第328話
ワシは、兄上が学園の地下にある一室で『ブラックウルフ』を従魔にしたのを確認した後、帰ろうと思ったんじゃが、少し調べたい事があって学園内の書庫に来ておる。
当り前じゃが、学園長とかの許可が必要な禁書庫と呼ばれる最奥では無く、一般人や生徒でも入れる普通の書庫で、スキルに関する書籍で調べたい事があったのじゃ。
と言うのも、ワシが使っておるスキルの中で、気になった事があったのじゃ。
実は、ワシは現在進行形で隠し作業場にしておる経過時間を弄ったテントの中で、とあるものを作っておるんじゃが、その作業の為にワシは司令塔として『ドッペルゲンガー』でワシ自身を一人増やし、作業自体はゴーレムに任せようと思っておった。
当り前じゃが、
しかし、『ドッペルゲンガー』で分身を作り出し、柔軟に作業の指示を出せる様に『並列思考』を植え付けたワシの分身じゃが、ワシや兄上の様に自我を持っておる訳でも無く、ただワシの出す命令に従うだけの、まるで『ちょっと賢いゴーレム』と変わらん状態じゃった。
もしや実体化させねば自我は芽生えぬのかとも思ったんじゃが、兄上の場合、実体化ポーションを使う前から自我を持っておった気がするんじゃよなぁ。
これが後から追加したワシだけの状態なのか、それとも元々『ドッペルゲンガー』スキルを持っておる者でも作り出す分身には、そもそも自我が無いのか、それが知りたくてついでに寄った訳じゃ。
「どーどーどっぺー……あったあった」
分厚い書物から目的のページを見付けて、その内容を読んでみたのじゃが、やはりというか、その内容はあまり多くは無いのじゃ。
コレは単純に、『ドッペルゲンガー』というスキルを持っておるのが少ない珍しいスキル、と言うのと、所有しておっても誰にも話しておらんから、情報が少ないのが原因じゃ。
マナを使って自分の分身を呼び出せるという事は、
後は、毒とか致死性のある実験に使ったり、人には出来ぬような実験材料にされたりとかじゃな。
そんな事になるなら、誰も他人には話そうとせんじゃろう。
それでも僅かな情報が書籍には纏められておる。
「ふむふむ、やはり、『ドッペルゲンガー』で作り出した分身には自我は無いようじゃのう……」
書籍に書かれておる内容は、やはり『ドッペルゲンガー』で作り出した分身には明確な意識は無く、召喚者の命令によって動く事、あまりに複雑な命令は出せない事、融通が利かない事、形作っておるマナが維持出来なくなると崩壊して霧散する事等じゃ。
そして、気になる事も書いてあったのじゃ。
それが、迷宮で使用した際、呼び出した召喚者の命令を聞かず、その召喚者達に対して攻撃をしてきたというのじゃが、その際に、召喚者の名前を叫んでおったらしい。
後の調査で、その召喚者は迷宮にて仲間の一人を囮として見捨てておった。
他にも、墓場の近くや、死者が多く出ておるような場所で『ドッペルゲンガー』を呼び出すと、何故か『ドッペルゲンガー』の挙動がおかしくなるという事がある、と書かれておった。
説明文の最後には、『もしかしたら、死んだ者が『ドッペルゲンガー』と言う器を得て動かしている可能性があるが、実際に確認はされていない謎の現象である』と書かれておった。
しかし、兄上の場合、そんな近くで亡くなった者はおらんし……
「まぁ、これ以上は書かれておらんのじゃから、仕方無いのう」
借りた書籍を書記殿に返却し、改めて『シャナル』へと帰ろうと思ったのじゃが、王都の一角で巨大な火柱がぶち上がり、それと同時に王都の上空からガラスが砕け散る様な音が響いたのじゃ。
どこぞの大馬鹿者が、王都の中で極大魔術をぶっ放したのかと思ったんじゃが、それでも、何人もの術者がマナを供給し、巨大な魔法陣を使って王都を覆う強固な大結界を砕く事は出来んじゃろう。
