第340話




 異世界転移の原因はいくつかあるが、人為的に行う物以外では『次元衝突』による物がある。

 大昔は世界の数は今よりも多かった筈じゃし、当然、次元衝突もそれなりに起きておったじゃろう。

次元衝突の際、運が悪ければ元の世界から別の世界へ弾き飛ばされてしまう事になるが、当然、それは地球人だけが別の異世界へと転移している訳では無い。

 少し考えれば、地球から異世界に行くなんて事は変な話で、その逆だって当たり前だが有り得る話だ。

 そうして、地球へと偶然、転移してしまった魔獣や魔物達。

 それが世界各地に伝承として残っている『モンスター』の正体ではないか? 

 そして、転移した彼等が現代まで残っていない理由も、彼等には必須となる『マナ』が、地球には存在しない。

 そんな状況では、彼等は生存出来ず、あっという間に弱体化していって滅んでしまったのじゃろう。

 さて、そんな地球へとやって来た『オーガ』じゃが、彼等は元々がかなりの生命力を持っておった事で、僅かに生存を続け、やがてその一部が人と交わった事で、一部の一族に『オーガ』の因子が残った。

 それこそが、日本では『鬼』と呼ばれ、その『鬼』を使役していたという陰陽師の末裔である小田殿の家系。

 実は、小田殿の家系には、稀に凄まじいまでの虚弱体質の男児が産まれる事があり、その虚弱体質の男児は全員が30になる前に亡くなる事が多く、一番長生きしたのでも32歳と記録されておったらしい。

 特徴としては、小さい頃から歩くだけでも息切れを起こし、どんなに鍛えても筋肉が付かず、一日の大半を寝たきり状態で過ごしておるが、検査の結果では何処にも異常が確認されぬ。

 現代は多少はマシになっておるとはいえ、そんな状態では真面に日常生活を送る事も出来ず、昔は家に閉じ込めておくしか出来なかったと書かれていたらしい。

 小田殿も物心付いた頃には既に病院生活を送っており、数ヶ月に一度、病院から自宅に帰って過ごす程度の事しか出来ず、そんな生活では友人も出来ぬ生活を送っていた。

 あの日、バスの事故で地球から異世界に来た直後、身体の不調が嘘のように消え、それを不思議に思って過ごしていた所、額の皮膚を突き破って現れた角を見て、自分自身が純粋な人では無い事に気が付いたのだという。

 そして、小田殿はこの異世界のオーガと出会い、生活を続けた事でとある仮説を立てた。

 小田一族に偶に現れる虚弱体質の男児と言うのは、オーガの成長に必要なマナが不足し、それによって成長が出来ず、その結果、所謂マナ不足で死んでいたのではないか?と言う仮説。

 実際、異世界に来てからの小田殿は、まるで今までの成長速度が嘘の様に一気に成長を始め、地球では身長が150程度しかなかったのに、僅か数ヶ月で2メートルを超え、細身だった身体も現在の様な筋肉質の身体になっていた。




「成程、確かにそう考えれば納得がいく仮説じゃ」


 小田殿の仮説を聞いて、ワシも頭の中で整理したのじゃ。

 魔獣や魔物にとって、マナと言うのは呼吸に必要な空気の様なモノと考えてみれば分かり易いのう。

 いくら頑強とはいえ、いつまでも呼吸が出来ぬ状態を続ける事は出来ぬし、いずれかは限界が来てしまう。

 人で言うなら、海の中に潜ってずっと貝を食べ続ける様なモノじゃ。

 そんなマナ欠乏状態の小田殿が、マナの豊富な異世界へとやってくれば、乾いたスポンジが水を一気に吸い込む様にマナを取り込み、これまで止まっておった成長が一気に再開されるじゃろう。


「しかし、その仮説を思い付くには、相当な学が必要じゃと思うんじゃが、凄い知識じゃな」


「殆どベッドの上でしたから、出来たのは読書とかテレビを見るしか無かったんですよ」


 それらの中でも、実際に出来ないキャンプやサバイバル系の番組や本がお気に入りじゃったらしい。

 そのお陰で、異世界に来てから暫くは森の中で過ごし、オーガの因子によって急成長してオーガの特徴が現れた頃、偶然、オーガの一団と遭遇、はぐれオーガと間違われ、彼等の集落へと案内されて、以降はそこで生活していたという。


「それと、小田さん達は凄い物を持って来てくれたんですよ」


 美樹殿がそう言うと、部屋にあった戸棚を開けて、何かを持ってきたのじゃ。

 ソレを机に置いたのじゃが、何と言うか半分になった縞々模様のボウル。

 大きさ的には、ソフトボールより若干大きいんじゃが、何じゃコレ?

