第326話




 王都の一角で、巨大な氷の塊が出現すれば嫌でも目立つ。

 そこにいるのが、本来は存在しない筈の『アンデッド』であるなら尚更だ。

 逃げ遅れた住民を魔法師団の面々が保護し、その『アンデッド』に対峙しているのは、その魔法師団の副団長と、黒髪の青年にくすんだ金髪の中年男。

 そこには『ブラックウルフ』もいるが、『アンデッド』の放つ魔術によって近付けずにいる。


「がァぁッ! 邪魔だジャ魔だジャマだぁぁァアっ!」


 叫びながら生成した魔術の土槍が中年男性に迫るが、それを危なげなく回避し、回避する瞬間に短剣を数本投げてるが、『アンデッド』に当たる前に杖で払い落されている。

 その隙を見逃さず、近付いた青年が剣を振ろうとしたが、瞬時に下がった瞬間、地面が隆起して槍の様になり先程まで青年がいた場所を貫通した。

 その土槍を、副団長の魔術が砕き、ブラックウルフが飛び込んで体当たりをしようとするが、まるで透明な壁に邪魔されたかのように弾き飛ばされた。


「なんつう強さだよ」


 中年男性が呟くが、これは『アンデッド』が強いというだけは無く、住民の避難が終わっていない為、副団長を含めて、全員が全力を出せない事も理由の一つだ。

 特に、青年は『アンデッド』の放つ魔術から、住民を守ってもいる為に殆ど攻撃に参加出来ていない。

 魔法師団の団員達が住民保護の為に動いているが、『アンデッド』の魔術を全て防げる程は強く無い。

 だが、完全に攻撃出来ない程では無く、その僅かな隙を見逃さずに青年が攻撃をしようとしても、広範囲を巻き込む様な魔術を使って妨害している。


「流石、元教師だな。 近接対策はバッチリか」


 青年が呟くが、魔術師にとって剣士と言った近接職と言うのは、絶好のカモだが、接近されてしまえば身を守る手段が乏しく、如何にして近寄らせないかを考えなければならない。

 しかし、それでも接近される事はある為、そう言った事態に対して、実力者は必ず対策を講じており、その一つが魔術師を中心にして、広範囲を破壊する魔術を予め仕込んでおいて発動させるという戦術だ。

 これは一見すると地味だが、近接対策としては効果的であり、これによって下手に近付く事が出来なくなっている。


「副団長! 住民の避難完了しました!」


「よし! 逃げられぬ様に『壁』を作り、大至急応援の要請を!」


 住民の避難を完了した事を聞き、副団長が指示を出すが、これにより事態が動く。

 そう、今まで青年の動きを制限していたが無くなったのだ。

 その報告を受けたのと同時に、一瞬で接近した青年が、足元の魔術が発動するより早く『アンデッド』の右腕を切り飛ばした。

 それだけでは無く、魔術を回避する為に下がる瞬間、その上半身を蹴り飛ばして吹っ飛ばす。


「ナグリ」


「言われるまでもねぇっすよ!」


 蹴り飛ばされた先には、剣を構えた中年男性。

 『アンデッド』が体勢を立て直す前に、その剣が付き出されて、グサリとその頭部を後頭部から貫通した。

 そして、そのまま剣を捩じって頭蓋を破壊し、その剣を手放して『アンデッド』から離れると、『アンデッド』は額から剣の刃を生やし、力なくそのまま地面へと倒れ込んだ。


「これでどうっすかね、一応、教会の売ってる『聖水』を使ったんすけど……」


「効果はあるって話だが……教会が言ってる事だからな」


 中年男性が予備と思われる剣を取り出しながら呟くと、青年がそれを見ながら嫌そうに言う。

 そこに副団長がやってくると、倒れている『アンデッド』を見た。


「まだです! !」


 その言葉を聞いた瞬間、青年が一足で『アンデッド』に近付き、その胸に剣を突き立てようとしたが、『アンデッド』を守る様に周囲の土が隆起して壁となり、青年の剣を防ぎ、弾き飛ばした。

 空中で態勢を立て直した青年が着地すると、『アンデッド』が倒れていた場所には、土で出来た棺の様な物が直立しており、禍々しい紫色の煙が漏れ出ていた。


「ぅ……酷ぇ臭い……」


「……本当にどうなってやがる、こんな短時間で『不死者イモータル』から更に進化するだと?」


「不味いですね、『不死者』の上と言う事は……」


「あぁ、『劣化吸血鬼レッサーヴァンパイア』か、『屍者コープサー』のどっちかだ」


 『屍者』と言うのは、『吸血鬼』の様に特定の条件を満たすと、自分の命令に従う『眷属』を作り出せる事が出来る厄介な魔物だ。

 その見た目だけは人に近いが、全身の肌が黒くなり目は血走り、常に飢餓で血肉に飢えて動き回るという危険な習性がある。

 魔術を使う様な事が出来ない代わりに、その力と耐魔性は凄まじく、大きな街を一つ壊滅させ、討伐に来た冒険者や国の軍を壊滅させた後、街一つを消し飛ばすような大魔術にも耐えたという伝説がある。

