第355話




 『戦士の儀』を終えて数ヶ月が経過したけど、僕の生活は一変した。

 まず、今までは余所余所しかった他のオーガ達が、話しかけてきたり相談をしてきたりと、積極的に交流をする様になった。

 それ以外にも、僕が試している事を聞いて、他のオーガ達が混ざって試したり、畑で作れそうな作物を手分けして探したりしている。

 そして、僕が使っていた『大鎧』を大人のオーガ達が目を付けて、その作り方を聞いて来たから説明したら、手先の器用なオーガの奥様方が夫の為に作っていた。

 これは単純に『大鎧』を身に付ければ、狩猟の際に怪我をする事を防ぐ事が出来るから、継続して狩りに出る事が可能になる。

 そして、各家庭で独自にデザインするから、結構、形が違うから見ていても面白い。




「オダ、本当にこれで良いのか?」


 そう言って、デヴォンさんがスコップを地面に突き刺している。

 僕等の前には、こんもりと小山の状態になった地面があるが、これは今後の集落の未来を左右する実験の準備になる。

 その小山からは、いくつも細い煙が漏れ出ていたから、完全に密閉出来てはいないみたいだけど、全部が駄目になる事は無いと思う。


「一応、コレで良い筈なんだけど、僕も実際にはやった事がないから、失敗する可能性はあるよ」


「そこは長から聞いているから問題はない。 しかし、出来る物が本当にそんな物になるのか?」


「これで後は待つだけなんだけど……出来上がりは明日かなぁ?」


 デヴォンさんと話をしながら家に戻ると、僕の飼っているウズラ達が庭先で草を啄んでいた。

 このウズラ達は『戦士の儀』の後に、集落の大人のオーガ達が僕に譲ってくれた子達で、最初は囲いを作ってその中で飼育していたんだけど、柵を飛び越えてしまう様になり、森の中に逃げられたら大変だと思っていたが、この子達は、僕が色々と餌を試しに与えていた事で舌が肥えている様で、脱走してもしばらくしたら僕の家の所に帰ってくる。

