第353話
二日目が終了し、ちらほらとオーガの若者達が帰って来る。
その手には狩った獲物を持っているが、小さい獲物から比較的大きい獲物まで様々だ。
中でも、一番大きいのはデイカーの小僧で、我々大人であっても狩るのが難しい大きさのツリーディアだ。
やはり、狩猟の腕としては奴が頭一つ抜けているな。
腕を組みながら、見回しているが戻って来ている若者の中にオダの姿は無い。
俺としては、奴の知識があれば獲物を狩るのは問題無いと思うが、どうして戻ってこない?
戻って来た若者は、各自が親から手解きを受けながら、持ってきた獲物の解体をしている。
「この角はアミア、お前に……」
「アタシはいらないから」
そうしていたら、デイカーの奴が解体したツリーディアの角を、うちのアミアに渡そうとしてやがったが、アミアはそれを受け取らずに歩き去っていた。
角を受け取ってもらえなかったデイカーの奴は固まっているが、うちの娘が受け取る訳がないだろう。
『戦士の儀』で得た獲物を異性から受け取るという事は、少なくとも気になっているという事を公表したのと同じ事になる。
アミアはこの集落の長でもある俺の娘であり、その娘が受け取ってしまったら、周囲からデイカーの奴が次期長と勘違いされる。
いくら力が強くても、長は集落の皆から認められ、引っ張っていけるような奴でなければならない。
デイカーは力が強いだけで、それで暴れているから皆からは認められてはいないし、自分の事しか考えていないから、他者を引っ張る様な事もしていない。
少なくとも、俺はそんなデイカーの小僧を次期長にするつもりはない。
だが、この『戦士の儀』の結果は次期長の選考基準になるから、他のオーガ達がデイカーを認めてしまえば、長であっても認めるしか無くなる。
まぁ、そんな事は起こらないと思うが……
「長、ちょっと良いか?」
溜息を吐いていたら、後ろの方から『ニルス』が声をかけて来た。
コイツは、前から狩猟班の中でも獲物を追い掛ける達人であり、オダが提案した罠を使う事で、今では狩猟班の中でも1.2を争う程の獲物を狩って来るようになった。
今回は、3日目に戻ってこない若者を探す為の準備を任せていたが、何かあったのか?
「川に水の準備をしに行ったんだが、上流で何かがあったようだ」
そう言って、ニルスが木の器に川から汲んで来た水を注いだ。
何だコレは?
注がれた水は赤く染まり、臭いを嗅いでみるとかなり生臭い。
これは……
「………血か?」
「他のを連れて少し見て来るが良いか?」
「頼む」
俺の言葉でニルスがその場にいた狩猟班の何人かに声を掛け、川の方へと走って行った。
しかし、川の水に血が混ざるとは、川で血抜きでもした奴がいたのか?
そんな事を考えつつ、俺は馬鹿騒ぎを始めたデイカー達の方に、拳を固めながら向かった。
デイカーの馬鹿達に鉄拳を落として黙らせ、3日目になった。
確認に向かったニルス達は戻っておらず、この場に戻っていない若者はオダだけとなってしまった。
それに気が付いたアミアがソワソワしているが、本当に一体どうしたというのだ。
しかし、戻っていないのであれば、もしもの事を考えて捜索しなければならないので、ニルスの代わりに何人かに探索させる事にした。
ただ、ニルスがまだ戻らないので、ニルスよりかは劣るが、痕跡探しが得意な『テディ』と『ロイク』に任せる。
二人が準備をして森に入ろうとしていたら、川の方からニルスが連れて行っていたオーガの一人が駆けて戻って来た。
そして、話を聞いて耳を疑ったが、それが本当であるならニルス達だけでは無理だろう。
直ぐにテディとロイク、他にもその場にいた狩猟班のオーガ達を連れて行かせる。
そして、俺は俺でこれから起こるであろう事に対し、若干の頭痛を感じながら指示を出した。
しばらくして、集落は凄まじい事になった。
オダがニルスに背負われて戻って来たのはまだ良いのだが、その後ろには、何人ものオーガ達によって運ばれてくる獲物。
何本もの木で枠を作り、その上に獲物が乗せられているのだが、問題はその獲物である猪の大きさだ。
俺や狩猟班の面々でも、コイツは狩るのを諦めるくらい大きい。
一体どうしてこんな物を狩る事になったのか、詳しく話は聞かねばならないが……
「うむ、これにて『戦士の儀』の終了を宣言する!!」
俺の宣言を受けて、その場にいたオーガ達が『オォォォォォッ!!』と声を上げた。
この後は、本来は狩った獲物で宴をするのだが、俺はオダの話を聞く為に発見したニルスと一緒に家に戻っている。
そしてニルスから聞いたのは、上流に向かって行ったら、途中の森の一部がとんでもなく破壊された状態になっており、その近くの川で倒れている血塗れのオダと、ひっくり返っている巨大猪を見付け、慌てて駆け寄ったら巨大猪は既に事切れており、オダは気絶しているだけだった。
状況的に、オダがどうにかしてこの巨大猪を狩った後、気絶したのであろうとニルスは判断し、オダを起こして無事を確認した後、仲間の一人に報告と応援を頼む様、大急ぎで俺の所に向かわせ、どうやって運ぶか考えたが、オダはこの巨大猪を自分で運ぶと言っていたが、自分との体格差を考えた方が良いだろう。
そこら辺をニルスに言われて自分で運ぶのを諦め、代わりに簡単に運ぶ方法を提案して来た。
それが、何本もの木で枠を作り、その中央に獲物を乗せて固定し、枠を複数人で担ぎ上げるという方法だった。
オダ自身もほぼ歩けないほどに消耗していたので、ニルスが背負って戻って来た、と言う訳だ。
ニルスの話を聞いた後、オダの話を聞いたのだが……
「……成程、話は分かった」
オダの話を聞いて、そのぶつけられた物を見せてもらった。
コレは、この森の中で比較的簡単に見付かる『クワァイ』という植物の実だが、あまり美味くもないので、好んで食べる奴はこの集落にはいない。
ただ、雪が降る前くらいに採れる実は、皮がかなり固くなるので、今回使われたのはこの時の実だろう。
そして、この臭いは、血以外に臓腑も混ぜているな。
恐らく、あの巨大猪の子か番の物だろう。
それで、臭いのしたオダがやったと思って追い続けたのだろう。
「何て傍迷惑な……」
オダが呟いているが、コレはかなり大問題だ。
下手をすれば、いや、相手は確実にオダを殺すつもりだったのだろう。
俺の集落でそんな事をするとは……
「あの、それは良いんですけど……僕はどうすれば……」
怒りに震えたいた俺に対し、オダがそんな事を言っているが、どうして怒らない?
