第325話
白く凍り付いた大津波を軽く叩くとサラサラと崩れ、その向こうでは、唖然としているバーラードの姿。
確かに、並の魔術師であれば『タイダル・ウェイヴ』なんて受けたら、押し流されてしまうだろうが、私からすれば『タイダル・ウェイヴ』程度、凍らせてしまえば良いだけだ。
寧ろ、このくらい出来なければ、近衛魔法師団の副団長なんてやれない。
それに団長であれば、見ないでも防ぐ事くらい訳も無いだろう。
「ば、馬鹿な……」
「さて、まだ続けますか? 今ならまだ……」
「ふざけるな! 私が! この私が負けるなどあり得ない! 土よ! 集いて槍と成りて敵を穿て!『
バーラードが叫びながら短杖を構え、今度は足元の土が槍の様に鋭く尖り、此方へと迫って来るが、普通であれば横に回避するか、防げば良いだけ。
だが、此処で横に回避したり防ぐ為に弾いたりすれば、裏にいる兵達だけでは無く、弾き飛ばした先で被害が出てしまう。
ならば、この場合やるべき最適解は……
「風よ、吹いて叩き付けよ」
迫る『土の槍』を、上から『略式詠唱』を行った風の魔術で叩き潰す。
普通なら詠唱を行った魔術に対して、威力の落ちる『略式詠唱』の魔術で叩き潰すなんて事は不可能だが、私の場合、エルフの血が入っている事で、一度に大量のマナを使う事が出来る。
『詠唱』を略すと威力が落ちる所を、その大量のマナを一度に籠める事で威力を引き上げた事で可能になっている。
バーラードが諦めるかマナが尽きるまで、こうして魔術を叩き潰し続ければ良い。
ブラックウルフも此方の意図を理解しているのか、バーラードが逃げそうな離れた路地の近くで待機している。
だが、どうにも様子がおかしい。
普通なら、とっくにマナが尽きてもおかしくない程の魔術を使っているのに、一向にバーラードからの魔術が止まらない。
それ処か、徐々にだが魔術の威力が上がってきている気がする。
「何故……マナが尽きない?」
「クソクソクソ! 私の邪魔をするなぁぁぁっ!」
「っ!?」
足元から『土の槍』が突き出てくるが、先程まで一本だったのが、今度は三本に増えている。
『詠唱破棄』で風を叩き付けたが、一本しか砕けず、残りの二本は身に着けていた護符と、外套の下にある革鎧で受け止める!
我々が身に着けている革鎧は、いざという時に身を守る為、高ランクの魔物素材を使用しているから、大抵の魔術を受け止める事が出来る様になっている。
護符も攻撃に対して身を守る様に、障壁を展開する事が出来る。
『土の槍』が私の左肩と右足に当たって凄まじい衝撃を受けるが、何とか防ぎ切った。
だが、明らかに最初と比べても倍近く威力が上がっている。
今回は防げたが、この調子で強くなるとすれば、次は防ぎきれるか分からないな。
「止むを得ない……無傷で捕らえるのは諦めるしかないか」
本当なら無傷で捕らえて、直ぐに背後関係を調べたかったが、最悪、生きてさえいれば、回復させる事が出来る。
「風よ、その力で纏め撃ち抜け、『
「ウギャァァァァッ!」
撃ち出した風で作られた螺旋の矢が、バーラードの右肩を間違いなく撃ち抜き、バーラードが吹っ飛んで地面を転がる。
そう、撃ち抜いた筈だった。
だが、吹き飛んで暫く転がった後、立ち上がったバーラードの裂けた服の下に見えたのは、全くの無傷の肌。
普通、攻撃が当たれば、当たった所が赤くなったり腫れたりするが、それすら見えない。
「クソ! 何故だ何故だ何故だ! どいつもこいつも私の邪魔ばかり! ならもっとダ! もっト力があれバ!!」
バラードが叫ぶが、その内容は最早支離滅裂だ。
しかし、力があれば、なんて言っているが、日常的に努力でもしていない限り、そんな急激に強くなるなんて無い。
だが、徐々にだが、バーラードから感じ取れるマナの量が増えていくのを感じた。
本当に一体どうなっている。
「わタシが! ワたしが勝ツのだ! カって! 私ガ、シハいするのだ!」
「まさか……」
あの様子を見る限り、まさかとは思うがバーラードは禁術にでも手を出していたのか?