 眷属の作り方も特殊で、自身の血肉を相手に喰わせて消化吸収する事で、喰った相手は眷属になるが、その前に吐き出したりすれば防ぐ事が出来る。

 『劣化吸血鬼』は言うまでも無く、『吸血鬼』の劣化版であり、確かに一般人や新兵からしてみれば脅威だが、歴戦の兵や騎士団からすればそこまで強くは無い。

 もし、この棺から現れるのが『劣化吸血鬼』であれば、此処にいる面々なら対処が出来る。

 だが、『屍者』であれば、かなり面倒な事になる。

 と言うのも、『屍者』は特定の魔術以外では、ほぼ討伐する事が出来ない。


「一応確認だが、誰か強力な火魔術を使えるのはいるか?」


「……王都の中で使用すれば酷い事になると判断して、今回は……」


「俺っちもそこまで強いのは……」


 三人がそう言っていると、棺の正面がまるで腐り落ちるかのように、黒く変色してボロボロと崩れていった。

 そして、その中から現れたのは、ズタボロになった服を身に纏い、額に刺さっていた筈の剣を握り締め、悠然と歩いているの男。


「凄い……まるで、生まれ変わったかのようだ……しかし、アレだな……」


 その眼が、周囲にいた全員を舐め回すかのようにグルリと見回す。


「…………」


「なっ!?」


 そうポツリと呟いた後、一番近くにいた魔術師に向かって跳ぶと、その早さに反応出来なかった魔術師を通り過ぎる。

 だが、日頃からの訓練で咄嗟に身体を丸め、人体の急所となる首や大血管がある場所を守った。


「ギャァァァッ!?」


 結果、魔術師はその左肩を抉り取られただけで、致命傷とはならなかった。

 着地した男は、その口をモゴモゴと動かしているが、その顎の周りには赤い血がべっとりと付いている。


「ふむ、人肉と言うのは始めて食べたが、存外、不味くは無いものだな」


 その場にいた全員が戦慄した。

 この相手は、『自分達人間としか見ていない』。


「最悪の方の予想が当たったか……応援が来るまでは?」


「最低でも1時間は掛かるかと……」


「スー……逃げて良いっすかね?」


「駄目に決まってるだろ、しかし、1時間か……」


 青年が剣を構えて、一瞬で男の背後に回り込んで近付くと、そのままその首筋を薙ぐ様に一閃した。

 だが、その剣が首に当たった瞬間、バギンと音が響いて触れた部分から剣身が砕け散った。

 それでやっと攻撃された事に気が付いたのか、男が回蹴りを放つと、青年は剣の柄を当ててその反動で離れた。


「ククク、今何かしたかね?」


「……コイツ相手に1時間か」


 青年が折れた剣を放り捨てる。


「コレなら逃げる必要などない。 この力で、私を認めなかった者共に思い知らせてやるのだぁぁぁっ!」


 男がそう叫ぶ。

 その様子を見て、溜息交じりに青年は新しい剣を取り出して構えた。











~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


-『屍者』って、ぶっちゃけどのくらい強いの?-


-『屍者』は簡単に言ってしまえば、ステータスを身体能力に全振りした『超脳筋』で、その結果、防御能力も非常に高く、魔術の攻撃を受けてもその防御力で防ぎ、凄まじい速度で回復していく事が出来るのですが、これには唯一デメリットがあります-


-デメリット?-


-当たり前ですが、そんな回復速度を実現するには消費カロリーが人間ベースで言えば、数百倍なんてレベルでは追い付かないくらい激しいんですよ。 なので、通常は常に何かを摂取しないとあっという間に餓死します-


-それじゃ待ってるだけでも倒せるってワケ?-


-いえ、此処で問題になるのが『体内のマナ』の存在です。 『屍者』は栄養の代わりにマナを溜め込む事で、栄養の消費を押さえていますので、今回の場合で言えば……-


-『渇望の指輪』でトンデモない量のマナを手に入れちゃったワケだから、時間経過じゃ死なない?-


-そうなりますね-


-そんなバケモノどうやって倒すのよ。 窒息とか?-


-窒息は『アンデッド』ですから無理でしょうね。 一応、通常の対処法であれば、強力な火魔術とかで常に焼き続ければ、そのダメージの回復にマナを使い続ける事になるので、倒せない事は無いんですよ-


-それって、普通の魔術師のマナの量で、アレを削り切れるの?-


-さぁ? それに、今回は『指輪』の影響で変化しましたので、通常の『屍者』と違いまして……-


-違いって?-


-まぁそれは追々……-

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