第338話




 一晩、馬車をヴァーツ殿の屋敷の庭に泊まらせてもらい、名残惜しいが領都ルーデンスを出発して『シャナル』へと向かう。

 バートは暫くはヴァーツ殿の所に残り、家族団欒を楽しんでもらった後、『シャナル』に来る予定となっておる。

 ベヤヤも一晩、弟子と話し込んだだけではなく、一緒に簡単な料理を作っておったようで、見送りの際、向こうの料理長の目の下には隈が出来ておった。

 そうして、出発して『シャナル』に近付いていくと、ちらほらと駆け出しと思われる冒険者の姿を見かけ始めたのじゃ。

 身に着けておる防具や持っておる武器は、使い込まれている訳では無いが、かなり手入れが行き届いておるのを見る限り、アレ等は冒険者ギルドで貸し出しておる武具じゃな。

 『シャナル』の冒険者ギルドでは、駆け出し冒険者に限り、基本的な武具を貸し出すサービスをしておる。

 その武具を作っておるのが、これまた駆け出しのドワーフ達であり、ドワーフ故に品質は問題は無いのじゃが、ドワーフ製として店売りするには問題がある様な武具を、格安で冒険者ギルドが買い取って駆け出し冒険者が使っておる訳じゃ。

 当然、使っておるのが駆け出しじゃから、変に力を入れたりして折れたりする訳じゃが、そうなった武具は再びドワーフの所に持ち込まれて、再度武具の材料となって再び駆け出しの練習材料になって、冒険者ギルドが買い取っての繰り返しになるのじゃ。

 当然、駆け出しドワーフが作っておるから品質が怪しい事は、貸し出す際に説明しておるし、それを悪用されたりせぬ様に、剣の柄の部分に『冒険者ギルド・シャナル支部貸出品』と彫り込まれておる。

 そんな駆け出し冒険者達の近くには、ベテランと思われる冒険者達もおって、駆け出しの動きに注意をしておるのも見える。

 どうやら、あの冒険者達は護衛兼指導担当の様じゃな。


 当り前じゃが、街道を進むベヤヤの姿を見て、その駆け出し冒険者達が恐慌状態になって、その護衛の冒険者達が慌ててワシ等の所にやって来て、ワシの姿を見て駆け出し冒険者達に説明する、というのを何度もやっておったら、その内の一チームが、何度も説明するのは手間だろうと、討伐訓練を切り上げて同行してくれたのじゃ。

 そうして、ようやく『シャナル』に到着したのじゃ。




 同行してくれた冒険者には礼を言い、まずは町長のミアン殿の所にワシとムッさんが向かい、ベヤヤはワシ等の自宅に向かってもらう事になったのじゃ。

 と言うか、持ち戻った植物やら野菜やらを畑に移植する前に、畑の手直しをしたいらしい。

 まぁかなり放置してしまったからのう、手直しをするのは必須じゃろうし、ベヤヤはミアン殿と話す事はないから、問題はないじゃろう。

 そう考えて、ベヤヤは自宅へと向かった訳じゃ。


「魔女様、お待ちしていました」


 執務室で、若干疲れた表情を浮かべておるミアン殿が出迎えてくれたのじゃが、こっちもあっちヴァーツ殿の所と変わらず、書類の山になっておるのう。

 あっちと違うのは、この場にはドミニク殿もおって、一緒に書類を片付けておるから、少しは山が小さい所じゃろう。


「……のんびり出来ると思ったのに、まさかこんな扱き使われるとはな……」


 出迎えてくれたミアン殿より、ドミニク殿の方がゲッソリしておる様子を見るに、そうとう書類仕事で扱き使われておるようじゃなぁ……


この町シャナルは『賢者』を遊ばせるほど、余裕はありませんからね。 仕事は溜まる一方ですし」


 ミアン殿が言う通り、こうしてる間も続々と書類が持ち込まれておる。

 そして、ワシが離れておる間に一体何があったのか、特に美樹殿の『聖女』問題とか、同郷の者が現れたとか、色々と聞く事にしたのじゃ。


「それなら、直接会って話した方が良いでしょう」


「ちょ、おいおいおいおい! この量、俺一人にやらせようってのか!?」


 そんな事を言って、ミアン殿が椅子から立ち上がると、ドミニク殿が慌てた様に立ち上がっておる。

 確かに、あの量を一人で片付けるというのは、いくら『賢者』でも辛いんじゃなかろうか?

