第323話
フンフンと鼻を鳴らし、右前足に装飾が施された銀環を付けたブラックウルフが、王都の中央通りを嗅ぎ回りながら歩いて行く。
通常、ブラックウルフなんてモンスターが王都の中を歩いていれば、人々が悲鳴を上げながら逃げ回る筈だが、ブラックウルフの姿を見ても多少驚くだけで、人々が慌てている様子は無い。
これは、右前足に付けられた銀環が、『テイマーにテイムされている証明』になっているからだ。
そのブラックウルフがやっているのは、臭いで特定の人物を探索している真っ最中だ。
ブラックウルフはある程度歩き回ると、また別の所に移動して、フンフンと臭いを嗅いでいる。
「本当に見付かるんでしょうか」
離れて見ていたマルクスがそう呟くが、俺に聞かれたって分からない。
俺達の後ろには、30人ほどの騎士や魔術師達が待機しているが、コイツ等はターゲットを発見した時に取り押さえる為に王城からやって来た連中だ。
因みに、アイツはこの場には来てはいない。
学園でターゲットの部屋にあった服から臭いを学習させ、此処まで追い掛けさせてみた。
コレで本当にターゲットを発見出来れば、王城や冒険者ギルドでも導入を考えるらしい。
「まぁ、少しは聞き込みもした方が良いだろう。 ここら辺に『転移』したのなら、隠れ家があるかして、日常的に来ていた可能性もある」
「そうですね……それでは3人一組で聞き込みをしましょう。 それでもし問題が発生した場合、空に『光弾』撃ち上げ、集合してください」
マルクスが俺の提案に頷いた後、騎士達に指示を出す。
これは、実は俺はちょっとやる事がある為、彼等を離したかったからだ。
別に知られても、良いと言えば良いんだが、面倒な事になる。
そうして、マルクス達が離れたのを確認した後、物陰に隠れて付いて来ていたナグリに近付いた。
「ナグリ、直ぐに戻って、もしも
「いくら旦那の頼みでも、それは出来ねぇと思いますよ。 そんな事したら信用問題になりますから」
ナグリが申し訳無さそうに言うが、ナグリの所属している『逃がし屋』は、金さえ払えばどんな相手であっても逃がす事を仕事にしている裏組織だ。
そんな組織が急に依頼者を逃がす事を辞めれば、信用を失って誰も利用しなくなる。
裏組織と言うのは、信用が第一だからソレは避けたいだろう。
「なら、利用しようとしたら、俺に知らせる事は出来るか?」
「……まぁ逃げた先で起きた事は、俺等の責任には出来ねぇですが……」
「それで良い。 もし利用しに来たらそれだけ教える様に手配してくれ」
ナグリが頷いてその路地裏から走り去っていく。
バーラードの奴は『転移』の魔道具を使って逃げたという話だが、ブラックウルフが反応している様子を見るに、まだ王都の何処かにいる。
そして、先程、王城襲撃犯の重要人物として手配された事で、このまま王都に潜伏するか、『逃がし屋』に接触して、王都から脱出を図るしかない。
王都の一等地には奴の屋敷があるが、サーダイン公爵の指示で先に向かった騎士達の話では、屋敷には召使やメイドがいただけで、奴自身は戻っていないらしく、戻った時の為に待機させているらしい。
こういった輩は、屋敷以外にも隠れ家を持っており、そこに隠し財産を置いている可能性が高い。
さっさと見付けなければ、王都から逃げられて非常に面倒な事になる。
フンフンと臭いを嗅いでいるブラックウルフを見ながら、俺は内心で溜息を吐いた。
学園長やマルクス達から逃げ遂せたが、隠し持っていた切り札を使ってしまった。
服の内ポケットから、黒く変色し、ボロボロになった護符を取り出し、怒りで床に叩き付ける。
この護符は、少しばかり路地に入った露店で『ガーゴイル』の材料である魔石と、召喚の魔法陣が描かれた巻物を購入した際、一緒に購入した物の一つだ。
売っていたのが獣人の小娘だったが、あの小娘曰く『もうあと一回使えば使えなくなるから格安だよ』と言われて、もしもの時の為に買ったのだが、金額はコレだけで金貨100枚もしたのだ。
その時、一緒にいくつか購入した物は、馬鹿正直に学園や屋敷に持ち帰っていたら問題になる様な物もあったので、この隠れ家に隠して置いたのが、今回は功を奏した。
ベッドを動かしてカーペットを外すと、そこには鉄の扉があり、それを開けると金貨の詰まった袋と、指輪や短杖、ポーション等が敷き詰められている。
それを全て取り出して、使う物は身に着け、使わない物は、隠し持っていた
コレだけあれば、暫くは生活には困らない筈だが、その為には此処から逃げる必要がある。
「クソッ! どうやって逃げれば……」
