第320話




 吹っ飛んで来たフレデリックとぶつかって一緒に倒れ、ベルナールは学園長の机に衝突、学園長はその衝撃で椅子から落ちて腰を打ったのか腰を押さえている。

 それを見た容疑者のバーラードが逃げようとしているが、この程度で逃げられると思うな!

 

「かの者の四肢を縛り、地に縫い止めよ! 『拘束の蔦ソーンバインド!』」


「ぬぁっ!? こ、この程度!」


 私が使った魔術で、床に使われている木材から蔦が伸び、逃げようとしたバーラードの足に絡み付く。

 この蔦は魔術で強制的に成長させた植物なので、純粋な力で引き千切るのはかなり難しい。

 当たり前だが、バーラードの力で千切れる訳も無い。

 そんな蔦がどんどんバーラードに纏わり付いて、拘束を強くしていく。

 フレデリックを何とか起こし、立ち上がってバーラードに改めて『魔封じの手錠』を嵌めようと落ちていた手錠を拾う。


「まったく……『衝撃波』の護符を仕込んでいたとは思いませんでしたよ」


「くっ……こんな所で使!」


 バーラードがそんな事を言った瞬間、バーラードの足元に魔法陣が現れる。

 魔法陣に書かれている文字は読めず、一体何の魔方陣なのか分からないが、こんな時点で使うのだから、碌な物ではないのは確かだ。

 ならば、発動前に潰すのみ。


「させません!」


「ハハハッ! もう遅」


 私が無詠唱で放った石の礫が魔法陣を破壊する瞬間、バーラードの姿が消えた。

 生み出した礫がガッと音と共に床に突き刺さり、締め上げていた蔦が一気に縮んでメキメキと音を上げる。

 これは、まさか……


「まさか『転移』!?」


「馬鹿な……バーラードは確かに腕はあるが、『転移』なんて高等魔術なんて使え無かった筈じゃ」


 ベルナールに支えられ、学園長が腰を擦りながらそう言うが、そうであったとしてもバーラードが消えたのは間違いない。

 だが、魔法陣が展開して消えるまでの時間が短かった事から、王都の外には時間的に飛べてはいない筈だ。

 しかし、バーラードは『転移』が使えたが、それを学園にも黙っていたという事か?


「マルクス様、兎に角、逃げたバーラードを探しませんと」


「そうだな、と言いたいが、『転移』だと何処に逃げたのか……」


 一番の問題は、転移先を知っているのはバーラードだけで、我々はその転移先を知らない事だ。

 つまり、バーラードを探す場合、虱潰しに調べるしかない。

 こうなっては、大量に兵を動員して大規模捜査をする事になるので、王都が大騒ぎになるが仕方無い。

 このままバーラードを放置する方が問題になる。

 取り敢えず、直ぐに戻って団長やサーダイン公爵様に報告し、緊急配備を依頼せねば……

 連れて来ていた他の兵では、報告に向かわせた所で説明出来ないだろうから、任せる訳にもいかない。


「学園長は……」


「儂の事は良い、ニカサ殿にでも頼めば直ぐに治るわぃ……それよりも、バーラードを……」


 そうは言うが、学園長の額には多量の汗が出ている事から、かなり痛みを我慢しているであろう事が分かる。

 歳もそうだが、打ち所が悪かったのだろう。

 そんな学園長を放置する訳にもいかず、戻って来たばかりのギラン殿には悪いが、頼んで治癒師のニカサ様を呼んで来てもらう間、バーラードの行動を振り返る。

 まず、一番の問題は、どうして王城を魔導生物で襲おうとしたのかと言う点だ。

 バーラードにも話したが、もし本当に王城を襲うならガーゴイルを使うより、こっそり近付いてゴーレムを召還した方が安全だし、準備にも時間が掛からない。


「全く、どうしたって……」


 そうしてニカサ様がやってくると、動けなくなっている学園長を見て察したのか、直ぐに後ろに控えさせていたカチュアと言うエルフの女性から鞄を受け取り、直ぐに学園長の診察を始めた。

 その表情は真剣そのものであり、かなり集中しているのが分かる。


「……幸い痛めただけで、骨は大丈夫さね」


「すまんのう……儂がもう少し若ければ、バーラードめに遅れを取られる事もなったろうに」


 学園長がそう言うが、『転移』されるなんて想定外の事で、あの状況では止められたかは不明だ

 だが、実力と言う点では学園長は、近衛魔法師団の団長からも『自分に匹敵する』と言われている。


「では、私は急ぎ報告に戻りますので……」


「あぁ、ちょっと待ちな」


 この場を任せても大丈夫と判断したが、ニカサ様に止められた。

 直ぐに戻って、バーラードを捕らえる為の緊急配備をしたいのだが……


「何かあったんだろう? 今、おチビちゃん達が来てるから会っていきな」


 何とあの少女が来ている?

