第351話




 一日目、痕跡は見付けられたけど予想通り獲物は獲れず夜になってしまった。

 食事は焼き固めたクッキーと干し肉で済ませ、革袋の水で喉を潤して木に登る。

 流石に一人、夜の森の中で地面で寝るのは自殺行為だから、木の上で寝る事にするけど、このままだと寝てる間に木から転げ落ちるのは確実。

 だから、着ている鎧にロープを通し、木と自分の身体を固定して夜を過ごす。

 他の参加者は大抵が組んでいるから、交代で見張りをすれば良いんだけどね。

 僕と組んでくれる若いオーガなんて、まずいないのが辛い……

 唯一組んでくれそうなアミアは、既に去年終わらせてしまっていたので残念ながら参加は出来ない。

 ちょっと寝辛いけど、そのまま就寝。



 目が覚め、ロープを外して地面に降りると、予想通り、近くを何かが通過した後を発見。

 地面に残っていた痕跡から鹿じゃない。

 多分、猪だと思うけど、地面に残ってる蹄の跡の大きさが手の平くらいある。

 もし、地面で寝ていたら確実にやられていた。

 耳を澄ませ、周囲の音を確認したけど、近くにいるような気配はない。

 その場から離れ、痕跡が集中している所で落ちている枝を拾い、ククリナイフを引き抜いて加工して罠を設置。

 初日に仕掛けた罠も見たけど、まぁ掛かってる訳がないよね。

 掛かってたら良かったんだけど……

 余った枝を適当な長さで切って、片方に切込みを作り、その切込みに持っていた石のやじりを嵌め込んで細い蔦で縛って固定。

 これでアトラトルに使うショートジャベリンの数が増やせた。

 一応、用心の為にね。



 目的の痕跡を見付け、それを追い掛けていくと目当ての鹿を発見!

 大きさ的にはちょっと小さいかもしれないけど、角はヘラジカみたいになっていて立派に見える。

 アトラトルに作ったショートジャベリンを乗せ、しっかりと持ち手を握る。

 呼吸を整えて……い『ベシャン!』ったい!?

 狙いを定めてショートジャベリンを撃ち出す瞬間、僕の背中に何かが直撃して、思わず声が漏れた。

 まさか、後ろから何かに攻撃された!?

 慌ててククリナイフを引き抜きながら振り返ったけど、そこには何もおらず、ただ、地面に何かが転がって地面を濡らしていた。

 なんだこれ?

 警戒しながらそれ拾い上げると、何かの木の実で、それがパックリと割れて中身が零れていた。

 ヌルッとしていて生臭く、指先が赤黒い液体で汚れる。

 これって、もしかして血?

 でも、そうだとしたら何で……って鹿は!?

 狙っていた鹿がいた方を見たら、もう既にいなくなっていた。

 あれだけ声を出しちゃったら、そりゃ気が付かれて逃げちゃうか……

 残念に思いながら、改めてぶつけられた?木の実を見る。

 大きさ的には野球ボールくらいのサイズで、触ってみた感じ、かなりしっかりした皮でぶつかったくらいで割れるとは思えないんだけど、よく見てみたら地面に紐の様な物が落ちていた。

 拾ってみると結構長く、試しに割れた木の実に巻いてみると、結構余る感じだったから、もしかしてコレで縛ってた?

 でも、一体何の為に?

 不思議に思っていたら、背筋がゾッとする感覚と同時に、『ギュギィィィィッ!!』という鳴き声が森の中に響いた。

 そして、なんか凄い音が聞こえて来るんだけど、それがまるで木を無理矢理圧し折ってるような感じのバキバキって音。

 どう考えても異常事態。

 此処に居続けると危険と判断してその場を離れたんだけど、破壊音は離れるどころかどんどん近付いて来ている。

 何で!?