 そして、家の隣にある飼育小屋の中に木箱を設置していたら、そこに卵を産んでくれるようになり、今では一日に数個くらいは食べられる様になった。

 ウズラ達は僕の姿を見たら、一瞬だけ気にした様子をしたけど、直ぐに興味を失ったのか、雑草の啄みを再開し始めた。

 取り敢えず、家に入る前に飼育小屋を覗き込むと、木箱の外に数個の卵が転がっていたので、それを回収。

 この転がっている卵は無精卵で、木箱の中にあるのが有精卵であり、木箱の中にある卵を触らなければ問題無い。

 デヴォンさんが帰った後、卵を持って家の中に入って畳んだ布に置いてから、作った囲炉裏に火を付ける。

 火を付けるのに使うのは棒と木の板だけで、所謂、棒を板に押し付けて高速で回転させて、摩擦熱で火種を作る方法。

 これは、『きりもみ式』と呼ばれる方法で、最初は苦労したけど、今では直ぐに火を付けられる様になった。

 火を付けた後は、数本の薪と一緒に卵を放り込んでおき、壊れてしまった僕の『大鎧』の修復作業を再開する。

 『大鎧』は『ギガントボア』の牙から僕の身を守ってくれたが、その際に肩の盾部分を壊され、それ以外でも小さい傷が多いので、時間を作ってはチマチマと修復していた。

 と言っても、一番時間の掛かる圧着作業は終わったので、これからやるのは紐で縫い合わせて強度を上げる作業だ。

 太い針に、これまた太い糸を通して縫い合わせていく。

 そうして、前と同じ『大鎧』に復元は出来たんだけど、『戦士の儀』で倒した『ギガントボア』の革を使ったから、強度は更に上がっている。

 これで、集落の周辺に出て来る大抵のモンスターの攻撃で、僕が致命傷を負う事は無いだろう。




 そして、一番変わったのは狩猟班の大人達が、『戦士の儀』を終えた僕等の様な若いオーガに対して、稽古を付けてくれるようになった事だろう。

 と言っても、個別に細かく教えてる訳じゃなくて、只管、大人のオーガと戦っていくだけなんだけど、他の皆に比べて僕は弱い。

 まぁ、僕は純粋なオーガじゃないから仕方無いと考えて、それならと病室で読んで覚えていた武術の知識を元にして、何とか動きに付いて行こうとしてみた。

 最初は全然駄目だったけど、最近は少しだけマシな動きが出来る様になってきたと思う。

 その中でちょっと気になった事もある。

 この集落に来てから、何でか知らないけど僕の事を睨んで来ていたデイカーとその取り巻き達が、訓練の時には姿を見せないという事だ。

 なのに、狩猟班に混ざって狩猟に出ると、毎回何かしらの大きい獲物を仕留めて戻ってきている。

 更に言えば、デイカー達の身体が最初に見た時よりも、一回りくらい大きくなっている様な気がする。

 それに、何と言うか、デイカー達からは何かがする。

 生臭いというか、腐ったような臭いというか……

 他のオーガ達は何も言わないけど、僕と同じ事を感じているのか、デイカー達とすれ違ったりすると、不思議そうな顔を浮かべている。

 そして、狩って来た獲物も、どうやって狩ったのか分からないけど、首の骨が粉々に砕けていたり、内蔵がグチャグチャになっていたりしていて、食べられる部分が少ない物が多い。

 一度、それを注意されていたけど、デイカー達が聞く訳も無く、今度は首の無いツリーディアを持って帰って来ていた。

 前はこういう風に可食部が少なくても、それが普通の事だったから問題は無かったけど、今では僕が広めた罠によって過食可能な量が増えたので、減る様な狩り方は推奨されていないんだ。

 訓練に参加しないのは問題無いんだけど、どうして参加しないのかは全く分からない。

 別に実害は無いし、将来困るのはデイカー達だから、指摘はしないけど、本当に何を考えているのやら……


 他にも、手に入れた『ギガントボア』の魔石の使い方を、長老が直接教えてくれた。

 長老が言うには、魔石には色々と使い道があり、武器に装着すれば斬った瞬間にサポート的な能力が付けられたり、防具に付ければ魔術に対して高い防御性能を得られる様になる。

 削って粉にして、鉱石を加工する際に添加すれば、鉱石の性能を引き上げる事が出来るけど、この集落には加工設備は無いので、もしやるのであれば、別の集落に依頼する事になるという。

 魔石とはかなり便利な物と思ったけど、長老から一つだけ、絶対にやってはならないと言われた事がある。

 それがだった。

 僕等オーガが魔石を食べれば、確かに力を引き上げる事が出来るが、その代償にその身と魂が魔に近付いていってしまう。

 過去、オーガの集落が分裂して散り散りになる前の事、人間との戦争があり、その時に劣勢に立たされたオーガの若い王が、『守り石』として保管されていた巨大な魔石を喰い、凄まじい力を手に入れ、襲い来る人間の軍勢を倒して兵を食って更に力を強くしていったが、日に日にどんどん狂暴になっていき、最終的には仲間にすら牙を剥いてしまうようになり、日々激化する人間との戦争に耐えられなくなった一部のオーガ達が離反し、この森まで逃げて来たのがこの森中にある集落の始まりらしい。

 そして、狂暴になった王は最終的に戦争に敗れ、人間の英雄によって討たれた事で戦争は終結した。

 この時の事を受け、逃げて集落を作ったオーガ達は、『魔石と人間は喰ってはならない』と伝えているそうだ。

 試しに魔石を叩いたけど、その音はどう聞いても食べられる様な音じゃないんだけど、オーガの咬筋力なら噛み砕けるんだろうけど、食べる気にはならないなぁ。

 とは言え、魔石はともかく、人間を食べる気はこの先も起きないだろう。




 そんな日々がこれからも続くと思っていたんだけど、それは突如として破られる事になった。

 その切っ掛けは、夏も終わり、秋になった頃、長のラウルさんが皆を集めた時に起きた。


「このオダを次期長候補とし、いずれはアミアの夫と認める。 これに異論のある者はいるか!?」

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