、この状態になったら短距離転移が出来ないのか、技術もへったくれも無い、滅茶苦茶な剣筋の完全に力圧しだ。

 だが、この場合はそれで問題無いだろう。

 これだけの力なら、普通の奴は相手にならないか、技術を持っていても技術ごと叩き潰せる。

 だが、バキンッという音と共に、奴の剣と何度も打ち合った俺の斧の方が、先に耐えられずに刃の中程から砕け散ってしまった。

 それを見て、奴が兜の中で笑みを浮かべた気がした。


「死ネェェェッ!」


 奴は武器を失った俺見て好機と思ったのか、剣を大きく振り被り、真上から俺を剣で両断しようと踏み込んだ。

 あぁ、確かに今まで苦戦した相手が武器を失えば、一気に、確実に、速攻で仕留めようとするのは、戦いの中では普通の事だ。

 だがな、俺普通じゃねぇんだわ。

 目の前に奴の剣が迫る中、俺は冷静に腰からある物を引き抜き、ソレで奴の剣を迎え打った。

 ギッと金属同士が打ち合った音がしたが、それも一瞬の事。

 俺が持つ剣身に赤黒い筋を持つ剣が、振り下ろされた奴の剣を根元から両断した。

 それを見て、奴は驚いたのか呆気に取られたのか分からないが、その動きが止まった。

 おいおい、戦闘中、それも相手の間合いに入ってるのに、動きを止めるのは駄目だろ?


 俺はそのまま、動きを止めて無防備になっている奴を、そのまま肩から斜めに両断し、力尽き倒れた奴の血と臓物が周囲に飛び散る。

 両断した奴の断面を見ると、ピンク色のミミズのような気持ちの悪い生き物が、何匹もウネウネと蠢いている。

 取り敢えず、コレで面倒そうな敵はもういねぇか?

 それじゃ、残りの雑魚と檻の中身を片付けるか。

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