第359話
「せぇぃっ!」
真新しい革の部分鎧を身に着けた青年が、掛け声と共に片手剣を振って小型の鼠魔獣を斬り払った。
と思ったら、鼠魔獣はその剣をひらりと身を躱し、一気に青年に向かって飛び掛かっていく。
「うわぁっ!?」
「ほら、よく動きを見ろ、そうしなきゃ当たる攻撃も当てられんぞー」
持っていた小石を指で弾き、飛び掛かっていた鼠魔獣を弾き飛ばす。
威力は調整したから、倒し切りはしない。
あくまで、コレはあの青年達の訓練だから、俺が倒してしまったら意味がない。
かといって、怪我をさせてしまったら訓練に支障が出る。
だから、こうして小石で迎撃する程度に攻撃を抑えている訳だ。
俺達は、新人冒険者が実戦で訓練する際の護衛として、冒険者ギルドから依頼を受けて同行している。
新人講習を終えた新人は、ギルドの訓練場で基礎的な動きとかの訓練をした後、こうして護衛の冒険者を連れて実際に『シャナル』の外へと出て、弱い魔獣や魔物を狩る。
ただし、弱いとはいえ魔獣や魔物は、基本的に人よりも強いが、偶然狩れてしまって『自分は強い!』と勘違いするのが一番拙い。
それを指導するのも、俺達先輩冒険者の役目だ。
「このっ! ちょこまかとっ!」
青年が逃げ回る鼠魔獣に剣を振るうが、アレじゃ日が暮れても倒せんな。
まぁ自分で試行錯誤しながらやるのも、冒険者としての醍醐味だ。
「バカアル、そっちはどんな……って酷いわね」
そう思っていたら、後ろの方から声を掛けられたんで、振り返ると俺のパーティーメンバーの『エレナ』だった。
どうやら、エレナの方は終わったみたいだな。
「おぅ、まぁ新人だしな、大目に見てやれ」
「ハァ、それで見込みは?」
「将来に期待が3割ってトコかね」
あの青年の剣筋そのものは悪くないんだが、如何せん相手の動きをよく見ていないから、当てられる攻撃も当てられていない。
それに動きがまだまだぎこちない。
動きが悪いのは多分、緊張してるからってのもあるんだろうが、緊張が解けて相手の動きをよく見れるようになれば、あの青年は化けるだろうな。
そうしていたら、やっと青年の剣が鼠魔獣に当たり、仕留める事に成功した様だ。
「おーし、反省点だが、お前は相手の動きをよく見ろ。 剣筋は悪くねぇんだから、よく見て振りゃ十分当てられる」
「はい、意識してみます」
青年が返事を返すが、ちょっと不服そうだな。
まぁ無理も無いか。
倒した鼠魔獣だが、この辺じゃ雑魚中の雑魚で、下手すりゃ農家のオッサンでも退治出来る。
そんなのに苦労してたんじゃなぁ……
「まぁ、筋は悪くねぇんだ、しっかり基礎を固めりゃ……」
そこまで言って俺は言葉を切って、森の方に視線を向けた。
何かが、森の中から俺達を見ている。
地面に突き刺していた大盾を引き抜き、持ち手を握って、いつでも飛び出せるように準備する。
近くにいたエレナも、異常を察知したのか俺の方へと向かってくる。
「アル、コレって」
「あぁ、そこそこ強いな。 お前達、アブねぇかもしれねぇから少し離れてろ!」
俺が大盾を構えて前に、エレナが後ろで杖を構える布陣。
感じ取った気配から、相手は一体、俺が押さえている間にエレナの魔術で対処する。
本当は他のメンバーもいれば、安定して押さえられるが、あいつ等、特にドワーフの『ゼゼハ』は足が遅いからなぁ……
そう思っていたら、森の中から出て来たのは、見慣れない全身鎧を身に着けた、大柄なヤツが出て来た。
あんな鎧は見た事ねぇけど、森の中の視線はアイツで間違いない。
ただ、あの鎧野郎、両手を上げた状態でこっちに歩いて来る。
まるで自分に敵意は無いって感じだが、俺達の油断を誘ってるのかもしれない。
警戒しながら俺が前に出ると、鎧野郎が立ち止まった。
「俺達は『シャナル』の冒険者ギルドで依頼を受けている! 一体何の用だ!」
「此方に敵意は無い! 頼む、助けて欲しい!」
鎧野郎がそう言うので、その場に両膝を突く様に指示を出し、ゆっくりと近付いて驚いた。
コイツ、角が片方折れてるがオーガじゃねぇか!
