第331話




 ベッドから起きて多少動いてみた所、若干怠さこそあるが、体内のマナは完全に回復しているのを感じ取れた。


「まだ少し怠いですが、何とか動けますね」


 あの戦いから数日、ほぼ完全に体内のマナを使い果たして倒れた私は、部下達に担がれて屋敷に戻って、団長トレバー老から絶対安静を言い渡された。

 本来、体内マナを完全に使い果たしたら命の危険があり、その為、我々は生存出来るギリギリの量を必ず残す様に感覚を覚える所から始める。

 とはいえ、生存出来たとしても、そこまで消耗した状態では戦えずに死ぬだけなのだが。

 ただ、体内マナを回復する手段がない以上、安静にして自然回復を待つしかないのだが、これが凄く辛いのだ。

 具体的に言えば、意識ははっきりしているのに身体は全く動かせないし、話す事も出来ない。

 空腹は定期的に食事が届けられるので大丈夫だが、喉の渇きを知らせる事も出来ず、ずっと横になっているからか身体に痛みもある。

 なので、普通は長く仕えている執事や従者が主を観察し、気が付いて手助けしてくれるのだが、生憎と私にはいなかった。

 コレは、私は副師団長として仕事が忙しく、屋敷を持っていても殆ど帰る事が無いので、屋敷の掃除をする使用人を数名だけ雇っているだけで、専属で長く仕えているような相手を置く事が出来なかった。

 そんな私だが、今回は事情が違う。

 身体を多少動かして、違和感を修正していると、ガチャリと部屋の扉が開いた。

 そこには、一人のメイドがワゴンを押した入って来ていた。

 ワゴンの上には、水の入った盆と布が置かれている事から、身体を拭くつもりだったのだろう。

 そんな彼女は、私がベッドから起き上がっているのを見て、若干笑みを浮かべている。


「旦那様、もう起きて大丈夫なのですか?」


「えぇ、多少の怠さはありますが、この程度ならもう動いても大丈夫でしょう」


 そう言った私の言葉に、彼女が若干困った様な表情を浮かべている。

 この反応は……


「そう心配しなくても大丈夫ですよ。 動けると言っても、報告に行く必要はありますが、直ぐに仕事に戻る訳ではありません。 寧ろ、これまでサボっていた団長に仕事をさせる良い理由になるでしょう」


「そうでしょうか……旦那様の場合、やってくれと言われたらやってしまう様な気がしますが……」


 そう言われて、頭の中で考えてみるが、彼女の言う通りで反論出来ない。

 だが、今回は違う。

 そもそも、私に『休め』と言ったのは団長だし、まだ回復し切っていないのだから仕事など出来ない。

 それに今の私には、彼女と共にいる時間の方が大事なのだ。


「一度、状況の報告をする必要がありますので少し本部には行きますが、報告が終わったら直ぐに戻って来ますよ」


「はい、お待ちしております」


「それと、別に誰が見ている訳でもありませんから、昔の様に名前で呼んでくれても良いんですよ?」


「いえ、私はこれ以上、多くの方に迷惑をかける訳にはいけませんから」


 彼女がそう言って頭を下げて来る。

 その姿に若干の寂しさを感じるが、時間を掛けて昔の様に笑い合える関係に戻していきたいと思う。

 そんな事を考えつつ、私は手配した馬車に乗り込んだ後、近衛魔法師団の本部へと向かう事にした。




 本部にある団長の部屋で、今回の件を報告すると、大量に詰み上がった書類の山の間で、団長が目頭を押さえていた。

 見れば、この部屋にある団長の机以外にもある机にも、山がいくつも出来上がっていた事から、処理が追い付いていない様だ。


「成程な。 魔法生物ガーゴイルを造った奴が、王都の中で『屍者コープサー』になって、ソイツを倒す為に協力した冒険者がぶっ放した……攻撃?で、倒す事は出来たが王都の大結界もぶっ壊した、と」


「人を魔物に変えるというのは、確かにもありましたが、可能でしょうか?」


「まぁ、禁術なら可能と言えば可能だな。 後は、報告にあった合成魔獣の件だが、まさか自分を材料にはするまい」


 尋ねた団長がそう答えてくれたが、私は意図的にいくつか報告を省いている。

 確かに、協力した冒険者レイヴンが倒してその影響で大結界も壊れたが、彼が『ブラックウルフ』を従魔にしていたり、そのテイムの際、普通であれば入念な準備や道具を用意する必要があるのだが、彼がやったのは『従え』の一言だけで、何も使用していない。

