第358話
木が燃える臭いと、爆発音で飛び起きた。
そして、慌てて寝ていた木の洞の中から外を見ると、かなり遠くの所に黒い煙が立ち昇っている。
一体何が起きているんだ?
そう思いつつ、異常事態と考えて、いつでも動けるように荷物を纏めておき、『大鎧』も身に着ける。
オーガの集落に居た頃、森の中で火を使う事は、緊急時とかの滅多な事では止める様に言われていた。
当たり前だけど、そんな事をすれば周囲の木に引火し、大火事になる可能性があるからだ。
いくら生木は燃えにくいとはいえ、細い木々や落ちている落ち葉に引火し、長時間火に当たり続ければ生木でも燃えてしまう。
訝しみながら見ていると、再びの爆音と巨大な爆炎が見えたが、黒煙が昇っている場所とは別の方角だった。
これは明らかに、複数の場所で大勢が森の中で戦っている。
もしかして、他の集落のオーガと衝突して戦っているのかと思ったけど、集落の様子を思い返してもトラブルが起きていたようには見えなかった。
もしかして、オーガ同士じゃなくて、森に入って来た人の集団と遭遇してしまったんだろうか?
そう思いながら、纏め終えた荷物を背負って木の洞から出て、何が起きても対処出来る様に準備だけはしておいた。
そうしていたら、森の中からウズラ達が慌てた様に僕の方へと走ってきて、地面に置いた荷物の近くで身を寄せ合って一塊になった。
僕はデイカーとの決闘に負け、集落から追放された後、最初に寝床にしていた木の洞に戻って何とか生活していたが、このウズラ達の産む卵で何とか食い繋いでいた。
ホント、
ウズラ達を撫でながら、この後どうするかを考える。
本当なら集落に様子を見に行きたいけど、追放された僕が集落に入る事は出来ない。
近くになら行けるんじゃないかと思われるけど、追放されたら集落に入れなくなるだけじゃなく、その集落の縄張りにも入っては駄目で、もし入れば最悪殺されてしまう。
多分、デイカー達以外なら大丈夫だろうけど、もしデイカー達に見付かれば確実に殺されてしまう。
そうしていたら、森の方から何かが木々を掻き分け、僕のいる方に走って来る音が聞こえてきた。
ククリナイフと、柄を付け直した折れた剣を構えて待ち構えると、森の中から飛び出してきたのは、所々に傷を負って血が滲み、身に着けていた『大鎧』もボロボロになった『ニルス』さんと、荷物を背負い、二人の子供を抱えていたアミア、そして、同じ様に荷物を背負っている子供が4人だった。
「オダ! 直ぐにお嬢を連れて逃げろ!」
ニルスさんがそう言った瞬間、そのニルスさんが振り返り様に持っていたショートソードを振ると、打ち砕かれ矢が飛び散った。
そして、ニルスさんはその場で森の方を睨む様に立ち止まり、アミアと子供達が此方に走って来ると、森の中から数人の人が現れた。
その人達は、全身を白い板金鎧を身に着け、赤黒いマントを靡かせている、所謂『騎士』とかそういう感じの姿。
ただし、全員持っている武器は剣と言うには大きく、その中の一人なんてまるで巨大な鉄板かと見間違う様な巨大な物。
そして、少なくとも目の前にいる人以外にも弓を使う人がいる筈だ。
ニルスさんの後ろに並ぶ様に、僕もククリナイフを構える。
「一体何があったんですか!?」
「分からん! 急にニンゲン共が襲って来た! 早くお前達は逃げろ!」
「ニルスさんは!?」
「俺はコイツ等を抑える!……どの道、もう手遅れだ……」
そう言うニルスさんの足元には、先程からポタポタと何か黒いナニカが零れ落ちている。
『大鎧』で見えないが、恐らく、ニルスさんは腹部か脚に大怪我をしている。
でも、怪我をしても、しばらくすれば回復するオーガの回復力でも追い付かないという事は、もしかして毒でも使われているのだろう。
流石のオーガでも、毒に対しては回復に時間は掛かるのに、ずっと逃げ続けていて傷口が塞がらなかったせいで、大量出血してしまっている。
そんな状態では、逃げ切るのは無理だとニルスさんは判断したから、僕等だけで逃げる様に言っている。
でも、ここで逃げたら……
「お前達に、我等の未来と宝を託すぞ」
