第356話




 長候補になるのは、まぁ良いとして、何故に僕がアミアの夫に?

 そう疑問に思っていたんだけど、現長であるラウルさんが説明してくれた。

 まず、長候補になった理由は、僕がこの集落に来てから、やっていた武器や畑の製作や水運びを楽にした事による改善。

 特に、投げ槍の補助具であるアトラトルと、畑を作っての芋や野菜を収穫出来る様にしたのは劇的な改善だった。

 アトラトルは練習は必要だが、これにより狩猟班が安定して獲物を狩る事が出来る様になり、畑によって獲物が獲れずとも食べる事が出来る事で、集落全体の食糧自給率が上がった事で、日々の空腹に苦しむ事が無くなった。

 次に防具。

 前に、猪によって腹を割かれて重傷を負ってしまった、狩猟班の一人である『アドリア』さんが、出来たばかりの『大鎧』を身に着けて狩猟に出て、同じ様に猪によって腹部を攻撃されたが、猪の牙は『大鎧』の胴鎧によって貫通せず、大怪我を免れた。

 これ以外にも、猪やツリーディアの突進を防げる事で、大怪我をして帰って来るオーガが減っている。

 そして、今回。

 薪よりも便利な『木炭』が完成した。

 と言っても、半分近くが失敗になってしまったけど、それでもこの木炭によって薪の消費が抑えられ、夜に暖を取る事が楽に出来るようになった。

 今後は、もっと効率良く作れる様に改良しなければいけないけど、現段階ではこれが精一杯だ。

 『氷室』も、後は扉を付ければ完成するまでになり、その扉の製作も頼んであるので、完成を待つばかり。

 完成すれば、今まで以上に集落の生活は楽になるだろう。



 これだけ集落に貢献している僕に対して、いつまでも『余所者』と扱う事は出来ない。

 本来、オーガの婚姻に関しては、余程相性が悪くなければ親同士が決めている。

 所謂、地球で言う所の『許嫁』なのだが、この異世界産まれでは無い僕には親はいない。

 なので、ラウルさんは僕にアミアが懐いており、僕自身もアミアを家に招いていたり、色々と物をあげたり、『戦士の儀』で倒した巨大猪の心臓をアミアと食べていた事で、婚姻を認める事にしたそうだ。

 ここで、異性を家に招き入れたり、共に食事をする事で『家族になっても良い』と言う事になると知った。

 知ってたら、少なくともアミアだけを家に招き入れたり、一緒に食事をしたりなんてしていなかったよ。

 巨大猪の心臓を食べる時、アミアが驚いていたのはコレが原因だったのね。

 少なくとも、そんな事を知っていたら他のオーガも招いたよ……

 個人的には、心臓は美味しい物だそうだから、自分で食べる以外に、特に世話になっているアミアにお裾分け感覚だったんだけど、完全に裏目に出てしまった。

 取り敢えず、ラウルさんからすれば、娘であるアミアの夫にするのであれば、人格に問題が無く、集落の未来を考えてくれるオーガを夫にしたいと考えていた所に僕が現れ、実力は兎も角、その知識量とオーガらしからぬ優しさ、アミア自身が認めているという事で、将来的にアミアの夫とするつもりだと、こうして皆に公表した訳だ。

 こうする事で、他のオーガの娘達から僕を守る事にもなる。

 実は『戦士の儀』の後、同年代くらいの娘達が、僕の家に寄って来る様になっていた。

 中には、夜中に忍び込んでこようとしてきた娘もいて、その事をアミアに愚痴ったら、文字通り鬼の様に怒っていた。

 その時は大丈夫だったけど、今後の事も考えて扉を付け、内側から鍵を付けて外からは開けられない様に改良した。



 そうして、ラウルさんが皆の前で宣言したんだけど、誰も何も言わない。

 まぁ、普通に考えれば、長の決定に異議を唱える事になるんだから、普通は無理だよね。


「俺はあるゼ!」


 そう思っていたんだけど、広場の奥の方から声が上がった。

 その場にいた全員が声の上がった方を見ると、そこにいたのは腕を組んで、胡坐をかいて座っていたデイカーだった。

 その表情はかなり不機嫌に歪み、長の方を睨んでいた。

 デイカーの周囲にいるいつもの取り巻き達も頷いている。


「ほう、デイカー達は反対か。 では何故、反対なのか理由を聞いておこうか?」


 ラウルさんがそう言うと、デイカーが立ち上がった。

 やっぱり、前よりも大きくなっている。

 この広場には、2メートルくらいの篝火用の杭が打ち込まれているんだけど、前のデイカーはこの杭よりも多少大きい程度の身長しか無かったのに、今では完全に追い抜いている。