警戒しながら話を聞いたんだが、どうやら連れている子供が熱病に掛かり、自分達では手の施しようが無く、止むを得ずこうして俺達の前に姿を現したらしい。
そして、子供の治療をしてくれるのであれば、その対価にと何かをオーガが地面に置いたので、ゆっくりと近付いて確認すると、かなりデカい魔石だった。
コレを売るだけで一財産だぞ?
そして、このオーガだが話をしていると、不思議な事にかなりの知識を持っている。
まるで、俺達の知らない知識を多く持っている『ミキ様』の様だ。
取り敢えず、俺達では判断が難しいと考え、訓練を中止し、エレナに新人共を連れて戻らせて、判断が出来る奴を連れて来るように頼んだ。
エレナもこの決定には納得し、新人共を連れて『シャナル』へと戻り、しばらくしたら数台の馬車が走って来た。
対処出来そうな応援が来てくれたようだが、何で馬車なんだ?
そう思っていたら、馬車の中から出て来たのは、なんとミキ様とギルマスの『ダストン』のオッサン。
ギルドで話し合いをしている所にエレナが戻り、オーガが助けを求めているが、自分達では判断が出来ないという話を聞いて、こうして二人が馬車に乗ってきたらしい。
そして、ミキ様がオーガに近付いて話を聞いていると、なんか驚いた様子を見せているが、ギルマスの咳払いで慌てて、子供の状態を聞いて、『直ぐに此処に連れて来るように』と指示を出した。
オーガが森の中に戻って行った後、ミキ様は馬車後部の荷台から大きな鞄を外し、地面に置いて中身を取り出している。
何をするのか分からないが、手伝った方が良いだろうと考え、ミキ様の指示を受けながら、治療の準備をする。
そして、同行しているギルマスだが、先程から細身の剣を構えて周囲を走り回っている。
コレは別に遊んでいる訳では無く、ギルマスがやっているのは、俺達に気が付いた魔獣を先回りして斬り捨てているのだ。
一応、他にも護衛はいるんだが、彼等はギルマスの先回りを突破された場合を考え、俺達の周りに立って盾を構えている。
そして、さっきのオーガが子供を抱えて戻って来たんだが、大人の雌オーガが増えて、同じ様に子供を抱えていた。
ミキ様が用意した簡易ベッドに、子供達を寝かせる様に指示を出し、ミキ様が診察を始めた。
ミキ様はオーガに話を聞きながら、周囲にいる護衛にも似たような症例が人でなかったか聞いている。
子供の症状だが、聞く限りではずっと高熱が続き、食欲が無く、全身に痛みがあるという。
「あ、もしかして……」
護衛の一人が何かに気が付いた様に呟き、ミキ様に何かを伝えると、ミキ様が子供オーガの服を捲り上げ、その手や足を調べ始めた。
「あ、あった! ありました!」
ミキ様が子供のオーガの左腕を持ち上げると、内側の見えにくい場所に赤い点があった。
そして、もう一人の子供は、右脹脛の所に似たような赤い点。
「それで治療法は分かりますか?」
「はい、ただ、治療の為には幾つか薬草が必要で……」
「薬草なら大丈夫です。 大抵のものは『妖精の森』で手に入ります! それじゃ子供を馬車に乗せてください!」
ミキ様と子供達を馬車に乗せ、治療方法を知っているという護衛の兵士を先行して『シャナル』へと戻らせる。
そして、俺達は残された二人のオーガを連れて、徒歩で戻る事になった。
もしこのオーガ達が暴れたとしても、此方にはギルマスがいるから負ける事は無い。
ただ、このまま戻ると、いくら『シャナル』でも大混乱が起きるから、オーガ達には大きめの布を被らせ、額の角を何とか隠させた。
さて、後はあの子供が無事に治療出来れば、詳しい話が聞けるだろう。
何処から来たとかな。
って、急に出て来たこの鳥、何だ?
地味に防具の隙間狙って突っ突きやがって痛ぇよ!?
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