第335話
ベヤヤが引く馬車が、一際豪華な門を潜る。
そう、遂にワシ等は『シャナル』に帰還する一歩手前、領都『ルーデンス』に到着したのじゃ!
そして、この一際豪華な門は貴族が通る専用の門で、一般人用の門とは違って、貴族だけが利用を許された特別な門なのじゃが、ワシ等はほぼフリーパスになっておった。
と言うのも、どうやらヴァーツ殿が『白いエンペラーベアを連れている者は貴族門に案内せよ』と通達しておったらしく、一般人用の門に並んでおったら、兵士が駆けて来て貴族用の門に案内されたのじゃ。
これはヴァーツ殿にお礼を言わねばならんのう。
「コレは魔女様、お久し振りでございます」
ヴァーツ殿の屋敷にやって来て、出迎えてくれたのは執事殿。
相変わらずピシッと決めた服装で、ザ・執事、と言う風体をしておる。
そして、今回の来訪理由を告げたのじゃが、主な理由は貴族門の事もあるが、戻る道中で立ち寄った村や街での事を伝えておくのと、『シャナル』の現状を聞こうと思ったからじゃ。
特に『モナーク』の事は早急に伝え、手を付けねば大変な事になる。
そうしてヴァーツ殿のおる部屋に案内されたのじゃが、そこには大量の書類が山の様に積み上がっておった机を前に、ヴァーツ殿が奮戦しておった。
しかも、そんな山が一つでは無く、他の机にも積み上がっておる。
「おぉ、魔女様!」
ヴァーツ殿がワシ等の姿を見て嬉しそうにしておるが、コレはワシ等が来たから、嫌な書類仕事から解放されると思っておるんじゃろう。
しかし、ワシ等の話を聞けば、更に仕事が詰み上がると思うんじゃが、コレはちょっとアレかのう。
そして、門での事に対する礼を言った後、『モナーク』での事をバートから伝えられると、案の定、ヴァーツ殿は深い溜息を吐いておる。
「誤解の無い様に言っておきますが、実は『モナーク』は何度も改善をしようと試みておるのです。 それこそ、『モナーク』を治める者達の総入れ替えを行ったり、外部から商人を誘致したりしたのですが……」
「どれも失敗しておる、と?」
ワシがそう言うとヴァーツ殿が頷く。
「確かに、入れ替えたりして少しの間は正常化するのです。 しかし、どういう訳か数ヶ月もすると、依然と同じ様に教会のほぼ言いなりになってしまうのです」
「ふむ、妙な話じゃのう」
「教会に『洗脳』をされている可能性も考え、入れ替えた者達を調べたのですが、そのような様子も無く……何より、これ以上入れ替えを行うのも、領の信用に関わります」
それは確かに。
街のトップがコロコロと変わるというのは、他から見れば信用が出来ん事じゃ。
何せ、トップが交代するという事は、その人物に何かしらの問題があり、それを任命した者の見る目が無いという事と同義じゃ。
しかし、そうなると『モナーク』の状態はかなり拙い。
何せ、入れ替えても何故か教会に同調してしまい、調べても『洗脳』ではなく自発的に協力しておるという。
ヴァーツ殿は入れ替えを行う事は出来ぬが、人を送り込んで詳しく調べるつもりらしいのじゃ。
何かワシが手伝える様な事は……ぁ、一つあるのじゃ。
「それでは、『洗脳』とかの対策として、ワシから魔道具を提供しようかのう」
「魔女様のお気持ちは嬉しいのですが、状態異常を防ぐ為の魔道具でしたら、既にありますが……」
ヴァーツ殿であれば持っておるとは思ったが、いくら調べても分からなかった以上、恐らく、既存の防護用魔道具では防げんと思う。
じゃから、ワシがそれよりも遥かに強力な魔道具を提供する。
それで『モナーク』が正常化し、教会の力を削ぐ事が出来れば、ワシとしても安心出来るのじゃ。
そう説明すると、ヴァーツ殿が腕を組んで考え込む。
「悪用されるとは考えんのですか?」
「ケッ、コイツがそんな事まで考えてる訳ねぇだろ」
ヴァーツ殿の疑問に、ワシの背後におったムッさんがそんな事を言っておるが失礼な。
そこら辺もちゃんと考えておるわ。
と言うか、貴族相手にそんな言葉遣いじゃと睨まれてしまうぞ?
