第327話




 繰り出される魔術を回避しながら、『屍者コープサー』になったバーラードに剣を振るうが、その皮膚はまるで強固な鉄塊の様になっており、傷を付けるどころか逆に剣が砕けてしまう。

 その為、地面には何本もの剣身が砕けた剣が転がっている。

 ナグリは直接攻撃をするのではなく、俺とマルクスの攻撃の隙を見付けて短剣を投げているが、狙っている場所が頭部だったり、膝の裏だったりと地味に嫌らしい場所ばかりだが、当たっても弾かれている。

 通常、『屍者』は魔術を使えない筈だが、バーラードはこうして魔術を使ってくる。

 こんな短時間で『進化』した事から、普通じゃないとは思ったが、これ以上時間を掛けたらどんどん手が付けられなくなるだろう。


「旦那ァッ! そろそろ手持ちが無くなるっすよぉ!」


 ナグリがそう言ってるが、それにしてもかなりの量を持ってたんだな。

 砕けた剣を捨て、新しい剣を取り出す際に、一緒に布包みを取り出してナグリに投げる。

 俺の手持ちの短剣は、ゴゴラドワーフ達が作ったモノだが、メインで使う物ではないからそこまで特別な物ではなく、ごく一般的な普通の短剣だ。

 ナグリが布包みを回収してその場を離れると、ナグリがいた所に土の矢が何本も突き刺さり、一部は逃げたナグリを追っていく。


「『岩の壁ロック・ウォール』!」


 マルクスの魔術で作られた壁がナグリへの魔術を防ぐが、このままだと応援が来るまでに二人が潰れる。

 ブラックウルフについては、戦力にも牽制にもならないので離れさせた。


「ハハハハッ! 無駄だ無駄無駄! そんな貧弱な攻撃で私を止められるものか!」


 バーラードが叫びながら魔術をバラ撒いてくる。

 それに対し、魔術兵が『岩の壁』を使って周囲への被害を押さえているが、攻撃しても効かないのでは手詰まり感は否めない。

 しかも、一度『精神力』を籠めた剣で斬り付けたが、うっすらと僅かに斬れただけな上、もう一度同じ様に斬り付けた所、今度は傷すら付かなかった。

 コレは、一度でも傷を受けると、それを防ぐ為に防御力が上がっていくのか?


「拙いな……どんどん切れる手段が無くなっていく」


 これは、応援が来て『火魔術』を使ったとしても、それを防げる様になる可能性がある。

 つまり、一撃で焼き尽くす程の火力を叩き込むか、俺の使える切り札である『遍理絶アマネダチ』を使うしか無いが、そんな大火力をここの魔術師が使えるとは思えないし、『遍理絶アマネダチ』は使うのに耐えられる剣が無い。

 正直、アイツが来てくれれば一番楽だが、この時、『兄上がおるんじゃから大丈夫じゃろ』と、学園に残って何か調べものをしていたらしい。


「ヒャーッハハッ! コレだ、コレこそが私の望んだ戦いだ!」


「あぁそうかい! だったら悪ぃな! 走れ『蒼炎』!」


 バーラードが両手を広げて俺達を挑発しようとしたのだろうが、そのバーラードの頭上から、青白い炎を纏った大剣を持ってイクスの奴が飛び降りて来た。

 どうやら、近くの建物の屋上から飛び降りた様だが、そう言えば、イクスの使ってる大剣は、アイツが礼と言うより趣味で作ったとか言う特殊な大剣。

 剣を作る際に広く利用されている鋳造式では無く、鍛造式と言う刀の作り方で作った剣で、鍛造中に魔粉を使った事で、まるで『炎の魔剣』の如く、マナを注ぐ事で炎を出せる様になっている。


「馬鹿め! そんな攻撃がギャァアッァッ!?」


 ズザン!と凄まじい音が響いて、バーラードの左肩辺りから腹部に掛けて大剣が斬り裂き、更に蒼い炎が噴き出してその身体を焼いていく。

 イクスからすれば、両断するつもりだったが、想定以上の防御力で此処までしか斬り裂けなかった事に舌打ちをしている。


「チッ硬ぇな! おい!」


「ぎざまぁぁぁぁっ! よぐもごのわだじにぃぃぃっ!」


「ハンナァッ!」


 イクスが反撃の魔術を撃たれる前に、バーラードを蹴り飛ばして離れると、そのバーラードに向かって大量の矢が振って来た。

 しかも、ただの矢では無く、一本一本が赤々と燃えている炎の矢だ。


「お前等、どうして」


「よぅ、コレだけ大騒ぎしてれば、の方でも騒ぎになってな、様子見をしに来たら苦戦してるみたいで、そこの兵士に『火』の魔術が必要って聞いたんで、こうして上から奇襲したって訳だ」


