第357話




 地球にあるラノベだと、決闘を挑まれた主人公は最初、相手の攻撃に苦戦するけど戦闘中に覚醒したり、有効な作戦を思い付いてそれまで苦戦していた相手を嘘の様に圧倒して倒す、なんて物が多い。

 でも、現実はそんな事は、あまり起き得ない。

 右の視界が赤く染まり、酷く痛む頭を押さえた。



 時はほんの少し前に戻る。



 デイカーとの決闘、僕はフル装備とも言える状態で挑んだ。

 『大鎧』にククリナイフやあの折れていた剣、アトラトルにショートジャベリン、罠用の特製ロープ、そして試作していた腕に固定する小型の盾。

 対して、デイカーは防具すら身に付けず、武器も持たず、普段通りの恰好で立っていた。

 革のズボンにナイフでも隠しているのかと思ったけど、結局、デイカーは武器なんて持っていなかった。

 そして、長の掛け声で始まった決闘だけど、僕はスキルで決闘場となった広場に罠を仕掛けたが、デイカーはそれをニヤニヤしながら見ていた。

 仕掛けた罠は一つ一つは弱いけど、積み重ねれば、あの大猪ですら止める事が出来るだろう。

 そして、僕が設置を終えたのを確認したのか、デイカーが一気に僕へと近付いてくるが、一歩踏み出した瞬間に罠が作動し、ロープがデイカーの足に絡み付き、その罠に連動して他の罠も作動し、デイカーの腕を、胴を、首を、肩をとロープがどんどん絡み付いていく。

 完全にデイカーは身動きが出来なくなったと判断して、デイカーの首にククリナイフを突き付けて、この決闘を終わらせようと考え、僕の方から飛び出し、至近距離でククリナイフを引き抜いた瞬間、デイカーはそのロープの拘束を力尽くで引き千切った。

 用意していたロープは、普通の蔦だけじゃなく、ギガントボアの毛を紡いで作った糸や、別種の蔦から作った紐をり合わせた物で、凄まじい強度があったのに、それも関係無い様にデイカーは引き千切った。

 慌てて急停止し、その場でしゃがんだ瞬間、僕の頭があった場所をデイカーの拳が通り過ぎていくけど、明らかに当たったら頭が砕けていただろう。

 これはマトモに戦うのは無理と判断して、バックステップをしようとしたら、空を切ったデイカーの拳が急角度で裏拳の様に振り抜かれた。

 『大鎧』の右肩にあった盾部分と、篭手と小型盾を使って防いだが、それでも吹っ飛ばされ、篭手に装着していた小型盾も、衝撃でベルト部分を固定していた部分が壊れて吹っ飛んでいた。

 地面に衝突した衝撃で、意識がグワングワンと揺れるが、動かなければデイカーに殺される。

 転がる様にして立ち上がり、ショートジャベリンを装着してあったアトラトルを手にするが、先程までいた場所にデイカーの姿が無い。

 慌てて探そうとしたら腹部に衝撃。

 デイカーに蹴られ、胴鎧がミシミシと軋むけど割れる事無く耐えてくれた。

 そこからは最早一方的。

 デイカーの攻撃を僕が何とか防御して、吹っ飛ばされて地面を転がる。

 何とか反撃しようとしても、僕の攻撃はデイカーに通用せず、あの異常な切れ味の折れた剣は、斬り付けたらデイカーに手傷を与える事は出来たが、それで激昂したデイカーによって斬り付けた際に握り締められて、その握力で抜けなくなり、思い切り蹴り飛ばされて手放してしまった。

