第342話




 小田家。

 古くは陰陽師がいた家系らしく、嘗てはみやこで暴れ回った鬼を調伏して使役し、人々を助けたと言われていた。

 現代ではその力は無用の長物となり、子孫にはそういう話があった程度にしか伝わっていない。

 ただ、理由は不明だが、小田家には極稀に虚弱体質の男児は産まれる事があり、その男児は総じて長く生きられず、30前後で亡くなってしまう。

 そして、産まれた僕は、正しくその虚弱体質だった。

 産まれてから小学生の頃までは、学校にも行けず、病院で呼吸器や点滴に繋がれ、殆ど歩く事も出来ず、ベッドの上で両親が雇った家庭教師に勉強を教えてもらっていた。

 中学生になるくらいになり、何とか日常生活が出来る程度までは動けるようになって、自宅に移動したが、それでも真面に学校に行く事は出来ず、勉強は引き続き家で家庭教師によって教えてもらっていた。

 しかし、現代ではネット環境の充実で、専門的なオンライン授業やネットによって外の情報等が調べられるので、一般常識とかは問題は無い。

 出掛ける事も殆ど出来ない僕にとって、趣味と呼べるものは読書やテレビ、ネットによって情報を得る事しかない。

 その中でも、特に気に入っていたのはサバイバルや開拓と言った、自分には出来ないであろう内容の物だった。

 これは、自由に動ける身体であれば、自然の中でキャンプをしたり、色々な所に行ったりしたかったという願望なのだろう。


 その日、図書館に行って借りていた本を返却し、目に付いた本を読んでいたが、予想以上に読み耽ってしまって帰るのが遅れてしまい、何とかバスに乗って帰宅をしていたら何か衝撃を受けて、急に周囲が薄暗くなっていた。

 急な事で混乱していたら、いきなり目の前に姉が現れて、事故によって変な空間に入ってしまった事と、地球に戻るか異世界に行くかを提案された。

 何で急に現れた姉がそんな事を言っているのかと思ったけど、姉の姿をした別人であって、姉本人じゃなかったらしい。

 そして、提案された事を考えたけど、地球に戻ったとしても何も変わらないし、何より、長生きは出来ない。

 姉のそっくりさんが言うには、僕の家系で産まれる虚弱体質の男は、先祖返りをしていて、地球ではどうやっても長生き出来ないと言っていた。

 どうして長生き出来ないのかの理由は、何か理由があって教えてはくれなかったけど、異世界に行けば長生き出来る、と教えてくれた。

 だから、僕は異世界に行く事にしたけど、その際、一つだけお願いをしてみた。

 『職業クラス』を選ぶ際、僕は最下級の物を選ぶから、僕の家系でこれから同じ様に虚弱体質の男が出ない様にして欲しいと頼んだ。

 姉のそっくりさんは少し悩んでいたが、此方の問題でもあるとして、その問題を必ず解消すると約束してくれた。

 僕一人がいなくなる代わりに、これで小田家からは、二度と僕みたいな虚弱体質と短命で苦しむ人はいなくなる。

 その代償は、僕が選べる『職業』は最低ランクの物になってしまったけど、その中に『製作者クラフター』という物があった。

 この『職業』は、色々な物を作る際に補正が掛かって、楽に作れるようになったり、品質を底上げしたり出来る。

 僕にとっては夢の様な『職業』だったので、殆ど迷わずに『製作者』を選んだ。




 そして、異世界に転移した僕は、平原と森の境目くらいに立っていた。

 薄いバリアの中で座り込み、サポーターという謎の声に色々と聞きながら、色々と考える。

 『製作者』は直接戦闘には向かず、何かを作る事に特化した『職業』であり、直接戦闘をしても殆ど戦えないというデメリットを抱えているけど、それは直接戦わなければ問題が無い。

