第339話




 施設の中を進んでおると、色々な人とすれ違うのじゃが、その中にはドワーフやエルフもおる。

 ただ、一律して共通しておる事があって、その全員が肩の所に青い蝶の様なブローチを付けておる。

 どうやら、此処に勤めておる職員の身分証の様な物らしいのじゃが、何故に蝶の形をしておるんじゃろ?

 そんな事を思っておると、『研究室』と書かれたプレートが付けてある部屋に到着。


「失礼するよ」


 ミアン殿がそう言いながら扉を開くと、中ではかなりの人数がそれぞれ作業をしており、その中央には白衣を着た美樹殿が片手にフラスコ、反対の手には本を持った状態で何か作業をしておった。

 どうやら、何かの調合作業をしておるようじゃな。


「あ、ミアン様、少し待ってください」


 美樹殿がそう言った瞬間、フラスコの中の液体がボンッと音を立てて煙を上げた。

 失敗かと思ったが、フラスコの中にあった液体はキラキラと青く輝く物に変化しておる。


「それじゃ、コレを試してみてください」


「分かりました。 植物棟の方に送っておきます」


 フラスコを隣にいたエルフの女性に渡し、そのエルフ殿がミアン殿に一礼してから部屋を出ていった。

 そして、美樹殿が本を閉じて机の上に置くと、此方の方に歩いて来たのじゃ。


「本日はどのようなご用件って、魔女様!?」


 どうやら、ワシがいる事に今頃気が付いた様じゃ。

 ワシがミアン殿の後ろにおったから、正面からだと見えんかったんじゃろうな。

 ミアン殿、女性にしては背も高いし、外套も身に着けておるから、ワシの背格好じゃと後ろにいたら完全に隠れてしまう。


「お帰りなさいませ」


「うむ、美樹殿も息災の様じゃな……と言いたいが、目でも悪くしたのかのう?」


 美樹殿は白衣だけでは無く眼鏡も掛けておったが、そう聞いたら苦笑しながら『コレ、伊達眼鏡ですよ』と教えてくれたのじゃ。

 本当は実験で使う保護ゴーグルを作ろうとしたのじゃが、ゴムが無いので伊達眼鏡を作って代用しておるらしい。


「成程のう」


「でも、が『もしかしたら作れるかも』って言ってるので、調べてもらってるんです」


「彼とな?」


 ワシが首を傾げると、『直接会って話した方が早いですね』と言って、美樹殿が先導して別の部屋へと移動する事に。

 此処で、ミアン殿は仕事に戻るとの事なので屋敷へと帰ったのじゃ。

 まぁ、書類の片付けをドミニク殿一人に任せておく訳にもいかんじゃろうし、仕方無いじゃろう。


「しかし、かなり大きい施設を作ったのう」


「本当はこの半分くらいの大きさだったんですよ。 でも、色々と追加された結果、こんな大きさに……」


 美樹殿曰く、最初は実験や研究をする為の場所として建設したのじゃが、追加で色々な施設が増えた結果、此処までの大きさになってしもうたらしい。

 しかも、今では職員の数名が寝泊り出来る様になっておるだけでなく、美樹殿の住居も兼ねておる状態。

 これは美樹殿が希望した訳では無く、美樹殿の身を守る為でもあり、護衛の観点から見ても理にかなっておる。

 特に『聖女』と呼ばれるようになってから、住居から此処に来るまでの間に、教会の連中が接触して来ようとしておった事もあったらしく、無理矢理連れていかれる危険性があるとして、直ぐに住居も兼ねた施設に改造されたとの事。