そして、バーラードからビキビキと音が聞こえてくる。
よく見れば、バーラードの顔には罅が入り、短杖を握っていた手が皺だらけ、と言うより骨と皮だけの様に細くなっている。
更に、その身から紫色の様な
アレではまるで……
「マルクス、アレはヤバいぞ」
今まで手を出さず、私の後方で飛び散った破片を防いでいたレイヴンが、私の横に並びながらそう言ってくる。
反対側にいたブラックウルフも、危険を感じ取ったのか、家の壁を駆け上って既にこっちに戻ってきている。
だが、レイヴンの言う通りあのバーラードは危険だ。
「えぇ、どう見ても普通じゃありませんよね……アレではまるで……」
「ウバぁァアァぁぁッ!」
バーラードの叫びは、もう言葉になっておらず、意味すら分からないが、聞くだけで心を揺さ振られる程の恐怖心が沸々と湧いてくる。
この特徴的な現象は、とある存在と対峙した時に起きるものだ。
「『アンデッド』、もしくは『
「……まだ『不死者』だな。 だが、この短時間でこうなった、と言う事は、放置すれば『
レイヴンの言う通り、理由は不明だがバーラードはこの短時間で『不死者』になった。
もし、この速度で変化を続けるなら、最強の『アンデッド』である『死の王』になる可能性が高い。
学園で出会った時は、まだ間違いなく人間だった。
しかし、今私達の目の前にいるのは、間違いなく生命の敵である『アンデッド』になったバーラード。
こうなってしまっては、住民の安全を最優先にする。
「捕縛から殲滅に変更! 魔術師隊は壁を作り、これ以上の瘴気の拡散を防げ! 騎士隊は逃げ遅れた住民の救助、レイヴンは……」
「流石に、コレは手を貸さんと駄目だろう。 だから」
レイヴンが腰の剣を引き抜いて私の前に立つと、バーラードの眼が此方を向くが、その眼は赤く染まっている。
そして、枯れ枝の様になった手で持った短杖を此方に向けた瞬間、『土の槍』が『詠唱破棄』で撃ち出された。
「後ろと細かい所は任せるぞ」
その『土の槍』に向かって、レイヴンが踏み込むと同時に剣を一閃。
一閃しただけ、私にはそう見えたが、『土の槍』は粉々に砕け散っていた。
そして、迫るレイヴンに危機感を覚えたのか、バーラードが次々と『土の槍』を撃ち出すが、その全てが斬り払われていく。
レイヴンがバーラードの目の前に到達した瞬間、レイヴンが一気に後ろに跳んだ。
その場に、黒い棘の様な物が噴き出して、レイヴンがいた所を串刺しにしていく。
そのうちの数本が、地面を滑る様に伸び、着地したレイヴンの足元から一気に伸びるが、レイヴンの剣がその全てを弾き飛ばした、と思いきや、一本だけがその死角から更に伸びてレイヴンを襲った。
私の方から助けようにも、レイヴンの身体が邪魔になってしまい、助ける事が出来ない。
だが、その棘が急に弾き飛ばされる。
トスッと音がして其方を見れば、そこには刃が欠けた短剣が刺さっていた。
アレは……
「良くやったと言いたいが、ナグリも隠れてないでさっさと手伝え。 手は一人でも多い方が良い」
「分かってますよ、旦那、ただ、俺にそんな期待しないでくださいよ?」
屋根の上から、くたびれた様子の金髪の冒険者が降りて来た。
これで、どうにかなるだろうか?
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