第329話




 作戦は簡単だ。

 これからやる事に巻き込まない為、ナグリ達は退避し、俺とバーラードだけになったら、マルクスによって周囲に『岩の壁ロックウォール』で完全に囲ってもらう。

 その後、俺が使を使って、バーラードを殲滅する。

 完全に魔物になったバーラードを救う事は俺達には出来ないし、これ以上放置すると、これまでの進化速度から『屍者コープサー』から『死の王ノーライフキング』に進化する可能性がある。

 そうなった場合、この王都が完全に崩壊する。


「そんな攻撃、無駄だァっ!」


 斬り掛かったイクスの攻撃を、バーラードが腕で弾き飛ばし、弾かれて体勢を崩したイクスを攻撃しようとしたのを、ナグリの短剣とハンナの矢が妨害して、その隙にイクスが離れて再び大剣を構える。

 マルクスが連れている魔術兵達は、周囲に取り残されている住民がいないか確認し、マルクス自身は、これから展開する魔術の為に、各地点に小さい魔法陣を描いている。

 俺も攻撃をするが、斬り付ける度に砕け散っていて、手持ちの剣がどんどん減っていく。


「クソッ! 『蒼炎』も効かねぇってどうなってんだ!」


 イクスが剣に纏わせた蒼い炎で攻撃するが、最初に攻撃した際は効いていたのに、今では全く通用していない。

 それで気を大きくしたんだろうが、バーラードは今では殆ど防御をしなくなっているが、これこそ俺が狙っている事の一つだ。

 後は……


「旦那! 準備完了の合図だ!」


 ナグリの言う通り、離れた所の上空で『火球ファイアーボール』の爆発が起きた。

 アレは、マルクスが魔法陣の準備を終えたのと、兵達による住居内の確認が終わったという事だ。

 コレでどうにかなるだろう。


「よし、全員退け!」


 俺の合図で、ナグリ達が一気に離れ、追いかけようとしたバーラードにはジェシーが『岩の槍ロックランス』を何本も撃ち出して足止めを行う。

 その『岩の槍』を掻い潜り、俺がバーラードに接近するのと同時に、ある魔術を準備する。


「我が右腕は黒龍の腕が如く!『龍撃爪ドラゴン・クロー』!」


「無駄ダァッ!」


 俺の右腕が黒い龍鱗に覆われ、その形を手刀の形にした状態でバーラードの腹を目掛けて突き出すが、バーラードはこれまで攻撃を受けても殆どダメージらしいダメージを受けなかった事から、俺の攻撃を防御もせず、そのままガラ空きの胴に突き刺さった。