「長であるナら、この集落一番の強サが必要だ! ソイツはよワい!」


「だが、オダにはそれを補って余りある知識があるぞ?」


「あンなのは、ただひキょうなダけだ! オーガなら、自分のちかラが一番ひつヨうなハズだ!」


 デイカーの言う通り、僕自身の力は弱い。

 多分、男女合わせても、この集落で一番弱い。

 これは、僕は純粋なオーガじゃないから仕方無いと思っているけど、やっぱり弱いと言われるのはちょっと傷付くなぁ……

 そうして、ラウルさんとデイカーは舌戦を繰り広げているけど、なんか、デイカーの様子が可笑しい。

 前から僕に対しては刺々しい感じだったけど、今はラウルさんや他のオーガ達にも攻撃的な感じがするし、それに喋り方が変な気がする。


「デイカーよ、オダの知識もオダ自身も、この集落、いや、将来的にオーガの未来に必要になるだろう。 お前にはそれも分からんのか?」


「ハッ! そんナ弱っちイ奴が、オーガの未来ヲ必要にナる? 直ぐにシんじまっておワりに決っテる!」


 これ、僕の事を認めてるラウルさんと、絶対に認めないデイカーとじゃ、終わらないんじゃないかな?

 そう思っていたら、デイカーが僕の方に歩いて来た。


「第一、テメーは認メてんのカよ!?」


 そうデイカーに言われて少し考え込み、周囲のオーガ達の表情を見る。

 その表情には不安も多いけど、中には僕に期待した眼を向けているオーガも多く感じた。

 アミアも両拳を握って僕の方を見ている。

 それなら、僕としては期待に答えたい。


 デイカーに『皆が認めるのであれば、僕は頑張るだけだよ』と答えると、デイカーの顔が赤く染まっていき、表情が怒りに染まっていくのが分かった。

 でも、デイカーだってこの集落の一員。

 いつかは分かってくれるd。


「俺とおまエ、どっちが相応シいか、オーガの掟、『ヤオーズの神』に誓った決闘ダ!」


 分かってくれなさそう。

 それにしても、『ヤオーズの神』に誓ったオーガの掟ってなんだろう?


「デイカー!」


 ラウルさんがそう叫んだけど、周囲にいるオーガ達がざわつき始めたのを見て、相当ヤバイ掟なのかな?


「……ラウル、もう遅い。 デイカーよ、『ヤオーズの神』に誓った決闘、相違無いのだな?」


「アァ! 当たりマえだ!」


 今まで黙っていた長老がそう聞くと、デイカーが答える。

 それを聞いた長老が大きく溜息を吐いて、僕の方を見た。


「……オダよ、恐らくオヌシは分かっておらんだろうから、後でワシから説明しよう。 ラウル、準備を任せる」


「分かりました……」


 ラウルさんがざわついているオーガ達を宥めつつ、デイカーやアミアも含めて全員が外に出ていく。

 そして、この場に残ったのは、僕と長老だけだ。

 あの、デイカーが言っていたのは一体?


「デイカーが言ったのは、オーガであれば受けぬワケにはいかぬ、特殊なモノなのだ」


 本来は、ラウルさんがデイカーが誓いを言う前に止めれば良かったのだが、予想外過ぎて止められなかった。

 そして、オーガの神である『ヤオーズの神』に誓った決闘を挑まれた時点で、僕は受けなければならない。

 決闘である以上、敗者は勝者に従う事になるんだけど、決闘自体を受けなかった場合、僕は自動的に敗北した事になってしまう。

 ただ、この決闘は普通の決闘と違う点がある。

 それは、持てる技術や武器や防具を使って良い点。

 つまり、僕であれば『大鎧』や今まで作ってきた罠や武器を使っても良い事になる。

 そして、そう言った武器なんかを使う以上、命の危険があるけど、本当に危険になったら周囲のオーガが止める事になっている。

 でも、あのデイカーに僕が勝つなんて、出来るだろうか……

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