第336話




 何故に美樹殿が『聖女』と呼ばれるようになったのかと思えば、『シャナル』にて重傷者や負傷兵、病人等を受け入れて『シャナル』で治療や処置をしており、それを主導しておるのが美樹殿と言う事で、誰かが『まるで聖女の様だ』と言い始め、それが伝言ゲームとなって、どんどん話が広がった結果、『シャナルに聖女がいる』と変化してしまったのじゃろう。

 更に、四肢を失った者には、ワシが開発した強化外骨格を利用した簡易の義肢を使用したりしておるので、戦闘は無理じゃが生活する事は出来るようになっておるらしい。


「しかし、『聖女』と呼ばれるておるんじゃ、教会が黙っておらんのではないか?」


「はい、噂話を聞いて、何度か接触を試みようとしたようですが、どうにも接触すら出来ていない様です」


 どういう事じゃ?

 いくらあの教会でも、普通、接触する前に約束しようとするじゃろうが、それすら出来ないというのじゃろうか?


「話を聞くに、どうにもミキ殿を守る様に周囲が動いている様で……」


 それで接触すら出来ぬと。

 『シャナル』の面々、中々上手く動いているようじゃな。

 じゃが、問題はそれでも接触しようとしておると思うんじゃが、それでも失敗しておるのはどうやっておるんじゃろ。

 まぁ気になる事は多いが、これは『シャナル』に行けば分かる事か。


「それと少し気になる報告もありまして、その報告によればミキ殿の同郷の者が現れたと」


「なぬ?」


 美樹殿の同郷と言う事は、あっち地球からの転移者が来ておるのか?

 これまで、ワシ等が出会った事がある転移者は、ワシ以外じゃと美樹殿以外に水月殿と進藤殿に勇者馬鹿、兄上が出会った事がある鈴木という者、それと帝国ヴェルシュにおるという大賢者だけじゃ。

 あのバスは満員では無かったが、それなりに乗っておった人数から考えれば、そこまで転移者が大勢おる言う訳では無かろうが、それでもこの人数は少ない。

 地球ではこういった異世界転移物の話が多く、その知識を知っておれば此処でも活かす事が出来て、比較的早く実力を発揮する事が出来るのじゃが、これまで話すら聞かぬとはどういう事じゃろう?