しかも、その火柱の色は赤とか青とか白とかでは無く真っ黒、正しく漆黒じゃった。
なんとなくじゃが、アレは見ておると嫌な感じがするのう……
「トレバー様大変です! 王都の大結界が破壊されました!」
儂が
崩壊した魔法生物に残っていたマナで術者の痕跡を調べていたが、崩壊した瞬間に霧散して殆どマナが残っておらず、早々にマナから追跡するのは無理と判断して、使用された素材から辿れないか調べていたのだが、状況が状況、仕方無く調査を中断して部屋から出たのだが、窓から見えたのは、王都の一角で黒々とした柱が空へと伸びているという光景だった。
「アレは……」
「詳しい状況は分かりませんが、マルクス様が連れていた魔法師団の兵が戻り、現在、あの魔法生物の召喚者を特定して追跡を行っていたと」
「そんな事はどうでもよい! アレは、まさか……だが、そんな筈は……」
儂はあの黒い柱、いや、黒い息吹を一度だけ見た事がある。
思い出すだけでも忌々しい、嘗て、この国の戦力と王都を破壊し尽くしたあの魔物。
だが、あの魔物は既に倒されている。
「えぇぃ考えても仕方無い! まず大結界を張り直す! 団員を集めよ!」
「りょ、了解しました!」
兵士に指示を出し、儂も部屋から愛用している
だが、問題は大結界を再展開するには、膨大なマナが必要になるだけでは無く、大結界の要となる魔石が必要になるが、大結界が砕けたという事は、その魔石も砕けている可能性がある。
そうなれば、その魔石を交換しなければ、大結界の再展開は不可能だ。
一応、経年劣化や一つや二つが砕けた場合を想定し、王城にも予備は確保されているが、一度に全てが砕けるという事は想定されておらず、もし全て砕けていた場合、王都の冒険者ギルドに大至急購入を打診する事になる。
それで手に入れば良いが、手に入らなかった場合、大急ぎで確保の為に兵を動かす必要がある。
コレは、暫く休めなさそうだな……
歩きながら思わず、溜息を吐いてしまった。
私達が『渇望の指輪』を奪還する為、逃げ出そうとする住民達の波を避けつつ何とか王都の中に入ったのだが、当初の想定よりも遥かに時間が掛かってしまった。
イラリアの話では、『渇望の指輪』を売った相手はそれなりに身形が良かった男、と言う事は、貴族か金持ちだろう。
だが、『転移の護符』を使ったのであれば、貴族が多くいる貴族街よりも、下町の方にいる筈。
「ロベリア、少し良いか?」
そう言って来たのは、狩人のメラニー。
彼女は街中と言う事もあって、いつもの
見た目は小さいが、幸太郎から『ぎみっく?が内蔵されていて見た目よりも強い』と言われた通り、かなりの威力が出せる。
そして、メラニーが指で上の方を指差したので無言で頷くと、彼女は身軽さを発揮してあっという間に、家の壁を蹴って屋根まで駆けあがっていった。
「住民の様子を見る限り、既に戦闘をしているだろうから、騒ぎの中心に……」
メラニーが屋根の上から、ある方向を指差した。
あっちの方角か。
私達はメラニーの指差した方角に向け、急いで駆け出す。
しかし、それとほぼ同時に、その方角から空に向けて巨大な黒い柱が伸び、私達にもガラスが砕ける様な音が聞こえて来て、思わず足を止めてしまった。
まさかあの黒い柱は、大規模魔術から王都を守る為の大結界すら破壊する威力があるのか!?
屋根の上にいたメラニーの足も止まっているが、状況を確認する為には向かわねばならない。
私達は覚悟を決めて、あの黒い柱が伸びた方角へと走り出した。
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