第334話




 道は続くよ何処までも~と。

 ワシ等は『シャナル』へと戻る途中途中の村や町といった場所を経由しておるのじゃが、まぁ立ち寄る度に料理熊ベヤヤが気になった食材を買い込む買い込む。

 いや、別に問題は無いんじゃが、そんなに買い込んでどうするのかと聞けば、栽培出来る物は自宅に戻ったら畑に移植したりして、色々と試したいというのじゃ。

 中には向こう地球にあったような作物もあるから、条件さえ揃えば栽培は可能じゃろう。

 しかし、その中で一ヵ所だけ、ワシ等が入れないというか、入りにくい街があったのじゃ。




「……話には聞いてたが、こりゃ酷いな……」


 そんな言葉を思わず口にして、首に巻いていたマフラーで口元を改めて隠した。

 俺がいるのは、ルーデンス領の中で唯一、教会勢力に乗っ取られたと言っても過言ではない『モナーク』。

 師匠が入る事を拒否し、ベヤヤや重犯罪者奴隷と分かるムッさんを連れて入る訳にもいかないので、この街へ入ったのは俺一人。

 門での聞き取りで、『シャナル』へ向かう途中で食糧や水を補給する為に立ち寄った事を告げるが、それ以外にも目的があるんじゃないかと、兵士からかなりしつこく質問攻めにあった。

 そうして、ようやく街に入って最初に目にしたのが、軒先にもたれ掛かっている浮浪者と思わしき男や老人達と、道端に転がっているゴミだ。

 この寒空の下では彼等の様な者は直ぐに死んでしまうだろうが、この街モナークの住民は彼等に気も留めない様で、一瞥すらせずに歩いて行く。

 そんな住民達は全員が薄灰色のローブを身に着けており、首元には卵に羽が生えたようなペンダントをぶら下げているが、浮浪者達はそんな物を身に付けてはいなかった。

 どれだけの数がいるのかも分からない以上、此処で彼等を手助けする訳にもいかず、俺はその場から歩き去った。




 街の商店街と思われる場所に来て、その品揃えを見たのだが……


「高いな……」


 他の街でなら一つ銅貨数枚程度しかしない様な物が、此処では銀貨1枚もする。

 小麦に至っては、一抱え程ある袋で銀貨20枚。

 普通このくらいの量なら、銀貨数枚で買える。


「買わないのならさっさと帰っとくれ。 冷やかしはごめんだよ」


 店主と思われる中年のオバさんがそう言うが、此処まで高いと買いたくても買えない事を告げると、店の隅の方を指差した。

 そこにあったのは、かなり粗悪な作りの袋に入った別の小麦。

 確認したが、とてもじゃないが食べられる様な物じゃない。

 所々にカビらしき黒ずみがあるだけじゃなく、粒が欠けていたり、粒自体も不揃いだ。

 店主曰く、コレは『捨て麦』と呼ばれるゴミにしかならない様な小麦で、格安で販売しているという。

 いや、流石にこんなの買ったらベヤヤに殺される。

 取り敢えず、別の店も見てから判断する事にした。


 結論から言えば、どの店でも食料品は軒並み高い。


 かと言って『捨て麦』なんて買えないので、止むを得ず、干し肉や干し野菜を買った。

 そして、次に向かったのは冒険者ギルドの支部。

 次に仕入れるのは情報。

 と言うのも、実は道中に立ち寄った休憩所や村でちょっと気になる事を聞いたのだ。

 曰く、『シャナルに聖女様がいて、怪我人を治療してくれる』、『聖女様の優しさは食人鬼オーガですら改心させる』、『聖女様は弱き者に隔てなく手を差し伸べてくれる』。

 最初その話を聞いて、『一体何の話だ?』と師匠と顔を見合わせた。

 当初は唯の噂と思ったんだが、何処に行っても『シャナルには聖女様がいる』と言われているので、噂話が集まる冒険者ギルドで情報を集める事にしたのだ。

 冒険者ギルドに到着したが、此処のギルド内は異様な光景で、冒険者のほぼ全員が住民と同じ様な灰色のローブとペンダントを身に着け、そうではない冒険者達は壁際のテーブルでひっそりとしていた。