「それで、魔女様はこの後すぐに『シャナル』に戻るので?」


「その予定なんじゃが、うちのベヤヤが弟子に会っておるし、ちょっと買い物もしたいから、出発は明日になるかのう」


 ベヤヤの弟子此処の料理長はあまり会えぬから、手紙でのやり取りが大半で、こうして会えた時は長く話し込んでおる。

 今回も軽く一晩くらいは話すかもしれんし、別に急いで戻るという訳でも無いので、自由にさせようとは思っておるのじゃ。

 それに、バートの事もあるしのう。

 シュトゥーリア家はあまり良い家族では無かった様じゃが、こっちルーデンス家ではそういう事は無いじゃろう。

 バートにとっては初めての妹じゃし、此処でちゃんと顔を合わせておくのも大事な事じゃ。

 何よりも、この屋敷にはバートの本当の母親もおるしのう。


「それでは屋敷に泊ってくだされ。 そうすれば今から宿を手配する必要もないでしょう」


「それは大丈夫じゃ。 実は特製馬車の耐久試験も同時にやっておるんじゃよ」


「あぁ、新しい部隊を設立する際に使用するという馬車ですな? この報告書だと、相当に優秀な様ですが……」


 ムッさんをリーダーとして設立する新しい部隊じゃが、ルーデンス領で活動する以上、ヴァーツ殿にも報告しなければならぬ。

 じゃから今回、報告書という形で報告し、活動する許可が欲しいんじゃよ。

 盗難対策もバッチリじゃ。


「……その盗難対策と言うのは、危険は無いのですか?」


 『強化外骨格』の盗難対策は、周囲を巻き込んで大爆発する様になっておったが、今回の盗難対策はそこまで物騒では無いのじゃ。

 簡単に言えば、この馬車を引く為に接続した馬型ゴーレムが馬車から外れ、一定距離離れると、馬車が内部から一気に腐食して崩壊する様になっておる。

 この際に馬車の内部に入っておったら、一緒に腐食して大変な事になるじゃろうが、この『腐食』は人体には影響がない様に設定してあるのじゃ。

 まぁ、影響は無いのじゃが、武具とか服はモロに影響を受ける事になるので、終わったら何も身に着けておらん状態になるじゃろう。

 後は、腐食ガスの影響範囲じゃが、コレは実際に試さぬと分からんのじゃが、実はまだテストしておらん。

 と言うより、テストする暇が無かったのじゃ。

 流石に、出来上がって直ぐに試す気にはならなかったのじゃ。

 そう説明したら、ムッさんが『んなあぶねーのを付けんじゃねぇよ!?』と文句を言っておるが、機密を守る為には仕方無かろう。

 それに、この馬車は兵器転用も簡単じゃし。




 師匠から家族に顔を見せた方が良いと言われたが、正直、俺は家族と言われても実感が無い。

 ルーデンス卿の養子になってはいるし、母親も助け出してもらった上に、貴族らしい振る舞いが出来るように新しい教師を付けてくれた事には感謝しているが、俺は元々、シュトゥーリア家にいた頃から、兄貴や父親とは碌な会話をした事も無く、妾である母親と隠れて会って会話をする程度しか思い出は無い。

 家族だと言われても、どう接すれば良いんだ?

 そうして悩んでいたら、部屋に到着してしまった。


「奥方様は此方におられます」


 執事であるライナスがそう言って、扉の脇へと退いた。

 もう覚悟を決めて入るしかない。

 軽く扉を叩くと、中から『どうぞ』と懐かしい声が聞こえて来た。


「失礼します」


 ガチャリと扉を開けると、そこには大きなベッドに横になっている女性と、そのベッドの近くにある椅子に腰掛けているメイドがいた。

 部屋の中に入って静かに扉を閉めると、ベッドの脇には赤子が寝ているであろう小さなベビーベッドがあった。


「こんな形で出迎えるなんて御免なさい、貴方があの人が話していたバートね?」


 ベッドで寝ている女性がそう言って微笑むが、顔色が若干悪い様に見える。

 それを見て、メイドの方に視線を向ければ、此方も同じように微笑んでいるし。


「子供を産むのは大変ですからね。 男性には分からない苦労ですし、それでこの子が何か言うなら、容赦無く叱ってください」


「……母さん、そんな事言ったら拙いだろ」


 メイドの言葉遣いに思わず『母さん』と言ってしまったが、そう言われたメイドは相変わらず微笑んだままだ。


「私達の事情は奥様にも話してあるから、心配しなくても大丈夫ですよ。 それに私は経産婦ですから、旦那様に奥様の専属として補助を命じられています」


「いや、それにしたって……」


「それよりもバート、此処へは話をしに来ただけでは無いのでしょう?」


 奥様にそう言われ、此処へ来た事情を話すと、奥様が隣のベビーベッドを指差した。

 ゆっくりと近付いて覗き込むと、そこには赤ん坊がすやすやと眠っている。


「可愛いでしょう? 貴方にもこんな時期があったのよ?」


 当たり前だが俺にはそんな記憶は無い。

 思わず触れそうになるが、俺が触れたら傷付けてしまいそうだ。

 そうしていたら、その様子を見ていた二人がクスクスと笑っていた。


「撫でる程度なら、その子レティシアは起きませんよ。 あの人も最初、触ろうとしてビクビクしていたわね」


「赤ん坊と言うのは意外とヤンチャですしね、この子も大変でしたよ」


「あら、その話、面白そうね」


「母さん、頼むから何か変な事は……」


 俺の赤ん坊の頃の話なんて、誰が聞いても得なんてしないだろ?

 だが、母さんと奥様はそんな俺を気にもしない様で、俺の赤ん坊の頃の話をし始めてしまった。

 溜息を吐いて、俺は寝ているレティシアの頭を軽く撫でた。

 そう言えば、レイヴンもこんな気持ちだったんだろうか?

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