第362話
その日、『シャナル』と領都『ルーデンス』を結ぶ街道を通行していた人々は、とある話で持ちきりだった。
とある商人は『馬車を走らせていたら、目の前から赤い魔獣が凄まじい速さで走って来て、馬車を跳び越えていった』と話し、別の通行人は『街道の横を、旗を掲げた赤い全身鎧の騎士が全力で走っていた』と話したり、街道横で戦っていた冒険者は『急に横から赤い奴が突っ込んできて、戦ってた魔獣を吹っ飛ばして走り去って行った』と話した。
この話に共通しているのは、『赤い何かが通った』と言う事であり、それが正確には分からない事から、この街道を通行している人々から、『赤い何かが凄まじい速度で走り回っている』と噂が立って、一部の冒険者が正体を確かめようと調査をしたが、結局その正体は掴めなかった。
「おぉぉぉっ! あっぶねぇ!!」
この速度で街道をすっ飛ばしていると、通行人を吹っ飛ばしかねないと判断して、街道脇の未舗装の所を進んでいたが、複数の猪魔獣に追い掛けられていた冒険者達が急に飛び出してきて、回避し切れずにそのまま猪魔獣の一番大きい個体を吹っ飛ばしてしまった。
危うく冒険者の方を弾き飛ばす所だったが、この速度で衝突したら人なんて一溜りも無いぞ。
『《背部スラスター、出力80%です》』
っとあぶねぇ。
追加した音声に言われ、慌てて出力を落とす。
出発前に師匠に忠告されてたが、出力が90%に達したら暴走するから、80%に到達したら忠告してくれるようにしておいて本当に良かった。
視界の端に数値が表示されてるんだが、正直、その数値を見る余裕が無い。
最初は街道を走行したが、あまりの速度に危うく正面から来た馬車と衝突しそうになって、慌てて跳び越え、それからは街道横を進んでいたけど、舗装されていない地面を進んでいるから、浮いているとはいえ凄まじい振動が起きて、吐きそうになった。
それからは、『浮遊』の出力を上げて浮く高さを上げたから、酔いはしなくなったが、マナの消費量が増えてしまった。
途中の休憩中、ブルーメタルにマナを吸収させるが、俺のマナ量じゃ気休め程度にしかならない。
なので、最後は強化外骨格を収納して、街道を走る羽目になった。
ここ等辺は改良点って事で、戻ったら師匠に報告するか。
貴族用門を通って街に入り、急いで領主館に手紙と、預かっていた魔道具の装飾品を届ける。
そして装飾品は執事のライナスに渡し、手紙を受け取った
「この内容に間違いはないのだな?」
「あぁ、俺も『シャナル』に到着して直ぐに戻らされたけど、師匠と町長の連名での手紙だし、何より、こんな事をしても得は無いから、本当だとは思う」
正直、師匠達が国に反乱を企てて、養父を嵌めようとしているとも考えられるが、あの師匠達なら、こんな回りくどい事なんてしないで、直接真正面から叩き潰せば良い。
遠距離から師匠が魔術を行使し、ベヤヤとレイヴンが前線で暴れるだけで、
それに、レイヴン達に隠れちゃいるがムッさんもいる。
アイツの強化外骨格・改の強さを考えると、サーダイン公爵様やマルクス様がが率いる軍も壊滅させられる。
「ふむ、『シャナル』なら問題はないだろうが、クリファレスが内部からの切り崩しを狙っているのであれば、国境付近の領に注意する様に伝えねばならんな」
養父がそんな事を言うが、師匠達がいるとしても『シャナル』も十分危険なんじゃないだろうか。
俺の言葉に養父は頷くが、『シャナル』は問題無いと判断した理由を説明してくれた。
別に師匠達がいるからというだけじゃなく、ミアン様が『シャナル』の町長をしているから、養父も安心して任せられるという事で、彼女の戦術は常に一手二手先を読んでおり、女でありながら貴族の当主となり、こうして重要な地位に就いている。
昔、ミアン様が当主になる事が決まった際、彼女を当主にする事に周囲が反対し、ラーダリア家の所有する兵団を使って、サーダイン公爵様率いる一軍に勝てれば当主として認めると、無理難題を吹っ掛けた事があった。
それに巻き込まれた形になったサーダイン公爵様だが、兵達の訓練の一環にはなるだろうと思って承諾したが、後に『この話を引き受けたのは軽率だった』と周囲に零していた。
