第322話
ウルフが飛べると言うのを、老人が話してくれたのじゃが、それってもしかして『フェンリル』とか言う名前ではないかのう?
『フェンリル』は『神獣』じゃから、多分、空くらいは飛べるんじゃなかろうか。
そう聞いたら、老人は首を横に振って否定しておる。
「『
「……胡散臭ぇ」
「全く、疑り深い奴だな、少し待ってろ」
兄上の言葉で老人が立ち上がると、そのまま部屋を出て行ってしまったのじゃ。
本当ならマルクス殿は早く戻りたいのじゃろうが、コレは今後の行動にも係わる事になるから、申し訳無いのじゃが付き合ってもらう。
そうして暫く待っておったら、老人が分厚い本を持って戻って来たのじゃ。
その分厚い本を机に置いたのじゃが、その本はかなり古いようで、赤い表紙が若干ボロボロになっておる。
老人はその本を慎重に開き、ページを捲って終わりの方に差し掛かった所で『あぁ、あったあった』と言いながら、そのページをワシ等の方に見せて来たのじゃ。
「この『魔獣大全』にも書かれているだろ? コイツがそうだ」
「コイツが?」
「ふむ、『幻黒狼』ですか……確かに、私も名前だけは聞いた事はありますね」
そのページには、ブラックウルフの様な見た目が描かれた一枚のイラストと、この魔獣の説明が少しだけ書かれておった。
その説明文はこうじゃ。
-その黒狼、まるで幻の様に音も無く空を駆け、闇夜に紛れて獲物を狩る狩人である-
-もし遭遇した場合、空腹ならば諦めよ、満腹ならば地に伏せよ、通り過ぎるまで息を殺し、去り行く姿を見る事無かれ-
-これは、ロッシュ地方に口伝で残されている話である-
-目撃例は限りなく少ないが、ロッシュ地方にて、夜に正体不明の魔獣による被害が出ており、過去に調査隊が編成され、一体の『幻黒狼』に遭遇して調査隊が壊滅し、その存在が明らかになった-
-目撃数、遭遇数共に少な過ぎる為、討伐難易度は不明だが高難度である事に間違いは無い-
まぁこんな感じじゃった。
ロッシュ地方と言うのは、バーンガイアの辺境の一つで、ヴェルシュ帝国に比較的近い所にある場所じゃ。
しかし、この魔獣にブラックウルフが進化する事で到達すると?
そこら辺を聞いたのじゃが、老人は『間違いない』と断言しておる。
「断言出来るのも、俺は『ハイランドウルフ』が『幻黒狼』になる瞬間を目撃したからな」
「それで良く無事でしたね」
話を聞いておったマルクス殿が言う通り、そんな瞬間を目撃していたら確実に襲って来たじゃろうが、どうやって助かったんじゃろ?
