第344話




 やるべき仕事を終え、自分の家代わりのシェルターに帰って来る。

 そのシェルターの隣には、二本の柱が立っているが、この柱が僕の住居の大黒柱になる予定。

 この柱は、親がいなくて集めるのに苦労するだろうと僕の為に、オーガの大人達が持ってきてくれた物だ。

 それ以外の材料に関しては、少し前から少しずつ集めていたんだけど、如何せん全てを一人でやるのは大変な上に、今はもう一つ問題が出来ていた。


「あー! まだ出来てないじゃない!」


 その声のした方を見れば、そこにいたのは180はある長身のオーガの女の子。

 他のオーガの女性と同じで、額から一本の角が伸び、薄紫の髪色、褐色肌と活発な感じがする。

 そんな彼女が、籠を持ってこっちに歩いて来ていた。


「アミア、家はそんな直ぐには出来ないよ。 それに中途半端に作ったら、家自体が傷んじゃうんだから」


「そう言っても、寝る所だけあれば十分って顔してるわよ?」


 アミアがそう言いながら、持っていた籠を差し出してきた。

 それを受け取ると、そこにはジャガイモらしき根菜や蜂の巣、卵が入っている。


がオダにって。 感謝してたわよ」


 彼女が言っているお爺ちゃんとは、あの長老の事だ。

 そう、アミアはあの長老の孫の一人で、それ以外にも現長の娘なのだ。

 なので、この集落の中でもかなり重要人物の一人で、他のオーガ達も一歩程度引いた感じがしている。

 ただ、僕にはそれが良く分からず、色々と仕事をしつつ、長老の所で話を聞いたりしていたら、妙に懐かれてしまった。

 そして、彼女が言っているのは、長老は高齢の為に身体の節々が痛み、最近は特に腰痛が酷いという事だったので、腰痛に効果があるマッサージと、カイロの様に患部を温める方法を教えたのだ。

 カイロなんて無いから、なるべく丸くて平たい石を集め、それを焚火の中に入れて焼き、布で包んで腰に乗せるという方法だけど、それでも効果はあった様で一安心。


「効果があって良かったよ」


 蜂の巣からハチノコを引き抜いて串に刺し、シェルターの前にある焚火に翳して炙る。

 他のオーガは巣ごとバリバリと食べてるけど、流石に僕には真似は出来ないので、こうして地道に焼いて食べる。

 その時一緒に、卵とジャガイモも焚火の中に放り込んでおく。

 料理とも言えないかなり乱暴な方法だけど、コレはコレで結構美味しかったりするんだ。

 多分、地球の物と似ているだけで、味とか栄養は異世界の方が上なんだろうね。

 そうして焼き上がったハチノコを食べると、濃厚でクリーミーな味が口に広がる。

 ハチノコを食べ終えてもジャガイモとかは時間が掛かるので、その間に住居の周囲を整える事にした。


「ねぇ、前から思ってたんだけど、どうして家を作るのにそんな事するの?」


 アミアがそう聞いて来たのは、家の外壁部分の周囲に溝を掘っている時だった。

 この溝は、雨が降った時に雨水が外壁を伝って、そのまま地面に落ちると中に浸水してしまうのを防ぐ為、外壁を穴の中に埋める事で浸水を防ぐ為の溝だ。

 普通は、壁と地面が接地する所を盛り上げるんだけど、それだと時間が経つと流れてしまって、その度に再度土を盛り上げる必要があるから、地味に手間が掛かるんだ。

 そう説明すると、アミアは『なるほど~』と納得していた。


「言われてみれば、確か、酷い長雨が去年くらいにあったけど、その時、バリーさんの所は床が凄い事になったって言ってたっけ」


 バリーさんと言うのは、この集落の狩人の一人で、狩猟班の中でも大が付くくらいのベテランオーガ。

 一人で巨大な猪を仕留め、その頭骨が家の外壁に吊るしてあって、好奇心旺盛なオーガの子供達も近寄らないくらい怖がられている。


「それじゃ、その壁用の枝を変な風に纏めてるのも?」


 アミアの言う通り、僕が作ろうとしている家の壁は二重構造にして、外側の壁に使う枝は複数の枝の片方を縛って、それを鱗の様に重ねていく予定になっている。

 こうすると、雨が降っても中に入りにくくなるし、もし外側の壁が壊れても、その部分を外して交換すれば良いとメリットが多い。

 ただ、構造が複雑になる上に、作るのが面倒になるっていうデメリットもあるんだよね。

 でも、作るのが楽しいから苦にならない。


「オダって変な所に拘るよね、それじゃ手伝うから、残りの柱立てちゃいましょ」


「え、危ないし、一人で大丈夫だよ」


「良いから良いから、一人より二人の方が早く終わるでしょ!」


 アミアに押し切られる形で、手伝ってもらう事になってしまったけど、コレで怪我でもさせてしまったら、長老やまだ会った事は無いけど、親である長に顔向け出来ない。

 そう言えば、長っていつ帰ってくるの?


