第321話
前にも説明したと思うが、『転移』とは目的地となる場所と自身のいる場所を入れ替える事で、離れた所に移動する事が可能になる超高等魔術じゃ。
ただし、『転移』を行うには、この星の動きを完全に理解しておる必要があり、理解せずに使った場合、『転移』が終わった瞬間に座標にズレが出て、遥か上空に放り出されるか、最悪、宇宙空間に出てしまう危険性がある。
地球であれば、時速1600キロで自転しており、太陽の周りを時速10万キロで公転し、太陽系は時速85万キロで銀河系を回り、その銀河系は時速210万キロで膨張しておると言われておる。
まぁこう言われてもピンとこないじゃろうが、銀河系の膨張を秒速に直すと大体630キロにもなるのじゃ。
つまり、このズレを考えずに『転移』を行うと、1秒後にはトンデモない場所まで離れてしまうのじゃ。
最も、コレは地球とこの異世界の星が同じと考えた場合じゃから、厳密には違うかもしれんが、一日の時間が地球と同じじゃから、同じくらいなのじゃろうと思って良いじゃろう。
じゃから、ワシでもマーカーとなる魔道具を使っての短距離転移をする以外で、長距離転移は絶対にやりたくは無いのじゃ。
偶に、自身の正確な位置を把握する事が出来るという、不可思議な能力を持った人もおるんじゃが、そう言う人でなければ、長距離転移をするのは止めた方が良いじゃろう。
多分じゃが、『
で、そんな事を気軽に出来る『転移の魔道具』があるとすれば、それは非常に拙い事になるのじゃ。
例えば、数を揃えて軍隊の兵に持たせ、全員で相手国の首都に転移すれば、それだけで相手国は陥落するじゃろうし、そうでなくとも、相手の背後に部隊を転移させて挟み撃ちにも出来る。
更に、兵を維持する為の兵站を補給する補給部隊を準備せずとも、転移で戻って補充すれば良い事になるから、いくらでも前線を伸ばせて維持も出来るのじゃ。
「コレは直ぐにバーラードを探し出して、入手経路を特定する必要がありますね」
「じゃが、この広い王都の何処におるんじゃろうな?」
バーラードのマナ波動を探知して居場所を特定出来ればとも思うが、ぶっちゃけ、コレは不可能じゃ。
よくお話の中では、『自身のマナをレーダーの様に広げて目標を探知!』と言うのが出て来るが、実際には空間に様々なマナが混ざってゴッチャゴチャで、マナをレーダーの様に広げても探知なんか出来ん。
例えるなら、薄い色が付いた紙に様々な色で小さな丸を描いて、その丸が残像を残しながらそれぞれ動き回っている状態の中から、特定の丸を探す様なものじゃ。
近くであればまぁ出来ん事も無いのじゃが、王都の何処かと言う漠然とした場所だと流石に不可能じゃ。
「取り敢えず、人海戦術で隠れられそうな場所を徹底的に調べるしか……」
「それじゃと時間がかなり掛かるじゃろうし、その間、門を閉める事も出来んじゃろ?」
「無理ですねぇ……そんな事をしたら、物流にも多大な影響が出てしまいますし、何より、転移の魔道具が回数制限ではなく、連続使用が出来ないだけであれば、全てが無駄になります」
通常、重犯罪者が王都の中に逃げて潜んだ場合、王都に繋がる門を閉めて逃げられぬ様にする事が出来るのじゃが、当然、その間は物流は止まるし、それでも出入りする商人は臨検が強化されて時間が掛かり、住民への影響が大きくなってしまう。
そして、そうしておる間に、魔道具が使える様になって再び転移されてしまった場合、いつまでもおらぬ相手を探し続ける事になってしまうのじゃ。
なので、素早く、確実にバーラードの居場所を探し出して捕まえる必要があるのじゃが、その方法が思い付かん。
まぁ最悪、ワシが『居場所を知るポーション』って言うのを作って、それで見付けてしまえば良いのじゃが、何でもかんでもワシの能力に頼るというのはなるべく避けたい。