殺されかけたんだぞ?
「いや、事態が大き過ぎて、怒るとかより驚きの方が大きくて……それより、僕が狩った猪なんですけど……」
うむ、それなら犯人捜しは俺達、大人が調べるが、あの巨大猪がどうした?
そう聞いたら、オダが気にしていたのは、あの巨大猪をどうするかについてだった。
『戦士の儀』で狩った獲物については、基本的に狩った者が自由に出来るぞ。
つまり、どう扱おうが狩ったオダの自由だ。
「それなら、お願いがあるんですが……」
オダの願いと言うのを聞くと、あの巨大猪の皮や牙、骨などは欲しいが、肉に関しては食べ切れないし、保存食にしても確実に食べ切れずに腐らせてしまうので、集落の全員に分けて欲しいというものだった。
いくら量が多いとはいえ、『戦士の儀』で狩った獲物は重要な物だから、大抵は家族や身内、将来的に伴侶にしたい相手にしか送らない。
しかし、オダは『腐らせてしまうなら、皆で食べて消費した方が良い』として、振る舞う事を提案しているのだ。
その提案に俺は驚いた。
しかし、断る理由もない。
良かろう。
そして、集落の中央で巨大な櫓を建て、巨大猪が解体されていく。
臓腑は全て捨てると思いきや、オダの指示で食べる物と捨てる物に分けられる。
中でも一番の収穫と言えるのは、やはり魔石の存在だった。
コレだけの大きさともなれば、魔石を持っているとは思っていたが、見付かった魔石はかなりの大きさで、大人のオーガが両手で作った拳よりも大きい。
流石にコレはオダの物だとオダに渡したのだが、使い道が分からないというので、長老に聞くと良いと教えておいた。
そして、肉を貰う代わりに、剥いだ皮はコチラで処理して渡す事にした。
「うわぁ、コレが……」
オダが解体された猪の中で一番美味い、と俺達が思っている物を見て声を上げている。
うむ、心臓だ。
かなりの歯ごたえがあり、塩だけでもかなり美味い上に、この巨大猪の物だから十分に大きく食いでもある。
普通の猪の大きさでも、そのあまりの美味さで、心臓だけは大抵は一人で喰ってしまう。
「でも、これは流石に食べ切れな……あ、アミア丁度良い所に」
「ん? 何かあったの?」
「いや、心臓って美味しいらしいんだけど、流石にこのサイズだと食べ切れないから、アミアも一緒に食べる?」
「え、良いの!?」
ちょっ、アミア!?
お父さんだってたべt、じゃなくて、オダと一緒にって。
「はいはい、アナタはこっちで作業を手伝ってね。 あんな大きな頭を外すのは、此処じゃアナタくらいしか出来ないんだから」
オダとアミアを止めようとしたら、妻に止められて解体場の方に引っ張られる。
止めるな妻よ、このままではオダにアミアがっ!
そう言おうとしたら、鳩尾辺りを思いっきり殴られた。
お、女でありながら、相変わらず凄まじい威力……
「娘が幸せならそれで良しでしょ! まったく、いつまでも娘離れが出来ないんですから……」
そうして動けなくなって俺は、妻にズルズルと引き摺られていった。
なお、帰って来たアミアは嬉しそうに、オダの家で食べた猪の心臓は美味しかったと、妻や長老に話していた。
俺も……出来れば食べたかった……
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-無意識にフラグを立てていく男-
-まぁ産まれた時からオーガとして生活していた方々との価値観は違いますからねぇ-
-で、猪の心臓って実際に美味しいの?-
-鮮度にもよりますし、処理の問題もありますが、ちゃんと処理して鮮度が良ければ、臭みも無くて美味しいですよ-
-へー-
-一般的にジビエは臭いとか言われるのは、大抵、狩った後の処理が悪くて、残っている血によって鮮度が落ちるのと臭みが出るそうです。 後は、発情期とか、時期にもよりますけどね-
-つまり、ちゃんと時期を見て、処理をすれば良いと?-
-そう言う事ですね。 大抵はトドメを刺して、直ぐに首から放血するらしいです-
-それでどうなるの?-
-実はこの時点では心臓がまだ動いているので、大血管を傷つけると一気に血が噴き出すので、身に血が残りにくいんですね-
-へー、それで美味しくなるのね-
-まぁ、当たり前の事ですけど、食性にも左右されるんですけどね-
-そりゃ当り前よね-
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