 そう思ってミアン殿を見たんじゃが、その視線は若干冷やかじゃった。


「ドミニク、貴方には飲み屋のツケ、家賃の滞納、更に研究費の上乗せ、と色々としていますからね。 まだまだ働いてもらわなければなりません。 とはいえ、この量を全てと言うのは流石に多いですから、魔女様を案内したら戻ります」


「書類仕事で死にたかねぇから、早目に頼むぜ……」


 ドミニク殿が諦めた様に手を振っておるが、飲み屋のツケとか家賃の滞納って……

 それなりに稼いでおるだろうに、どうしてそんな事になっておるんじゃ?


「金を払って飲むのも良いけどな、偶にはツケにして思う存分飲むってのも、気分的に良いモンなんだよ」


「偶に、ですか。 それにしては3回に一回と言うのは回数が多いわね」


 そんな事をドミニク殿が言うが、すかさずミアン殿が暴露しておる。

 あ、バラされたドミニク殿が視線を逸らしておるぞ。

 格好良く言ったつもりじゃろうが、ただ単に払うのが面倒だったってだけじゃろ?


「と、兎に角、早く帰って来てくれ……」




 項垂れておるドミニク殿を執務室に残し、ワシとミアン殿は外で待たせておったムッさんを連れて、『シャナル』の町中を歩いて移動。

 普通、馬車で移動すると思うじゃろうが、歩いて移動しておるのはワシの希望じゃ。

 馬車で移動すると外の様子は分かるんじゃが、そこに住んでおる住民の生活感は分からんから、こうして歩いておる。

 まぁコレは此処シャナルの治安が良い事も、馬車を使わんでも良いという理由の一つでもあるのじゃ。

 他の所では、こうして貴族が歩いておったら、確実にトラブルに巻き込まれたり、子供であれば誘拐の危険性があるが、実は『シャナル』では警邏隊に妖精が協力しておるので、悪人共が何か企んでもあっさりとバレて取っ捕まっておる。

 妖精と言うのは長い間、人から隠れて暮らしておった事で『隠蔽』能力が高く、その小ささもあってまず見付からぬ。

 じゃから、隠れてコソコソと企んでおる様な連中がおっても、こっそりと侵入したりして企みを聞いた妖精によって警邏隊に知らせが行き、あっという間に捕縛されてしまうのじゃ。

 ただし、妖精が協力してくれるとは言え、無給で手伝ってくれておる訳も無く、協力する代わりに彼等が欲しい菓子やら食事を提供する事になっておるらしい。

 ただ、その大半はベヤヤが作っていた物が多く、美樹殿がレシピを作って警邏隊の食堂で専用のメンバーが作っておるという。

 そう言えば、露店に並んでおる野菜とか、最初の頃に見た事の無い物が増えておる気がする。

 ミアン殿曰く、増えておる野菜は昔から田舎とかで細々と栽培されたりしておったが、これまでは調理方法が少なく、その田舎から広まってはおらんかったが、ベヤヤがそう言った珍しい野菜等から新しい料理を作っておる事を聞き付け、こうして態々遠くから運んで来て売っておったのじゃが、生憎とベヤヤはワシと一緒に王都に移動しておったから、当てが外れてしまって残念がっておったのじゃが、そこで美樹殿が何とか調理方法を考え、それによって消費量が増えたという。

 と言っても、あくまでも美樹殿は技術者じゃから、そこまで専門的な調理方法が出来る訳では無く、お手軽簡単な物が大半じゃが、それでも十分じゃったらしい。




「で、此処が美樹殿が勤めておるという……いや、デカくね?」


 ミアン殿に案内されたのは、町の中央より若干外側にあった、横に広い大型の商店街のような巨大な建物。

 思わず呟いてしまったが、ワシが思っておったのは、一軒家よりも若干大きい家兼工場という物で、ここまで大きいとは完全に予想外じゃ。

 ミアン殿が入り口におった兵に話をすると、頷いて敬礼をした兵が門を開錠して開けてくれたのじゃ。


「この時間ですと、ミキ様達は研究室の方におられる筈です」


 兵のおっちゃんに聞くと、美樹殿がいるであろう場所を教えてくれたのじゃ。

 さて、美樹殿に会ったら色々と詳しい話を聞かねばならんのう。

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