こうしておる間にもバーラードが逃げておるから、早くせねばというのは分かるのじゃが、何とか方法を考えんと……
「何か戻って来てると聞いたから、顔を見に来たが……二人して何してるんだ?」
ガチャッと音がして部屋に入って来たのは我が兄上。
その後ろには、何時ぞやの黒いローブを着た老人も立っておるのじゃが、相変わらずその両目は閉じられておる。
何でも目が見えぬ訳では無いらしいのじゃが、どうして閉じておるのかは聞いておらんから分からん。
「兄上達か……何、どうやって素早く隠れた相手を探そうか、という相談をしておるんじゃが、兄上達は何か良い案はあるかのう?」
「……どういう条件だ?」
「んー……相手が隠れておる場所はこの王都の何処か、此方は何処に隠れておるかは分からず、門を閉めておくことも出来ぬ。 時間経過で二度と追えぬ状態になるが、人を大量に使って時間を掛けて人海戦術をする事も、それだけの人員の準備する時間が掛かり過ぎる為に出来ぬ」
そう聞いて見ると、兄上は首を傾げた後、後ろにいた老人を見ておる。
まぁ、この条件ですんなり探せたら苦労はせんのじゃが……
「それでどうやって探せってんだ」
まぁ兄上が呆れるのも頷けるのじゃ。
しかし、これをやらんと後々大変な事になるから、どうにかせんといかん。
まぁ、完全部外者の兄上に詳しい状況を教える訳にもいかんからなぁ……
そうして悩んでおったら、後ろにいた老人がポリポリと顎のあたりを掻いておる。
そう言えば、この老人は確かドリュー殿の師匠じゃったな。
何か良い案は無いじゃろうか?
「王都の中を探すだけで良いなら簡単だろ?」
「どういう事じゃ?」
「別に、クソ広い森の中とか、曲がりくねって入り組んだ洞窟とかじゃねぇんだろ? だったら丁度良いのがいるじゃねぇか」
老人が椅子を引き寄せてソレに座りながら言うのじゃが、そんな方法あったかのう?
マルクス殿と兄上も、分からんようで顔を見合わせておる。
「ブラックウルフだよ。 奴等の『鼻』は優秀でな、王都位なら特定の奴を探すくらい訳無いぞ?」
「ぁー……そう言えば、前に問題を起こしたウルフが、調査の為におるんじゃったか……」
前に学生同士の決闘で、うっかり契約を破棄してしまい、ウルフが学生を襲ってしまい、販売した店が違法性を疑われて、調査をする為に一時的に学園の中にある檻の中に入れておったのじゃが、それも終わったから新しい
まだ未契約のままおるの?
「それがなぁ……妙に契約しにくい個体らしくて、従魔師を外から呼んだんだが誰も契約出来てないんだよ。 それに事情があるとはいえ一度でも人を襲っちまったから、下手に学生に契約を結ばせるのもなぁ……」
「それは確かに。 下手に契約させてウルフが問題を起こしたら、学園の問題になるからのう」
「だが、お前等なら契約出来るだろ? それに連れてる従魔も規格外、例え問題が起きてもどうにか出来るだろ?」
まぁ、ワシなら問題が起きたとしても対処出来るし、ベヤヤやクモ吉もどうにか出来るじゃろうけど、これ以上契約するつもりは無いんじゃよね。
マルクス殿は従魔師の適性が無いので、そもそも契約が出来ぬ。
そして、兄上じゃが、従魔師の適性はあるのじゃが問題は……
「そもそも、俺が従魔にしたいのは『空を飛べる魔物』だ。 ウルフは飛べんだろう」
そうなんじゃよね……
前々から、兄上は従魔にするなら飛べる魔物にすると言っておったから、飛べぬウルフでは駄目じゃろう。
事情も説明出来ぬし、一時的にワシが契約するしかないかのう……
「ん? 飛べるぞ? まぁ進化したら、だけどな」
ワシが悩んでおったら、老人がそんな事を言いおった。
ぇ? ウルフって飛べるの?
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