「んー、今回は長いよね。 でもそろそろ帰って来ると思うよ?」


 成程、アミアでもやっぱり長いって感覚なんだね。

 アミアが立てた柱と横木を縛って固定し、これで家の基本的な構造が完成。

 後は、この柱に引っ掛ける様に長い柱を立て掛けていく。

 そして、立て掛けた柱を蔦で繋いで、その蔦に内壁の枝を引っ掛けて一番下は溝に入れ、地面より高くするように土を埋め、その外側に更に蔦を巻いて、外壁用の束ねた枝を固定していく。

 日が少し傾いた頃、遂に……


「完成したね」


「ほら、やっぱり手伝った方が早かったでしょ?」


 出来上がった僕の竪穴式住居。

 ただ、それじゃ今すぐにこっちで生活しよう、とはならない。

 まずは、中に入って火を熾し、大量の煙で燻す必要があるんだ。

 住居の中央に円状に石を並べ、松葉の様な小さい枝を重ね、火を熾して少しずつ大きい枝を投入して火を大きくしていく。

 そして十分な火の大きさになったのを確認した後、水分を含んだ青葉が付いた枝を投入すると、不完全燃焼を起こして白い煙がどんどん立ち上っていく。

 束ねた枝で簡易の扉を作って入り口を塞ぐと、白い煙が壁から漏れて出て来る。

 これで一晩燻し続ければ、枝に害虫が付きにくくなる。


「でも私達はやってないけど、虫なんて付いてないよ?」


 アミア達の場合、家には必ず誰かしらがいて、煮炊きを毎日して目に見えない煙で燻されてるから付きにくいんだと思うよ。

 確か、地球の茅葺屋根とか、白〇郷の屋根とかも、日常生活で燻さないとあっという間に虫が湧いて大変な事になるってあったし。

 僕の場合、住むのが僕一人だけで、その内狩猟班にも参加する可能性があるから、なるべく最初の段階でしっかりと虫除けをしておかないといけないんだ。

 そう説明したら、アミアが急に何やらモジモジとし始めた。


「えっとその事なんだけど……オダが良ければ」


「見ろよ、ヨソモンがやっと家建てたみたいだぜ」


「ホントトロックセェよなぁ、あのくらい、俺なら一日で建てられるぜ?」


「言ってやるなよ。 あんな小さくて細いんじゃ、俺等と比べる方が可哀想だぜ」


 アミアが何か言おうとした時、それを遮ったのは数人の若いオーガ達だった。

 彼等は僕やアミアと同年代くらいで、此処の集落ではそれなりに強いオーガに分類されているんだけど、ぶっちゃけ、他所からやって来た僕の事を目の敵にしている。


「アミア、そんな奴に構ってないで、さっさと行こうぜ?」


「別に、私は私がやりたい事をやってるだけだし、デイカーには関係無いでしょ」


 そう言って、さり気なくアミアの肩に手を回そうとしたデイカーに対し、アミアの返答はかなり辛辣。

 しかも、デイカーが回そうとした手を叩き落としている。


「連れねぇなぁ、俺はお前の将来の旦那だぞ?」


「フン、デイカーはただってだけでしょ」


 アミアは現長の娘なのだ。

 つまり、次の長になれば、高確率で娘であるアミアと婚姻する事になれる。

 だが、デイカーは悪びれた様子も見せていない。


「もう候補じゃねぇよ、此処で俺より強いオーガはいねぇ、つまり、俺が次の長は間違いねぇんだ」


 そう自慢げに言ったデイカーの後ろで、一緒にいたオーガ達が頷いている。

 まぁ、僕にとっては誰が長になっても良いとは思うんだけど、長っていうのは力だけで選ばれるんじゃないと思うけど、それを説明しても、デイカーには理解出来ないと思っている。

 この集落、長老やアミアの様に知能が高いオーガもいれば、デイカーの様に力は強いけど、知能はそこまで高くないオーガもいる。

 多分、長老の一族に連なるオーガは、他のオーガに比べて知能が高くなる傾向があるんじゃないかと思っている。


「それに、次の『戦士の儀』で、俺が一番の獲物を仕留めてやるよ!」


 デイカーがそう言うと、一瞬僕の方を睨み付けてから、仲間を連れて去っていく。

 彼等は、僕が作業をしている時にアミアが混ざっていると、何故かやって来て、こうしてネチネチと何か言ってから、何故か睨み付けてから帰っていくんだ。

 正直、デイカー達は何がしたいのかよく分からないんだよね。

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