 つまり、罠か何かを作ってしまえば良い。

 そして、バリアが消えてから、森に入って色々と枝や蔓、石を集めて色々と作っていく。

 初めて作るのに不思議と手が動き、どんどん必要なアイテムが出来上がる。

 スキルで石を削って薄く鋭くし、枝に通して蔓で固定し簡易斧。

 それで、もう少し太い枝を切り、同じ様に斧を作り、もう少し太い枝、それを使って斧を作りと繰り返す。

 僅か数時間で少しずつ大きく作っていった斧は、一抱え以上ある木を切り倒せる程になった。

 多少動いても息切れすらしない事から、楽しくなって続けていたが、大木を切り倒した所で、僕は自分がこれ程動ける事に気が付いた。

 しかも、自然と四肢に力が入り、アレだけ動いたのに呼吸も安定している。

 その事を不思議に思いながらも、僕は森の中に罠を仕掛けながら生活出来る場所を作っていった。

 森の中にあった巨大な木を中心にし、その木の幹の途中ににあったうろに梯子を作って足場を作って出入り出来るようにした。

 地球で得た知識も使って、1週間くらいで生活が安定する様になった頃、木の洞の中で寝ていた時に不意に身体が熱くなった。

 風邪を引いた様な状態では無く、まるで身体の奥から熱が湧き出してくるような感覚。

 半ば呻きながら、横になりながら原因を考える。

 パッチテストで手に入れた食料になりそうな物を少し食べて、毒や危険な物ではない事を確認したりしていたが、その中に多分、駄目だった物があったんだろう。

 致死量では無いとは思うが、もし毒だった場合、このままだと動けずに衰弱死してしまう。

 地面に降りる為には梯子を使わないといけないが、この状態では下ろす事すら難しい。

 失敗したなぁと思いながら、回復を祈って眠る。


 そして、目が覚めると身体の熱は引いただけでなく、逆に調子が良くなっていた。

 だが、そう言う事が数回続いた頃、気が付いた事がある。

 僕の身体が、最初に異世界に来た頃より大きくなっているだけじゃなく、何か額に違和感があった。

 額を触ってみると、額の左右に盛り上がりがあり、熱を感じて回復する度にその膨らみが大きくなっていった。

 そして、その膨らみの正体は直ぐに分かった。


 角。


 それが、僕の額の左右から現れた。

 最初は見間違いだと思ったが、触るとちゃんと感触がある。

 コレは一体……

 だが、気にしても答えが出る訳でも無いので、今日の成果を確認する為、仕掛けておいた罠を確認していく。

 結果、兎の様な動物が罠に掛かっていた。

 この罠は『スネアトラップ』という、掛かると獲物が宙吊りになるタイプの罠で、最初、普通の括り罠という引っ掛かるとロープに繋がれるタイプの罠を仕掛けたが、流石異世界の動物、あっさりと蔓が切られて逃げられてしまっていた。

 そこで、引っ掛かったら宙吊りにされるタイプの罠にしたら、簡単に捕まえる事が出来る様になった。

 ただ、あまりに重い獲物だと宙吊りに出来ないという問題はあるが、一人分ならこの兎くらいで丁度良い。

 吊られている兎の前で手を合わせ、その頭と胴を掴んで……



 絞めた後、罠から外して別の場所で内臓を取り出し、大部分は土の中に埋める。

 この時、心臓や肝臓は大事な栄養になるので別に保管しておく。

 木に戻ってから毛皮を剥ぎ、肉は枝に刺して軽く焼く。

 調味料なんて無いが、木の実の中で塩味が強い物があったり、胡椒の様な実があったからそれを使って味付けをして食べる。

 毛皮は鞣すんだけど、ミョウバンとかタンニンなんてものは無いから、昔のやり方でやる。

 内側に残っている肉や膜を削り落し、蔓で端の部分を縛って広げて川に浸して置く。

 本当は塩漬けしたりする必要があるけど、無いから仕方無い。



 そうして一月ほど経過した頃、僕は遂にとある一団と遭遇した。


「お前、ここら辺じゃ見た事無い奴だが誰だ? 一体何処から来た?」


 僕と同じ様に額から角を生やし、全身が筋肉で覆われた巨大な男達が、罠から獲物を外していた僕を見下ろしていた。

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