 それなのに、『ブラックウルフ』は彼に従った。


「………まぁ、ぶっ壊した冒険者が、あのならまぁ仕方無いと考えるか……」


「その言い様だと、彼女と何かありましたか?」


 その言葉に団長が話してくれたが、大結界が破壊された後、暫くして彼女の使いとして、ルーデンス卿の養子であるバードラムが大量の魔石を持ってきた。

 大結界を再展開するには、多くの魔術師と魔石が必要で、今回は全員が倒れる事を覚悟して行おうとしたが、魔石の数が足らず、再展開が出来なくなっていた。

 必要となる魔石も、最低でもCランク以上となっている為、中々手に入らないのだが、今回はバードラムの持ち込んだ魔石により、再展開が可能となった。

 そして、多くの隊員を動員して大結界の再展開が成功したのだが、使用した魔石は彼女が用意した物で、かなりの質と数。

 使用しなかった分は、今後の事を考えて予備として買い取ろうとしたのだが、バードラムは彼女から『かなりの迷惑を掛けたから、その慰謝料として納めて欲しい』と言われていたそうだ。


「成程、私が動けない間にそんな事があったのですか」


「おぅ、お前が彼女とイチャイチャしてる間、こっちは地獄みたいなうんざりする事ばっかりだったぞ」


「イチャイチャって……私は殆ど動けなかったんですが……」


「全く……態々手を回してやったんだから、さっさとくっ付いちまえ」


 そんな事を言って、団長が再び書類の山を崩しに掛かっていく。


「そう言えば遅くなりましたが、彼女の件はありがとうございました」


「気にすんな、コレでお前のやる気が上がりゃ、儂が楽出来るからな!」


 私の言葉に団長がそんな事を言うが、彼女は私と恋仲になっていた女性であったが、その正体はヴェルシュ帝国の間者であり、本来であれば、捕縛された後は国に引き渡して情報を得る為に尋問をするのだが、彼女は拘束された後、私との関係を知っていた団長が手を回し、先に情報を引き出そうとしたのだが、彼女は逃走した後は帝国に戻らず、隠れ過ごしていた為に情報を殆ど持っておらず、知っている情報もかなり古い物で意味が殆ど無かった。

 これでは王都へ移送して尋問しても、碌な情報を得られず、そのまま獄中で一生を過ごす事になるだろうと団長は判断し、王都への移送中、と言う事にして、そのまま私の屋敷に連れて来られた。

 彼女は団長の遠縁の娘と言う事にして、その書類も直ぐに用意し、強引に過去の出生届に混ぜ込んだ為、もし調べられても『過去に届けが出されて受理されている』と言う事が分かるだけだ。

 そして、『変異薬』で皮膚が変色してしまった点については、過去に興味本位で使用してしまったという事になっている。

 現在は顔の部分は化粧をして誤魔化し、四肢の部分は手袋等で隠している。

 だが、いつまでもあの状態と言うのは、女性としても可哀想だ。

 私の仕事が一段落して暇が出来たら、元通りとは言わずとも、気軽に人前に出れる位まで戻せる様に、『治療薬』の研究するつもりだ。

 時間は掛かるだろうし、これまで『変異薬』を研究していた研究者にも出来なかった事なので、本当に作れるかは不明だ。

 だが、幸いにして私と彼女には時間は十分にある。


 まだ体内マナが回復し切っていない事と、『団長から休めと言われているので』と言い残して部屋を出ようとしたが、案の定、団長が『決済印を押すだけでも手伝ってくれ』と泣き付いて来たが、彼女との約束があるので、丁寧にお断りしておいた。 

 さて、帰りに彼女への御土産として、最近、王城で話題になっている料理を貰って帰るとしましょうかね。




「全く、アイツもまだまだ甘いな」


 儂は溜息を吐きながら、マルクスが出ていった扉を見ていた。

 確かに、マルクスとあの娘の関係を考えて、若干憐れんだから手を回したのは事実だが、まさかそのまま放置している訳がない。

 ちゃんと、あの二人に気が付かれない様に周囲に監視を置き、あの娘に接触する輩がいた場合、ソイツを追える様にしている。

 まぁ、アイツの所に来てから接触してきたのはおらず、定期的に商人から食材やらを買っているだけで、その商人も王都では知らぬ者はいない程、急激に大きくなった『エドガー』と言う商人であり、コイツはあの嬢ちゃん魔女と関係があって、信頼出来る商人だ。

 それ以外は接触して来た奴はいないし、近くをうろついている奴もいない。

 もし、まだ帝国と繋がっている様なら、監視をしている兵には容赦せずに捕縛する様に命じてもある。

 この監視作業を知っているのは、儂以外にはグリアム軍務卿と陛下の二人だけだ。

 このままアイツとの間に子供でも出来りゃ良いんだが、アイツの様子を見る限り、まだまだ先になりそうだな。

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