噂では、犯罪者であっても金さえ払えば逃がすという非合法の組織がある、と、タンルの奴から聞いた事があるが、その時は馬鹿馬鹿しい、と詳しく聞かなかった事を後悔した。
もし聞いていれば、直ぐにそこに行って金を払って逃げられたのに……
だが、こうなれば最早手段は一つしかない。
「ククク……そうだ、コレさえあれば、私が負ける事など有り得ん……」
そう呟いて、指に付けた指輪の一つを撫でる。
あの時の小娘が『ちょっと危険だけど、ちゃんと使いこなせば無類の強さを得られる指輪』と説明した指輪。
実際、この指輪を付けて、試しに普通なら木の表面を焦がす程度の威力しかない『
しかも、体内マナの消費量は変わっていないと感じたので、小娘の言う通り、この指輪を使いこなせば、魔術で私に勝てる魔術師は存在しない。
だが、一歩間違えれば危険ではあるので、隠れ家の隠し金庫に隠して置いていた訳だ。
ここの事は誰にも、それこそ家族にすら秘密にし、訪れる際も相手の認識を鈍らせる魔道具の
暗くなったら、さっさとこの王都から力尽くでも脱出する。
そう思いながら、私は魔法袋の中から酒瓶を取り出し、僅かな中身を飲み干した。
薄暗い部屋で、私は鼻歌を歌いながらボロ布で短剣を磨く。
そんな私の目の前には、多くの道具が並び、色とりどりに輝きいているけど、これ等は全て魔道具。
そして、大事な商品だ。
「フーンフーン♪ これで今日の分はお終いっと」
「イラリア、どうやら王都で騒ぎがあった様だが、何か知らないか?」
磨き終えた商売道具を片付けていたら、私の部屋にコータローがやって来てそんな事を聞いてくる。
王都で騒ぎ??
んー何かあったかなぁ……
「騒ぎってどのくらい?」
「全ての門に騎士がいて、王都の中も騎士と兵士が合同で何か探してるんだけど……」
私が出る時は別にそんな事は無かったと思うけど……
腕組みして考えた後、やっぱり心当たりはない事を伝えると、コータローも腕組みをして悩んでいる様子。
「それについて分かった事がある。 どうやら、あの王城に攻撃を仕掛けた馬鹿がいたらしい」
ロベリアさんがそう言いながら部屋に入って来る。
あの様子を見る限り、外での仕事が一段落したようだね。
「へぇ、あの王城に……何を考えているんだ?」
「さぁ? 何でも『ガーゴイル』を王城に送り込んだ上に、話を聞きにいった魔法師団の副団長達を攻撃して逃げた、という話だ」
……『ガーゴイル』?
なんか、少し前にそんな名前が付いてた魔道具を売った様な……
私が売るのは基本的に、コータローが『『迷宮』から手に入れたけどあんまり使い道がない』と、処分に困っていた魔道具だ。
なんでも、コータローの『れべるあっぷ?』とか言うのに、どうしても余分に作り出す必要があって、作ったは良いけど、処分するのは勿体無いし、かと言ってココの倉庫に仕舞っておく、と言う事も出来ない。
そんな時に、『商人』である私の出番となった。
たまーに、王都の路地裏で露店として店を構え、『心の奥底から魔道具が欲しいと思っている奴』にしか認識出来なくなるという魔道具を使って、売る相手を限定した。
当たり前だけど、売る商品もコータローが厳選した物だけ。
この時の売り上げは、基本的に外で活動する面々の生活費や雑費になっている。
「成程、犯人が逃げたから厳戒態勢になった訳だ」
「あぁ、まさか、あの学園の職員がそんな事をするなんてな」
「あ!」
ロベリアさんの言葉で、私の中である事が繋がった。
「イラリア? 何か気が付いたのか?」
「えーと、もしかしたら何ですけど……少し前に『ガーゴイル』を召喚する巻物とか売ったんですよ……」
「ふむ、その売った巻物で召喚した『ガーゴイル』が王城を襲った訳か」
「いや、イラリア……さっき『巻物とかを売った』と言っていたが、他に何を売った?」
そう聞かれて、あの時の事を思い出す。
確かー……巻物以外だと、指輪がいくつかと……
「あ、『転移』の護符を売りました!」
「『
「それから……『範囲拡大の指輪』と~……『効率上昇の指輪』だったかな」
「……『効率上昇の指輪』、私が使ってるわよ?」
ロベリアさんが手袋を外すと、中指には確かに『効率上昇の指輪』が嵌っていた。
それじゃ……私が売ったのは一体……?
「……やっばい……」
コータローが手元の板を見ながら呟いていた。
あの板、コータローがこの『迷宮』を快適にする為に作ったみたいで、色々と『迷宮』の事が分かるらしい。
「……『渇望の指輪』がリストにない……」
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