ニルスさんはそう言うと、雄叫びを上げて騎士達に向かって駆け出していく。
オーガの全力の攻撃を、巨大な鉄板の剣を持った騎士が受け止めると、凄まじい轟音が響く。
ニルスさんの力は、集落の中では強い方では無いが、それでも人間と比べれば遥かに強いが、騎士は難なく受け止め、弾き返して斬り合いを始める。
他の騎士が僕らの方へと迫ろうとしたら、ニルスさんが投げた短剣で阻まれる。
その戦いを見る限り、僕の実力では完全に足手纏いにしかならないと悟った。
「アミア、逃げるよ!」
ククリナイフを腰の鞘に納め、荷物を担いでアミアに声を掛けると、子供達を連れて森の中に駆け込むと、背負っていた荷物に矢が突き刺さり、かなりの衝撃を受けた。
それでも何とか踏ん張り、アミア達と一緒に逃げる事に成功した。
森から出て追手がいない事を確認した後、荷物に突き刺さった矢を引き抜くと、刺さっていた矢は荷物の中で丸めていたギガントボアの革に刺さっていて、それで貫通していなかったのと、矢の先端が妙に粘ついていたので、多分、毒が塗ってある。
今後、もしかしたら必要になるかもしれないと考えて、地面に突き刺して毒をある程度落とし、先端部を切れ端で包んで荷物の中にしまっておいた。
そして、アミアと子供達と一緒に、隠れながら騎士から逃げ続ける。
と言うのも、何故か所々に同じ所属の騎士と思われる人達がおり、もし戦えば周囲から集まって来て逃げられないと考え、隠れながら歩き続けた。
道中の食糧はウズラ達が産む卵と、林や草原に自生していた野草を食べ、水は川から汲んでなんとかした。
寝る時はアミアと交代で見張りをしつつ、全員で固まって寝る。
そうして兵士達を避けながら歩き続けていたら、一際人が多い場所が見えて来た。
ただ、そこにいる人達は何かの手続きをしていて、手続きをしている兵士も、今までいた兵士達と装備が違っていて、普通の洋服を着ていたり馬車に乗っていたりする人達と話しをしている事から、多分、ここは国境沿いにある『関所』なんだろう。
問題は、僕等はオーガと言う事で、このまま近付いたら確実に大騒ぎになる。
まぁ僕は多少大きい帽子でも被っていれば、多少背丈が大きい人って誤魔化せるかもしれないけど、アミア達は確実にアウト。
だから、近くにあった森に入って、少し遠回りをしつつその場所を通り過ぎた。
今後の予定では、こういった森の中で隠れて生活しつつ、何とか人と交流を図って安全を確保しようと考えている。
その為には、この森の中で生活基盤を整える必要があるけど、かなり難しい。
僕等はこの森の事を何も知らないんだ。
最初にやるべきは、寝泊り出来る場所を確保し、植生を調べて食糧を安定して確保出来るようにしないと……
そんな事を考えつつ、僕等はこの森の中で生活を始めた。
周囲を調べると、集落のあった場所とはかなり違って、食べられる植物は少ないけど、薬になる様なヨモギや
何とか食べられそうな根菜も見付けたけど、6人で食べるには心許ない量だったから、僕とアミアは量を減らして我慢し、小さい畑を作って少しずつ増やそうと考え、生活基盤を徐々に整えていく。
ここまで気丈に振る舞い続けていたアミアだが、こんな状況で平気だった訳も無く、連れている子供達がいるからと、ただ強がっているだけで、不安な心を押し殺し続けていたと知ったのは、『シャナル』と呼ばれる町に来て保護した後だったけど、案内された部屋で泣いてかなり大変だった。
その保護された理由も、連れていた子供の二人が熱を出し、解熱作用のある葛湯を飲ませたり、薬効が複数ある日干しして乾燥させたドクダミを煮出して飲ませたりしたが、それでも熱が下がらず、このままでは子供達の命が危ないと考え、森の近くで人を多く目撃していた場所に向かい、何とか接触して助けて貰おうと考えた。
勿論、失敗すれば僕も含めてアミア達にも危険が及ぶけど、このままでは子供達が死んでしまう。
意を決して、僕は平原にいた人に向かって両手を上げ、敵意が無い事を示しながら遠くから声を掛けた。
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