そう思っておったら、老人が何故か胸を張っておる。
「進化の瞬間を見たのは若い頃だったし、こう見えても元Sランク冒険者で仲間も組んでたからな! 一応、国内最強冒険者の一角って言われてたんだぜ。 それに、
種族が大きく変わる程の『進化』で良くある勘違いに、『進化直後から能力が跳ね上がって、いきなりフルパワーで戦える』なんて事があるんじゃが、種族が大きく変わると言うのは、新たに身体を作り変える行為であり、直後は当然ながら体力を消耗しておる。
そんな消耗しておる状態では、トンデモなく強い魔獣であっても、Sランクの冒険者チームと戦うのは面倒と考えたんじゃろうな。
その際、『幻黒狼』になった個体は空を駆けて行った事で、戦う事無く冒険者チームは助かったそうじゃ。
「成程、それなら納得じゃ」
そして、『ハイランドウルフ』と言うのは、ウルフ系の魔獣が進化で到達する魔獣の一体じゃ。
進化の派生先で、魔法を使える様に進化せずに、只管に物理に特化した進化を続けると、この『ハイランドウルフ』になると言われておる。
まぁ、その『ハイランドウルフ』も個体数が少ないので、実際にはどうなのかは分からん。
「で、空を飛べるってのはどういう事だ?」
「あぁ、まぁ飛んでるって言うか駆けるって言う方が正しいんだがな。 簡単に言えば四肢の先にマナを溜めて、それを空気中のマナに叩き付けて反動で駆けてんだ」
「それだと、空中に留まったりする事は不可能ですね」
マルクス殿の言う通り、この『幻黒狼』は空気中のマナに、自分のマナを叩き付けた際の反発で駆ける関係上、その場で滞空する事は出来ぬ。
じゃが、兄上の希望する『空を飛べる』は一応クリアしておるのう。
まぁ進化させる必要はあるが、兄上の場合、従魔にしたら徹底的に
そんな兄上の方を見れば、顎に手を当てて考え込んでおる。
「……で、本当の所はどうなんだ?」
「正直、これ以上学園であのウルフを飼育するのが難しい。 食費も馬鹿にならないし、あのウルフを管理する為に特別に飼育専門の業者を手配してるから、そっちでもかなり圧迫してる」
兄上に聞かれて、学園の裏事情をぶっちゃけおったよ、この老人。
学園は貴族や卒業生からの寄付や、研究で得た技術を国に買い取って貰う事で運営しておる。
つまり、学園は外から見ると煌びやかに見えるんじゃが、その家計は綱渡り状態じゃったりする。
これは、実験に使う器具や素材とか、消耗品が地味に高く、中には中々手に入らない物が多い為じゃ。
そんな所で、ウルフを飼育しなければならないとなれば、日々の餌代や、檻の中で不衛生にして病気になってしまうのを防ぐ為、定期的に清掃や管理をする為に、飼育専門の飼育員を雇う必要があり、その出費は相当な額になる。
「もし引き取らんかったらどうなるんじゃ?」
「まぁ、このままだと殺処分されて、毛皮やら骨やらは有効利用されるだろうな」
老人が腕組みしてそう言うが、まぁそうなるじゃろうなぁ……
人の都合で捕まって、人の都合で殺処分されると言うのは可哀想じゃが、かと言って自然に逃がすのは不可能じゃ。
「ハァ……一応、見て従う様なら考えてやる」
兄上が溜息を吐いた後、そう言って老人と一緒に部屋から出て行ったのじゃ。
おぉ、あの兄上が折れた!
そう言えば、あのウルフは兄上に飛び掛かろうとして、逆に威圧されて酷く怯えておったからのう……
流石に殺処分されると聞いたら、良心が痛んだんじゃろうか?
しかし、これで上手く兄上がブラックウルフを従魔に出来れば、逃げたバーラードの奴も追跡出来るじゃろう。
じゃが、まさか復元して術者に送り返したガーゴイルが、王城の中庭に落下するとは……
術者の元に戻った後は、王城の中庭に着地して待機する様に命令文を弄っておいたのじゃが、どうやら術者から逃げる際に発動させた『ブーストポーション』が強過ぎた様じゃな。
ガーゴイルをベヤヤがぶっ潰した後、その残骸やらカードキーは『ワシの方で処分しておこう』と言って回収し、その場からそそくさと去って、誰もいない所でガーゴイルを復元し、その時に『ブーストポーション』を施しておいたのじゃ。
ガーゴイルの胴体内部に仕込んでおいた『ブーストポーション』は、一時的にその身体能力を含む全能力を何倍も引き上げる効果があるんじゃが、ボロボロになったガーゴイルでは耐えられんと思って、量を絞って上昇量を倍程度にしていたのじゃが、それでも駄目じゃったか。
まぁこの事を知っておるのはワシ以外では、ベヤヤとバートとムッさんだけで、全員に口止めもしておいたのじゃ。
喋った所で信じてもらえんだろうけど。
そうして、ワシとマルクス殿も、部屋を出て兄上達が向かったであろう倉庫へと向かったのじゃ。
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