「それで、アレ何? 見た事無い魔物だけど」


 そんな事を言って来たのは弓士のハンナ。

 その手には、赤い魔石が填められた弓が握られているが、あの弓もアイツが作った物だった筈だ。

 先程の大量の炎の矢は、彼女がその弓で屋上から放った物だろう。

 そう言えば、イクスにはもう一人魔術師の仲間がいたと思うが……


「ジェシーの奴なら、ほら、あそこだ」


 イクスに指差された所を見たら、屋上で杖を構えている魔女姿の女がいる。

 ただし、その周囲には巨大な火の玉がいくつも浮かんでいた。


「『マルチロック』! 『我呼び出すは四精の種火、灰となりても燃え続ける劫火なり! 『灰燼の滝ウィル・フォール』!」


 詠唱を終えて発動した炎の魔術が、空中で混ざり合って一気にバーラードに

 バーラードの悲鳴すら聞こえず、凄まじい熱量の炎が、バーラードの身体を焼き尽くしていく。


「これ程とは凄まじいな」


「あぁ、ジェシーも魔女様に杖を貰ってからかなり修練してな、今じゃ準備時間さえあれば、一人でも極大魔術も使えるようになったんだよ」


 個人で極大魔術を使える様になったら、最早ただの魔術師では無く、大魔術師とか軍隊でも引き抜かれるくらいの扱いになる。

 俺の知ってる奴で、極大魔術を使えそうなのは、アイツを除けばマルクスと、マルクスの所属している魔法師団の団長、学園長くらいだ。

 しかも、個人で修練して習得したというのは、相当に努力したのだろう。

 まぁ、この後、マルクスとかから引き抜き勧誘があるだろうが、受けるかどうかは彼女次第だ。


「で、アイツは何処から来たんだ?」


「マルクス」


「かなり拙い内容ですので、彼等は知らない方が良いでしょう」


 イクスから聞かれるが、正体を教えるのも問題かと思ってマルクスに振ると、予想通りの答えが小声で返って来た。

 まぁ人間が急に『アンデッド』になって、そこから『屍者』になったなんて話、広まったら大混乱になる。

 少なくとも、原因が分からん限り、『謎の『アンデッド』が現れたから相手をしていた』と答えるしかない。

 しかし、これまでの付き合いから、イクス達は信用出来る方だろう。


「今は話せんが、また後でな」


「そうか、そんじゃ後で屋敷の方に顔出すとするわ」


 イクスが燃え盛るバーラードの方を見ると、そこでは徐々に炎が収まり始めていた。

 そして炎が完全に収まると、人の形をした黒い物体だけが残っていた。

 完全に焼き尽くしたか?

 この後、あの黒い物体を回収し、人が『アンデッド』になった原因と、急激な進化をした原因を調べる。

 やっと一段落した。

 その場にいた誰もが、そう思った。


 パキリと音がし、全員の視線が黒い物体へと向く。

 ゆっくりと、黒い物体が立ち上がり、表面の黒く炭化した皮膚が罅割れてボロボロと落ちていく。

 その下からは、剥き出しの筋肉が見えるのだがその色は灰色。


「嘘だろ……」


「マジかよ」


 イクスとナグリが呟くが、極大魔術に耐えられるなんて、有り得ない防御力だ。

 しかも、これまでの事を考えれば、同じ魔術ではもう倒せない。


「マルクス、確認だが……」


「無理です。 あれ以上ともなると、それこそ団長を呼んで、王都の半分は諦める必要があります」


 王都の半分を諦めるというのは、使用した魔術による余波で壊滅するという意味だろう。

 しかし、あの火の極大魔術以上の威力で、それ程の被害が出る余波か……

 無理だな。


「……止むを得ないか……マルクス、アイツはまだ王都にいるんだよな?」


「今から魔女様を呼ぶのですか? それでは時間が掛かり過ぎて……」


「俺が切り札を使う。 ただ、その余波で少し面倒な事になる。 それの対処を頼んでおいて欲しい」


 本当なら、アイツとは『念話』に近い通信が出来るんだが、バーラードが『屍者』になった時に緊急で話そうとしたが、全く通じなかった。

 恐らく、結界で覆われて通じない所にいるんだろう。

 何より、は使いたくないんだが、この短時間で極大魔術にすら耐える様な状態になって、この速度で更に進化される可能性がある以上、猶予は無いだろう。

 しかし、コレを使ったら此処まで隠していたに気付かれて、余計に面倒な事になる可能性があるが仕方無い。


「切り札ですか、それに面倒な事とは?」


「……恐らく、王都を守る結界が砕ける」


「それは……」


「だから、本当なら使いたくないんだよ。 だが、は一度受けた傷に対して、完全な耐性を得る様だ。 つまり、もう火の極大魔術でも倒せない」


 俺がそう言うと、マルクスが考え込む。

 恐らく、バーラードを倒す事と、それによって受ける被害を考えているのだろうが、このままだとバーラードは際限無く強くなっていく。

 もし、此処で倒さなければ、文字通り、バーンガイアと言う国そのものが壊滅する。


「………分かりました。 それでは、私達は何をすれば?」


「簡単だ。 被害を抑える為に『岩の壁』で壁を作った後は離れておいてくれ」


 そう言った後、完全に立ち上がったバーラードから、明らかに人の声では無い叫びが上げられた。

 もう、人間としての意識すら完全に失い、完全に魔物になったのだろう。

 後でアイツから苦情も来るだろうが、今は、魔物になったバーラードを片付けるのが優先だ。

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