「当ギルドに何か御用でしょうか?」


 そう聞いて来たのは、受付嬢と思わしき女性だが、此方は薄青色のローブを着ており、まるで教会のシスターの様な格好で、例に漏れずペンダントも身に着けていた。

 何処にも所属せず、中立という立場を取る冒険者ギルドも、此処ではどうやら教会に乗っ取られている様だ。


「移動中なんで何か良い短期の依頼があるか確認したかったのと、食事が出来ればと思ってな」


「それならば、お勧めの依頼があります!」


 受付嬢がそんな事を言って紹介して来たのが、教会が説法を行う際の護衛をするもので、依頼中の拘束時間はそれなりに長いが、かなりの報酬が貰えるという物だった。

 しかも、受注ランクはフリーで、どのランクでも受けられるという破格の依頼だ。

 ……この依頼、教会の罠だな。

 恐らく、此処にいる冒険者で教会の連中に似たローブを着ている奴等は、説法中護衛するだけで多額の報酬を得られると聞いて、受け続けた事で少しずつ、思考が洗脳されてしまったのだろう。


「取り敢えず、食事しながら少し考えてはみるよ」


 そう言って一旦は保留し、壁際の近くのテーブルで軽食を食べつつ、改めてギルド内を確認する。

 ローブ冒険者連中は、いくつかの集団になっており、何か小声で話し合っている。

 正直、その様子は不気味だがそれを誰も指摘しない。

 そして耳を澄ませば、近くにいた洗脳されていない冒険者達の話し声が聞こえる。

 その内容は、この街モナークから出た方が良いが、次は何処に行くか、というもので、仲間達がヒソヒソと話しているが、遂にそのうちの一人が『シャナルはどうだ?』と提案していた。

 そして別の冒険者が『そう言えばシャナルには聖女様がいて、俺達の様な底辺冒険者でも助けてくれるって聞いたぜ』と言ったが、仲間達は『信じられねぇよ』と返していた。

 他の所でも、やはり『シャナルには聖女様がいる』と言う話をしており、その中でも『聖女様はいつも白い服を着ていて、その白い服とは対照的な黒髪で美しかった』と言う話をしているのを聞けた。

 黒髪と言うのは珍しく、俺でも知っている人数は限られる。


「まさかな……」


 不味い食事を終え、俺は『考えが纏まらないから、宿に戻って引き続き考える』と言って、冒険者ギルドを出た。

 そして、そのまま門を通って師匠達が待つ街道の先へと向かった。

 一応、後を付けられている様子は無い事を確認しながら移動したが、どうやら大丈夫な様だ。

 合流したら、ベヤヤから『食材は買えたか?』と真っ先に聞かれたが、『モナーク』の様子と物価が想像以上に悪化している事を伝え、何とか買えた干し肉とかを渡したが、ベヤヤはその質を確認するとかなり残念そうだ。


「グゥ、ガゥ(まぁ、スープの具材にはなるか)」


「それで、何か収穫はあったのかのう?」


 師匠が聞いて来たので、改めて『モナーク』の様子と、新たに『シャナルにいる聖女様』に付いて分かった事を説明した。

 その話を聞いて、師匠が腕を組んで考え込んでいる。


「……『シャナル』におる黒髪の女性という時点で、美樹殿しかおらんよな?」


「他に増えていなければ、そう言う事なんだろうけど、ミキは『聖女』じゃないよな?」


「『職業クラス』で言うなら違うしのう」


 ミキの職業は『魔道具錬成師マギクラフター』という魔道具製作に特化した職業であり、回復職ヒーラーの様に誰かを癒したり、従魔師テイマーの様に『食人鬼』を従えさせる事は出来ない。

 と言う事は、これまで聞いて来た『シャナルの聖女様』と言うのは、噂が口伝てに広がっていくうちに、どんどん変化していった結果だろう。


「まぁ、もうすぐ『シャナル』に到着するのじゃから、そこで聞けば問題無かろう。 そういう手紙も届いておらんし」


 師匠がそう言って馬車に飛び乗ると、ベヤヤは馬車を引く為の器具を装着している。

 まぁ確かに師匠の言う通りで、もし何かあれば師匠の所に手紙の一つでも届いていただろうが、そう言う手紙は届いていないし、王都を出発した後に問題が起きていたとしても、コレだけ目立つ目印ベヤヤがいる以上、途中で手紙を運ぶ依頼を受けた連中がいれば、嫌でも分かるだろう。

 俺も馬車に乗り込み、改めて『シャナル』へと向かって馬車が動き出した。

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