 この攻撃を今までの攻撃と一緒と思われては困る。

 凄まじい音と共に、俺の手がバーラードの腹部に完全に突き刺さる。


「ガファァッ!?」


「マルクス!」


「全てを通さぬ巨躯なる壁!『岩の壁!』」


 俺の合図で、マルクスが準備していた魔術を発動し、それに呼応した魔法陣も合わせて俺達の周りに『岩の壁』が出現する。

 これで俺達は完全に隔離された事になる。


「馬鹿ガ! コの程度で」


「そうだな、この程度でお前を閉じ込めるのは不可能だが……」


 バーラードに突き刺さった手から感じる感触は、かなり冷たく、明らかに生きている様な感じでは無い。

 そのまま、内蔵らしきものを掴んで抜けない様にすると流石に痛みを感じたのか、バーラードが俺の右腕を掴んできた。


「このまマ貴様を殺シテ、ソとの奴等も皆ゴろしニシてやる!」



 バーラードが振り上げた拳が、俺の顔面に迫る。

 肉体強化が異常な『屍者』の力で殴られれば、人族であれば、ほぼ確実に即死するだろう。

 だが、此処から先は最早、戦闘と呼べるものではない。

 振り下ろされた拳が、俺のによって防がれていた。


「こレは!?」


「終わりだ」


 危機を察知したのか、バーラードが内臓が抜けるのも構わずに逃げようとしたのを、その腕を掴んで阻止して更に前に出る。

 その間も、俺の全身が変化している。

 右腕だけだった鱗は更に広がり、俺の顔面にも広がっていく。

 そして、その変化が終わった瞬間、右手を突き刺した腹部から黒い炎が噴き出した。


「ッ!!!」


 恐らく、バーラードが叫んでいるのだろうが、黒炎の勢いによって悲鳴すら聞こえない。

 掴んだ拘束から逃げようとバーラードが殴ってくるが、その程度で今の俺の防御を突破など出来ない。

 しばらくすると、黒炎の勢いは更に増し、そのまま周囲を焼き尽くしながら天高く伸びていく。

 そして俺の予想通り、王都に張り巡らされていた大結界まで到達し、大結界は一瞬だけ耐えたが、そのまま貫通して砕け散った。




「ゼェ……ゼェ……まぁ……こうなるだろうな……」


 あの状態を解除し、荒く息をしながら俺は地面に片膝を突いて、剣を支えにしながら目の前の惨状を見ている。

 そこには、黒く焼け焦げた地面以外は、文字通り何も無くなっていた。

 バーラードがいた所は、少しだけ凹んだ状態になっており骨の一欠片すら残っていない。

 何とか事に成功した様だ。


「フー……よし」


 息を整え、その場で立ち上がると、バーラードがいた場所を見下ろす。

 すると、そこに何かが落ちているのが見えた。

 バーラードが持っていたであろう物だから、何かヤバイ呪いでも付いていたらアレなので、ピンセットを取り出してそれを拾い上げると、かなり薄汚れているが指輪だった。

 だが、俺にとって問題なのは、と言う事だ。

 周囲を見回せば、この『岩の壁』によって隔離された空間で残っているのは、俺とこの指輪だけで、分断されて残っていた筈の建物や、街路樹として植えられていた樹木は完全に消滅している。


「………コイツはヤバイか?」


 これまでの経験で、この手の物を放置すると碌な事にならない。

 だが、もし、この指輪がバーラードが魔物に変異した原因だとするなら、一度『強化外骨格』を盗まれてしまった国に調査の為に渡して、また盗まれた場合、大変な事になる。

 だが、こんな怪しい物を持ち続けるのも危険だ。

 ……アイツになんとか渡すか。


「レイヴン! 今のは!」


「もう解除して大丈夫だ!」


 黒炎が収まったのを見て、イクスが外から声を掛けて来たから、そう返事をすると、通路側の『岩の壁』が崩れて、その向こうから剣を構えた状態のイクスの姿が見えた。

 その後ろには、弓に矢を番えた状態のハンナと、地面に倒れているマルクスと、その隣で杖を支えに立っているジェシーの姿。

 ナグリは短剣を投げられる様に構えているが、俺の姿を見て大きく息を吐いていた。


「旦那、バーラードの奴は……」


「倒した。 それより、マルクスはどうした?」


 一歩歩くだけでも、相当に身体が重く感じる。

 やはり、今の状態では、アレは気軽に使える様なものじゃないな……

 俺の言葉で、ナグリが頬を掻きながら、短剣を懐の鞘に戻している。


「いや、『岩の壁』を維持するのにマナを相当に消耗したらしくて」


 聞けば、中で黒炎が焼き尽くしていた途中から、マルクスだけで維持する事が出来ず、『岩の壁』が砕け散る前に、マルクスのマナが尽きそうな事を察知したジェシーが、途中からマルクスの術式に割り込んで肩代わりし、何とか維持をしていたらしい。

 そんなジェシーだが、『流石、魔法師団の副団長様です。 私では発動させただけでマナ切れになってました』と言っていたが、発動中の魔術に割り込むなんて事は相当に高度な事だ。


「この後だが、俺は回復の為に暫く休ませてもらう。 それでナグリ、アイツに頼みたい件が出来たから……」


「そっちはやっておきますよ。 旦那も気を付けてくださいよ?」


 本当は報告等があるんだが、マルクスはマナ切れで倒れているし、俺も消耗が激しい。

 なので、同行していた魔術兵が簡易的な報告を先にし、マルクスの回復を待ってから正式な報告をする事になった。

 バーラードにトドメを刺した俺も、その場には同席する事になった。


 そして、俺は『ブラックウルフ』を連れて屋敷に帰ると、部屋の一室を一時的にウルフ用として与えた後、ベッドに横になった。

 流石に、アレは体力以外にも消耗が激し過ぎたし、恐らく、これから報告以外にもクソ面倒臭い事が起きて、余計に体力を消耗する事になる。

 なるべく早く回復せねばならんな……

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