第347話




 雨が降る少し前。

 集落の端で仲間達と話していたらアミアの奴がやって来て、『雨が降るから、干してある肉と薪をしまっておいて』なんて言われたが、空を見ても雲一つない。

 どうせ、ジジイ辺りから言われたんだろうが、前に言われた事を守らなくて干し肉を喰って、腹が大変な事になったし、その後で長に殴られた上に、その罰として『戦士の儀』に参加させてもらえなかったから、面倒だが片付けるか……

 周囲の奴等と一緒に、集落の片隅に置いてある薪や肉を回収して、保管場所の小屋に入れていく。

 クソっ、薪用の枝が散らばってて集めるの面倒だな……


「デイカー、薪は終わったぞ」


「おぅ、こっちの肉もコレで最後だ、薪小屋の扉は閉めとけよ」


 小屋の中に薪を放り込んだ後、『ロドック』の奴が扉を閉めているのを眺め、俺も干し肉を入れた籠を別の小屋の中に入れて、扉を閉めて蔦で持ち手と壁を縛って風で開かない様にしておく。


「あー終わった終わった、この後どうする?」


「どうするったってなぁ……雨降るって言われたけど、まだ雲もねぇし、少し森の中で素材集めるか?」


「それなら、この前見付けた黒岩の所が良いんじゃねぇか? あそこなら穂先に出来そうな石もあったし……」


 俺達が使う武器には、別の集落から交換する物以外で、簡単な物は自分達で作る時に鋭くなる石を使っている。

 こう言った物は、普通は集落全体で情報を共有して、定期的に採取して武器とかに使われているんだが、俺達は黒岩を見付けた事を話していない。

 何でかって話だが、コレは俺が将来、集落の長になった時に集落の奴等に教えてやれば、それだけで奴等は俺に感謝する事になるだろう。

 黒岩は集落に結構近い所にあったが、普段石拾いをしている場所とは別方角で、石拾いの場所にはまだ落ちてるから、こっちの方角にある黒岩は、まだ大人達も見付けていないみたいで、俺達以外が砕いている様子は無い。

 そして、俺達は森の中にこっそりと入り、目当ての黒岩に到着した後、その黒岩に別の岩を叩き付け、割れた黒岩の破片を見付けた枝に括り付け、ナイフや斧、短い槍を作って、出来た武器を目標に見立てた木に向けて投げたりしていたら、ポツポツと雨が降り始め、あっという間にザーザーと大粒の雨になった。

 慌てて作った武器を小さい木立の中に隠し、慌てて集落に帰った。




「スゲー雨だな……」


 家の壁に雨粒が当たる音がスゲー。

 まるで、親父が壁を殴ってるみたいな音が、家の中に響いてかなりうるせぇ。

 お袋から『帰って来たなら、雨具用の草を叩いておきな』と言われたんで、板の上に置いた干した長い草を太めの枝で叩いてクタクタにする。

 こうして出来上がったのを、まとめてから身に付ければ、雨の中でも身体が濡れなくて済む様になる雨具の完成だ。

 ただ、数回しか使えねぇから、こうして暇がある時に叩いて作らなきゃならねぇのが面倒で仕方ねぇ……

 そうしてバシバシ叩いてたら、なんか外で雨音以外の音が聞こえて来た。

 なんか、大人の連中が走り回ってる?


「デイカー!!」


「うぉぅ!? な、なんだよ!」


 いきなり家に入って来たロドックの親父が、俺の名前を呼んだんでかなり驚いた。

 この親父は、この集落の中で道具とかを作ってるオーガだ。

 その親父がなんかすげー怒った状態で、俺の家に入って来た。


「お前達、薪を片付けた後、ちゃんと扉を閉めなかったな!?」


「ハァ!? ちゃんと閉めたよ!」


 てか、閉めたのは俺じゃなくてロドックの奴だぞ!

 そう言ったら、ロドックの奴は『毎回、デイカーが確認してた!』と言いやがったらしい。

 確かに、今までは俺が確認してたけど、今回はやってない。

 一体何かあったのか聞いたら、扉がちゃんと閉まっておらず、地面を伝って雨が流れ込んで、地面に置いて積み上げていた薪と、吹き込んだ雨で扉の近くにあった薪がどんどん濡れてしまって、保管庫の中にあった薪の半分以上が濡れて使えなくなってしまったと言われた。

 でも、それにしたって俺の責任じゃねぇだろ!?