と言うのも、訓練が開始されると同時にラーダリアの兵団は反転して後退、その行為に呆気にとられたサーダイン公爵様達は慌てて追撃したが、そこに兵団が放った鏃が布玉に変えられた訓練用の矢が降り注ぎ、一部が戦闘不能と判定されて離脱。
それでも何とか追い付いて、交戦を開始しようとした所、いきなり後ろから矢の斉射を受けて更に離脱させられてしまった。
実は後退を開始した際、外側にいた一部の兵士はその場にしゃがんで、盾に草を貼り付け、それを背に背負って這って移動し、サーダイン公爵様達が通り過ぎるまで息を潜めていた。
そして、交戦する瞬間、背後に隠れていた兵達が立ち上がり矢を放ったという訳だったが、いくら常日頃から鍛えているサーダイン公爵様達でも、前後を相手に挟まれてしまった上に、前の兵に注視すれば背後から矢を射かけられ、背後に注意を向ければ、前方の兵の攻撃を受ける。
これが戦場であれば、この時点で詰んだ状態となってしまった訳だが、ここで更に前方にいた兵達の一部が密かに側面に移動し、そこからも矢が飛んで来て、サーダイン公爵様達は完全に相手に囲まれてしまい、サーダイン公爵様が投降して終了となった。
この時、サーダイン公爵様がミアン様に、もしも突破していたらどうするのか聞いた所、ミアン様は『突破されそうになったら、後退しながら仕掛けていた罠を使って態勢を立て直しました』と答え、騎士達が調べた所、兵団がいた所には落とし穴などの複数の罠が仕掛けられており、知らずに突入すれば引っ掛かっていただろうという報告を受けた。
普通であれば、騎士団が子爵家の兵団に負けるなんて大恥も良い所だが、こんな戦い方もあると知れた、とサーダイン公爵様は笑っていたが、ミアン様が当主になる事を反対していた連中は全員、顔面蒼白になっていたという。
「恐らく、既に動いている事だろう」
「もし、ヴァーツ様ならどうしますか?」
「クリファレスからやって来るであろう軍を待ち伏せし、殲滅してしまえば良い」
俺が聞いたら、養父は至極簡単そうにそう答えたけど、そんな事してバレたらどうするんだ?
そう思っていた事に気が付いたのか、『この程度は誰でも思い付く事だ。 だから、情報を持ち帰る為に恥となろうが帰還する事も大事な事なのだ』と言っていた。
そして、『恐らくミアンも動いているだろうが、お前はどうするのだ?』と聞かれたので、この後は直ぐに戻るつもりだと答えると、『黒鋼隊』の一部を連れて戻る様に言われた。
本当は早く戻りたかったが、養父からそう言われてしまえば従うしかない。
「いや、気が付いておらんだろうが、相当無理をして来たんだろう? 酷い顔になっているぞ」
そう言われて、改めて鏡で自分の顔を確認すると、目の下には隈が出来て頬も若干コケており、確かに酷い状態になっていた。
原因は、確実に『シャナル』から此処まで殆ど休憩も取らずに来たからなのと、あの追加部品によるストレスだろうな。
この状態で出発したら、途中で集中力が途切れて大事故を起こしそうだ。
なので、大人しく『黒鋼隊』と一緒に戻る事にしたが、準備にどうしても1日は掛かるので、今日はこのまま屋敷で休憩する事にした。
と言っても、母さん達と何か話す訳でも無く、案内された部屋で準備が整うまで爆睡してしまった。
次の日、出発の準備を終える事を告げに来たライナスに起こされ、軽食を持たされて領都を出発した。
馬車の中で持たされた軽食を食べつつ、『シャナル』がどうなったのか多少は気にはなったが、養父も『問題無い』と言っているし、ミアン様が意外と腹g……いや策略家として優秀と知れたので、問題は起きていないだろう。
『黒鋼隊』は一部隊の20人だけだが、養父自身が鍛えているだけあってかなり強く、例えクリファレスの連中が入り込んで、『シャナル』で暴れたとしても、余裕で制圧出来るだろう。
何せ、道中、俺が強化外骨格を使って日課の訓練をしていたら、『黒鋼隊』の兵が興味を持ったらしく、その流れで模擬戦をしたら、全員がそこそこ戦えていたから、相当に強い連中なんだろうと思ったら、実は普段から養父が兵を鍛える際、何度か強化外骨格を使っていて、その対処方法を教えてもらっていたからだった。
そうして、俺は日課の訓練を『黒鋼隊』と熟しながら、『シャナル』へと向かった。
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