 確か、此処での依頼が終わったから、ルーデンス領に戻ったと聞いたが戻って来た?

 しかし、あの少女は自ら魔女と名乗っているだけあって、我々の知らない事にも精通している。

 ともなれば、何か思いつく事もあるかもしれない。

 ただ、フレデリックとベルナールに先に戻ってもらって、緊急配備の手筈を整えてもらうように頼んでおいた。

 これで、私が戻るのが多少遅れても、バーラードを逃がす事にはならない筈だ。

 最も噂では、そう言った逃げられない者を逃がす事を生業としている、『逃がし屋』なる犯罪組織があるとは聞いているが、そうだったとしても近衛魔法師団の威信に掛けて絶対に逃がしはしない。




 ニカサ様に案内されたのは、教員用の待合室。

 部屋に入ると、簡素な机に椅子が数脚あるのだが、その椅子に腰掛けた白銀の髪の少女が、机の上の茶菓子を魔物の蜘蛛と一緒に食べていた。

 その姿は黒いローブ姿に天辺が尖った帽子と、まさに話に出てくるような魔女そのものだが、この少女は見た目こそ幼いが自らを魔女と名乗り、その実力と知識量は、あらゆる分野で最先端を目指す近衛魔法師団にも引けを取らない。


「お久し振りですね」


「む、マルクス殿ではないか、息災で何よりじゃが、どうして学園におるんじゃ?」


「実は、とある事件の容疑者が、証拠の物品から判断して学園に潜んでいると考え、調査の為に参りました。 ただ、犯人があまりにも間抜けで、自ら関係者しか知らない事を供述したまでは良かったのですが……」


「ですが?」


「……逃げられました」


 少女と軽く挨拶を交わし、少女の疑問に包み隠さず簡潔に答える。

 この少女の場合、下手に隠し立てをして、後でそれが発覚してこの国から出て行かれたら目も当てられない。

 時系列順に事の経緯も説明し、大人数でやって来て、それが原因で犯人に気が付かれて逃げられない様に最低人数で来ている事も伝えた後、最終的に我々が犯人を逃がした事を聞いて、少女は少々驚いている様子。 


「近衛魔法師団の副団長と兵士、更には学園長までいて逃げられるとは、あ奴バーラードは相当に実力がある、と言う訳じゃな?」


「どうやら、バーラードは『転移』を使える様です。 ただ、長距離転移は成功例が少なく、我々でも使える者はいませんので、出来て精々学園から出ても王都を超える事は出来ないと思います」


 その言葉に、少女が考え込んでいる。

 そして、何かに気が付いた様だ。


「あ奴は、確か『こんな所で使いたくなかった』と言っておったんじゃな?」


「えぇ、それは間違いない事ですが……」


「まず、ワシの考えから言うと、あ奴の実力はどう考えても『転移』を使える様な技量では無い。 もし仮に使えたのであれば、学園になど所属せずにでも、直ぐに頭角を現しておった筈じゃ。 それこそ、近衛魔法師団でも採用したじゃろう」


 少女の言う通り、『転移』を使えるのであれば、王城も引き抜きをしようとするだろうし、団長辺りは自ら話を聞きに来ようとするだろう。

 だが、そんな話は出ていない。


「つまり?」


「ズバリ、あ奴は時期は分からぬが、何処かで『転移の魔道具』を手に入れ、今回はそれを使った、と言う訳じゃ。 ただ、言葉から考えるに、恐らく回数制限があるか、連続使用が出来ぬという感じなのじゃろう」


 少女がそう言って、机の蜘蛛に茶菓子を一つ割って渡した。

 成程、『転移の魔道具』……


「……それは、かなり拙い事では?」


「うむ、めっちゃ拙いのう」

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