 そうしていたら、更に外が騒がしくなってきた。

 今度は何だよ!


「長が戻ったぞー!」


 そんな声が聞こえて来た。




 ザンザンと雨が降る中、何とか俺の集落が見える場所まで帰って来れた。

 長老から『念の為』と、ちょっと邪魔だったが雨具を持たせてくれたのが功を奏した。

 この雨だと、雨具を持っていなかったら、途中で足止めを食らっていたが、持っていたお陰でこうして帰って来れた。


「長老に感謝ですな」


 そう言って、頭から被っていた雨具の位置を調整しているのは、同行していた『レスリー』の奴だ。

 コイツ、狩猟の腕はそこまでじゃないが、獲物を見付けるのはかなり上手い。

 今回も、移動の最中に鹿の痕跡を見付け、捕まえて集合場所まで運んで皆で喰った。

 さて、今回は思いの外、長くなってしまったが……


「長、何やら集落が騒がしいですぞ?」


 うむ、騒いでいるのが此処からも見えるから、何かあったようだな。

 前に『デンサイ』の所の馬鹿息子デイカーが、腹を壊して大騒ぎになった事があるが、アレと似たような状態だな。

 だが、今回は雨が降ってそれ程時間が経っていないから、誰かが腹を壊した訳じゃ無さそうだな。

 まぁ、馬鹿息子共が何かしらやらかしたのだろう。

 まったく、連中、今度は何をやらかしたんだ?

 取り敢えず、早く戻るとしよう。



 そして、戻って何で騒いでいたのか、集落中央の広場にある屋根付きの集会場所で聞いた所、予想通り、馬鹿息子共がやらかして薪の半分以上が駄目になったらしい。

 しかも、その馬鹿息子共は互いに『アイツが悪い!』と擦り合っていて話にならん。

 鉄拳制裁を下したいが、今はそれよりも薪だ。

 この時期、まだまだ薪は必要になるんだが、無事な物でどの程度持つ?


「数日、それもかなり節約して」


 俺が聞いたら、アミアがそう答えた。

 まだどれくらい濡れてしまっているのか、俺は見てはいないが、それだけでかなり酷い状況になっている事が分かる。

 ……駄目だな。

 長老の話だと、この雨はかなり長く降る。

 この雨が上がったとしても、濡れた枝や薪を乾かさなければならないから、余計に時間が掛かる。

 そして、雪が降る季節は越えたが、雨の影響もあって夜はまだかなり冷えるから、薪を燃やして暖を取っていないと、いくらオーガと言えども寝ている間に凍えてしまう。

 つまり、今残ってる薪だけでは、集落全体では間に合わない。

 かなり困った。

 最悪、残った薪を集落の中で、その日に使える家と使えない家を決める事になる。

 下手をすれば、それで集落の中で俺への不信感が出来てしまって、暴動が起きる可能性が出て来るが、無い物は無いのだからどうしようもない。


「……こうなったら、父さん」


 娘が何かを思い付いたようだが、家ならともかく、皆の前では『長』と呼びなさい。

 で、何だ、何か案があるのか?


「うん、この集落に新しく来たオダってオーガがいるんだけど」


 あぁ、戻った時に『ドミツィ』の奴が、『新しく入った奴がいる』って言ってたな。

 名前まで聞いてなかったが、『オダ』と言うのか……

 それで、そのオダがどうした?


「彼、共有用の薪以外に薪を持ってるから、理由を言えば多分、分けてくれると思う。 それに……」


 それに?


「多分だけど、薪をそんなに燃やさずに暖を取る方法を考えてくれると思う」


 娘がそんな事を言うが、そんな方法ある訳がないだろう。

 そうは思うんだが、娘が真剣にそう言っている以上、一応、そのオダというオーガに聞いた方が良いだろう。

 ただ、そのオダというオーガの事を話す娘の表情が、なんか嬉しそうというか楽しそうというか………


 ハッ! まさか、娘はそのオダと言うオーガの事を!?

 父さん、そんな事は許しませんよ!?


 そう言ったら、妻と娘から殴られた。

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