 今では、外に出る際は必ずエルフやドワーフが直接護衛に付き、それ以外では意外な事に、ムッさんの部下達が護衛をしておると言う。

 しかも、護衛には強化外骨格から派生して出来た『エグゾスーツ』を着用して、万全な構えを取っておるらしい。

 一応、彼等は正式にムッさんの部下となり、新しく設立する『重魔機部隊』として運用する手筈になっておる。


「と言う訳で、この部屋です」


 美樹殿に案内されたのは、『実験室』と書かれた部屋じゃが、その扉がかなりゴツい。

 これまでの扉は木製じゃったが、此処の扉は完全に鋼鉄製で見ただけで頑丈と分かる物じゃ。

 その扉を美樹殿が押して開けるのじゃが、ギギギとかなり重そうな音を立ててゆっくりと開いていく。


「やっぱり、開けるのが大変ですね……、油圧シリンダーとか作った方が良いかな?」


「パッキンが無いから今の所は無理だよ。 ゴムもまだ作れていないしね」


 ボヤいたのを聞いたのか、部屋の中から男の声が聞こえたのじゃ。

 その声のした方向を見れば、奥にある机で誰かが座って作業をしておるのが見えるのじゃが、そのシルエットはかなり大きい上に、此方に背を向けておるから、はっきりとは見えん。


「やっぱり無理ですよねぇ……あ、小田さん、此方の方が前に話していた魔女様になります」


 その言葉で、そのシルエットの人物が振り返ってワシの方を見た。

 小田と呼ばれた男はかなりの筋肉質な体付きで、若干赤みを帯びた瞳に頭髪は黒、此処までならただの大きい男じゃなーで終わるんじゃが、この男は見過ごせぬ所があった。

 その額には、二本の角が生えておったのじゃ。

 と言っても、右の角は根元の辺りから折れておるんじゃが、それでも角があるという事は、この男は……


「ふむ、見た所『食人鬼オーガ』じゃのう?」


「純血じゃありませんけどね。 小田と言います。 貴女のお話は遠藤さんから色々と伺ってます」


 そう言って、小田殿が頭を下げて来たのじゃ。

 ふーむ、オーガと言うのは此処まで冷静で礼儀正しい……ではなく、同郷と言う事は、小田殿は地球人の日本人じゃろうが、転移の際に選べたのは『職業クラス』だけで、種族までは変えられんかったハズ。

 どうしてオーガが地球におったんじゃ?


「彼が此処に来たのは、魔女様が王都に向かった後、一月くらい後かな? そのくらいで、『助けて欲しい』って彼等が森の中から現れて、冒険者達が困ってた時に私に話が来たので対応したら、地球の方と分かったんです」


「正直、こんな見た目ですから、討伐されるかもしれないとは思ったんですが、自分でもどうにもならない事がありまして、覚悟を決めて来たら、同郷の方遠藤さんがいて助かりました」


 成程のう。

 しかし、美樹殿の説明で少し気になった事があるんじゃが……


「彼とな?」


「はい、実は僕以外に、大人一人、子供が6人いまして、その子供が二人、病気になってしまったんです」


 小田殿が言うには、地球の知識で解熱作用のある植物の根を探し、煎じてそれを飲ませたり、何とか狩った動物の肉を煮込んで食べやすくし、栄養を摂らせたりして対処しようとしたのじゃが、効果が薄くこのままでは死んでしまうと判断し、同行していたもう一人の反対を押し切って、人と接触する事にしたのじゃと言う。

 その病気になった子供は、その場にいた兵士の一人が偶然治療法を知っており、直ぐに治療を受けて、今では回復して『妖精の森』で隠れておるらしい。


「ふむ、状況は理解したのじゃが……ワシの記憶違いでなければ、あっちにはオーガの様な生物はおらんのじゃなかったかのう?」


 ワシの言葉に美樹殿が頷いておる。

 オーガを含む魔物という存在は、地球には想像物の中でしか存在せぬ。

 じゃが、ワシの目の前におる小田殿はどう見ても、オーガで間違いないし、額から生えておる角以外にも、身長は座っておるから正確ではないが、確実に2メートルを超えておる。

 地球人でも身長が2メートルを超えておる者は多少はおるが、少なくとも日本人で2メートルを超えておる者は数える程しかおらん。


「それについてなんですが、僕なりの仮説があります」


 そうして悩んでおったら、小田殿がこの疑問についての仮説を説明してくれたのじゃ。

 その仮説は、小田殿自身の経験も含んだ物で、考えてみれば確かに納得のいく仮説だったのじゃ。



 小田殿が立てた仮説と言うのは、『』と言うモノじゃった。

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