 試しに持ってみたんじゃがかなり軽い。

 ふむ?


「コレだけじゃ分かりませんよね。 実はこれ卵なんです」


 ほほー、随分と大きい卵じゃな。

 ここ等辺で見た事の無い卵じゃし、他の地域での固有種なのかもしれん。

 そう思っておったら、美樹殿が首を横に振っておる。


「卵だけじゃないんです。 実は小田さん達はその卵を産む鳥を持って来てくれたんですよ」


「いやぁ、最初、遠藤さんに聞いてビックリしましたね。 僕のいたオーガの集落だと、一家族に数羽のつがいが普通でしたし」


 笑いながら小田殿がそう言っておるが、それが本当ならかなり有力な情報じゃ。

 まぁ小田殿がおった集落がそう言う特徴があっただけかもしれんが、どうにもそうではないようじゃ。

 なんでも、オーガも一応は他種族との交流はあるらしく、その際、基本は物々交換であり、小田殿がおった集落では小物や武具を作って、別の集落からその鳥を交換しておったらしい。

 その鳥じゃが、現在は妖精の森にて放し飼いになっており、それもあって冒険者達の立ち入りは禁止になっておる。

 聞けば、普段は大人しいのじゃが、繁殖期になって雌が抱卵しておる間、雄がかなり狂暴になり、人族程度であれば大怪我は確実で、下手すれば蹴り殺されるらしいのじゃ。

 それを聞いて、最初に浮かんだのがヒクイドリかダチョウじゃったが、なんと、雌が『ウズラ』で雄が『キジ』っぽい見た目らしい。

 ただし、人族の子供位のサイズと意外とビッグじゃ。

 何という種なのか聞いてみたのじゃが、『集落ではデカ鳥と呼んでまして、実はなんていう種族なのかまでは知らないんですよ』と言っておった。

 一応、その見た目から雄を『キジ種』、雌を『ウズラ種』と美樹殿達は呼んでおる。

 因みに、オーガの子供が背に乗って遊んでおると思われがちじゃが、走鳥類と呼ばれるダチョウの様な鳥以外の足と言うのは脆く、少し荷重を掛けるだけで折れてしまうのじゃ。

 サイズが大きくなっているとはいえ、そこ等辺は変わらぬらしく、集落では無理矢理背に乗って足を折ってしまい、親のオーガにぶん殴られている子供がいたらしかったのじゃ。


「それで、この鳥の生態調査も並行してやってて、それで気が付いた事があってですね、ミアン様にも相談したんですけど……」


 美樹殿が小田殿達を妖精の森に匿う為に案内し、持って来ていた鳥も森に放ってしばらくした後、妖精がこの縞々卵をいくつも持って来たらしい。

 卵について小田殿から話を聞いたら、この鳥は繁殖期で有精卵を数個産んで抱卵しておる以外では、毎日に3個程度の無精卵を産み、その無精卵は基本放置してしまうというダチョウに似た生態をしておる。

 ダチョウも巣から出てしまった卵は放置するからのう。

 そして、それに目を付けた美樹殿が、妖精の森で鳥を増やして卵を安定供給出来ないかと、ミアン殿と小田殿に相談して色々と計画していると教えてくれたのじゃ。

 確かに、卵が安定供給される様になれば、かなり嬉しい事にはなるんじゃが……

 コレ、料理のバリエーションが増えて、それで料理熊ベヤヤが狂喜乱舞するんじゃなかろうか。

 しかし、そう考えると小田殿達が『シャナル』に来てくれたのは僥倖じゃったな。

 そう思っていたんじゃが、どうやら此処に来たのは完全な偶然らしい。


「何かしらの噂話を聞いて、此処を目指していたのではないのか?」


「実は……」


 そう言って、小田殿がこれまでの経緯を話し始めたのじゃ。

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