ヴァーツ殿は別に気にしてはおらん様じゃが、執事殿の眉が若干動いておった。
「まず、効果を限定し、防ぐのは精神に作用する物だけじゃ。 それと、使用者が着用して起動させた際にマナを登録し、その使用者以外には使えぬ様にし、起動させた後に使用者から一定距離離れたら内部のマナで回路を崩壊させるのじゃ」
「成程、それなら誰かが苦労して盗んだとしても、効果の無い装飾品になるだけ、という事ですな?」
「それだけじゃない、起動する前はその回路も見えないし、無理に分解しようとしたら、師匠の性格だと一緒に破壊される様にするんだろ?」
「流石バートじゃな、よく分かっておる」
どれだけ分解が得意な者であっても、傷一つ付けずに分解するという事はまず出来ぬ。
今回作る魔道具には、特殊な形状記憶の機能を付け、分解を行おうとしたら魔道具自体を崩壊させて、形すら残らぬ仕掛けを施すつもりじゃ。
まぁ、作るには自宅に戻らねばならんのじゃが、今すぐ出発するという訳でもあるまい。
そう思いつつ、机の方を見たのじゃ。
「……少し浮かれておりまして、暫く仕事を放置してしまいまして……」
「浮かれて……何があったのじゃ?」
「一月程前に旦那様の子が産まれまして、それで産まれるまでは無事に産まれるかと悩み続けて仕事にならず、名前を決める為に一週間程悩んで仕事にならず、産まれた後は数日間興奮のあまり仕事が手に付かず……」
ヴァーツ殿の背後に立っておった執事殿が答えてくれたのじゃが、言われたヴァーツ殿はしゅんとしておる。
しかし、それも無理はないじゃろう。
ヴァーツ殿にとっては、長い事病を患っておった嫁との間に出来た初めての子じゃし。
「と、もう産まれておったのか!?」
「はい、母子共に御無事ですが、そのせいでこの通り、旦那様が暫く仕事をしておりませんでしたので、こうして仕事が溜まってしまった、という訳でございます」
執事殿は『こうならない様に毎回注意はしていたのですがね』とぼやいておる。
しかし、これはめでたい事じゃ!
前に奥方にアクセサリーを送ったのじゃが、赤子にも似たような物を作っておくとしよう!
赤子の場合、何でも口に入れてしまうから、口に入れても毒性が無い物、飲み込めないサイズにせぬと駄目じゃな。
「取り敢えず、名前とかは決まったのかのう?」
「うむ、妻と話し合って『レティシア』となりました。 これがまた、妻に似ておってですな」
ヴァーツ殿の赤子自慢が始まるのじゃが、名前の響きからして赤子は女児じゃな。
バートにとっては、血は繋がらずとも妹と言う事になる。
それならば、暫くはバートは屋敷に残って共に生活した方が良いじゃろう。
「いや、でも……」
「こういうのはちゃんとせぬと駄目じゃぞ? 取り敢えず、顔くらいは見せてくるのじゃ」
渋るバートを執事殿に任せ、ワシ等は次の話を聞く事にする。
特に『シャナル』の『聖女問題』については、ちゃんと聞いておかねばならないのじゃ。
そして、ヴァーツ殿に『シャナル』に聖女が現れたと聞いた、と尋ねるとヴァーツ殿の眉間に皺が寄った。
ふむ、どうにも悪い話の様じゃな。
「魔女様も予想が付いていると思いますが、その聖女という人物は、あのミキ殿の事です」
「やはりのう……しかし、何故に美樹殿が『聖女』になっておるんじゃ? もしかして、
ワシの言葉に、ヴァーツ殿が首を横に振っておる。
と言う事は、職業が『聖女』に変わった訳では無いようじゃな。
しかし、そうなるとどうして美樹殿が『聖女』と呼ばれておるんじゃろ?
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