 そうして森の中を逃げ回って分かった事、この破壊音の主は、理由は分からないけど僕を追い掛けている。

 つまり、このまま逃げ続けても意味は無いし、集落に逃げたとしても、あれ程の破壊をする様な相手を急に連れていったら大変な事になる。

 と言う事は、僕に出来るのは持てる技術を駆使して、足止めをして諦めさせるか、時間を稼いで集落に戻って迎撃準備を行う事。

 木を圧し折る様な相手でも、罠をいくつも使えば足止めくらいは出来るハズ。

 そう考えると、使える素材が足りないから逃げつつ回収していく。

 毒草とかあれば良かったんだけど、生憎、見付からなかった。


 そして、逃げながら罠に必要な素材を集め切った頃、遂に木々を圧し折っていた謎の存在と遭遇したに追い付かれた

 あ、これ無理だ。

 そこにいたのは、大型ダンプ並の大きさの猪で、数本生えている牙の中で、一番小さい物でも僕より大きいんだけど……

 その超巨大猪が、血走った眼で僕の方を睨んでいた。

 僕が想定していたのは、精々、乗用車とかそのくらいの相手だったけど、ここまで大きいのは完全な想定外。


 後で知った事だが、この猪は『ギガントボア』と呼ばれているこの森の中での最強種で、集落の狩猟班達でも、遭遇したら戦わずに高所に逃げてやり過ごす様な超危険なモンスター。

 そして、僕にぶつけられた木の実に入っていたのは、そんなギガントボアの子供の内臓を擂り潰し血を混ぜた物で、その臭いでギガントボアが怒り狂って、僕の事を追い掛けて来ていたのだ。


 だが、当時の僕はそんな事は知らず、どうすればこの状態から無事に生きて帰れるかを考えていた。

 持っている武器は、槍とショートジャベリンにククリナイフだけで、どれもあの猪に通用するとは思えない。

 身に着けている防具も、木々を圧し折っている様な相手では、直接ダメージは受けなくとも、吹っ飛ばされた衝撃で大怪我するのは確実。

 そもそも、牙でもあのサイズともなると、防具が耐えきれるかも分からない。

 でも、追い付かれた時点で、もう逃げ切るのは不可能だから何とかするしかない。

 兎に角、猪の動きに注意を払いつつ、ククリナイフを逆手に構え、反対の手にショートジャベリンを持つ。

 猪であるなら、左右への咄嗟の方向転換は出来ないと知識にはあるけど、此処は異世界であり、地球にいる猪の知識で何処まで対処出来るか……


「ギュビィィィィッ!!」


 一鳴きした巨大猪が僕目掛けて突っ込んでくるのを、ギリギリで回避する。

 その時、持っていたククリナイフで斬り付けてみるけど、予想通り全然刃が立たない。

 毛の一本すら斬れないのは悲しいけど、コレは予想はしていた。

 そのまま走り抜けて猪と距離を開けるけど、猪はその巨体を周りの木々にぶつけて方向転換して、僕を追い掛けて来る。

 そりゃ、ナイフでも傷付かないくらい頑丈なら、身体を当てた方が回るのは早いもんね!

 逃げる道すがら、作っていた罠を設置するけど、あのサイズは想定していなかったから大半は使えない。

 特に、足止めとして考えていたスネアトラップ用に作っていたロープとかは、サイズが小さ過ぎて引っ掛かりすらしない。

 駄目元で、アトラトルにショートジャベリンをセットして、振り向き様に全力で投擲!

 発射したショートジャベリンは、見事に猪の右肩辺りに当たった、んだけど……


「やっぱり通用しないよねぇっ!?」


 ポロッと落ちたよショートジャベリン。

 予想はしてたけど、少しも突き刺さりもしないのはショック。

 これだと、毒草を見付けても意味が無かったね!


「ブギャァァァッ!」


 猪が怒りの鳴き声を上げて、再び突進してくるけど、それはもう見てるから回避できぃっ!?

 先程と同じ様に、突進に合わせて横に避けようとした瞬間、猪は頭を振って牙で攻撃して来た。

 持っていた槍と、鎧の耐久力を信じて左肩の大袖部分で身を守る!

 牙が大袖部分に当たった瞬間、『ガヅン!』という凄まじい音と、とてつもない衝撃が全身を貫いていく。

 それだけで意識が飛びそうになるけど、歯を食いしばって耐えながら木立の中に吹っ飛ばされる。

 攻撃を防いだ槍と左肩の大袖の部分は、衝撃で吹っ飛ばされてしまったけど、鎧は耐えてくれた!

 そして、吹っ飛ばされた先に罠を設置すると、猪が僕を追い掛けて来て木立の中に突っ込んでくるけど、僕は既にいない。

 その代わりに……


「ギィィィィィッ!?」


 木のを利用して仕掛けた罠が、猪の鼻面を直撃する。

 叩き付ける先端部には、ショートジャベリンを設置してるから、猪がいくら頑丈でも痛みはある。

 この隙に、更に別の罠を仕掛けるぞ!

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