 そして、全身ボロボロになり殆ど動けなくなった所で、顔面を掴まれ、僕の右の角をデイカーが掴み……

 ゴギンっという凄まじい音と共に折られてしまった。

 僕等オーガの角は、頭蓋骨から骨が突き出したような物であり、当然だが、折れたら大量の血液が噴き出す。

 声にならない叫びを上げるが、デイカーに投げ捨てられ、地面を転がって何とか身を起こすが、こうなってしまっては勝負は明らかだ。


 僕は負けた。

 完敗と言ってもいいくらいに何も出来なかった。

 そして、デイカーが決闘の勝者として、僕に出した命令は『集落からの追放』だった。

 アミアが傷の手当てをしてくれたが、オーガの再生力は強く、折れた角の部分も、一晩経った今は薄っすらと薄皮が出来ている。

 ギガントボアの革で背負い袋を作ってあったので、それに荷物を詰め込んでいく。

 家にあった道具は全部持っていけそうだが、食糧は半分くらいしか持って行けそうにない。

 下手に食糧を増やすと、森の中でモンスターに襲われそうだし、必要最低限だけ持って、残す分は集落の皆で分けてもらおう。


 そうして、決闘の2日後、僕は集落から出ていった。

 行く当てなんてないけど、最初に住んでいた木を目指せば良いかな……

 そして、歩き出したら僕の後ろをウズラ達が付いてくる。

 このウズラ達は、僕が貰った正式な物で集落の物ではないから、デイカーにも取り上げる事は出来ない。

 皆と別れるのは寂しいけれど、『ヤオーズの神』に誓った正式な決闘で決まった事なのだから、受け入れなければいけない。

 集落から出て行く際、皆が見送りに来てくれたけど、アミアと一部のオーガの姿が無く、残念に思いながら森の中を歩いていたら、ニルスさんが現れた。

 聞けば、ニルスさんはラウルさんから僕を護衛して、安全に送る様に命じられているそうだ。

 そして、アミアだけど、彼女は長老の所で泣いていて、酷い顔だから見送りには来れないけどいずれ会いに行く、とニルスさんは伝言を預かっていた。

 どうやら、追放された僕が最初に目指し、暫く生活する場所はバレバレの様だね。

 ちょっと折れた角が痛むけど、彼女がそのうち会いに来てくれるというなら、それまでに生活が出来るようにしておかないと……




 デイカーがオダとの決闘に勝利してしまい、オダを追放して数週間が経った。

 オダの追放自体、かなりの問題ではあるが、目下の大問題と比べれば些細と言わざるを得ない。

 大問題とは、そのデイカーの事で、余りにも強くなり過ぎている。

 オダが奴に使ったロープだが、あのロープの強度は、狩猟班一の力自慢で、大木でも握って抉り取れる『ヴォーン』の力でも、引き千切る事は出来なかった。

 しかも、前よりも遥かにデイカーは気性が荒くなっていて、少しでも気に入らない事があれば、相手を攻撃しようとしたり、威嚇している。

 アミアを妻にしようと考えている様だが、そんな事は絶対に許可はしない。

 そうして認めない事を伝えたら、デイカーの奴は何を勘違いしたのか、俺にも決闘を挑んで来た。

 確かにデイカーは強いが、俺や狩猟班に参加している大人のオーガから見れば、ただ強い力で暴れているだけで、そこに技術は無い。

 殴り掛かって来たデイカーの腕を掴み、そのまま足を掛けて浮かし、背中から叩き付けてやる。

 叩き付けた瞬間、『ガハッ』と肺から空気が一気に抜ける音がし、そのまま腕を捻り上げて、圧し折ってやろうかと思ったら、集落の外が騒がしくなった。

 デイカーの腕を離し、一時中断する事を伝え、何があったのか聞きに行くと、そこにいたのは全身ズタボロになっていた、別の集落のオーガの若者だった。

 その若者が、手当てを受けながら、うわ言の様に何かを呟いているのに気が付き、介抱していた『ディート』が耳を近付けてそれを聞き取ると、バッと俺の方を向いた。


「長、『リフャの集落』がニンゲンの群れにやられた、と言っている」


 リフャの集落は、この集落から比較的近い所にある集落であり、鉄鉱石を採掘して鉄製品を加工して、この森の中にある複数の集落に卸している、森の中にある集落にとっての生命線でもある。

 そこがニンゲンが襲われたという事は、遂に恐れていた事が起きてしまったという事だ。



 ニンゲンによるオーガ狩りが始まったのだ。

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