第317話




 王都近くにある森の中、そこにあるボロボロになった小屋の中で待っていると、遠くの空から此方に向かって何かが飛んでくるのが見えた。

 作った魔導生物が目的を達し、此方に接近を知らせる魔道具が震えた事で、処分する為に『用事が出来た』として此処に来て待っていたのだ。

 この小屋は、森の中で活動する冒険者共が一時的に利用する以外に、樵や採取の為に作られた物だが、今では利用する者もおらず、半ば朽ち果てかけていた。

 一時的な隠れ家としては申し分無い。

 そして、飛んできた魔導生物だが、かなりボロボロで、右腕は肩の辺りから無くなり、持たせた槍も紛失していた事から、あの小娘は相当抵抗した様だが、戻って来たという事は大怪我をさせたか、最悪、死んだ筈だ。


「よし、後はコイツを処分すれば……」


 地面に降り立った魔導生物に近付くと、何やら様子が可笑しい。

 その魔導生物は私の方を見た後、その視線が別の方に向く。


「グギャァッ!」


「何!?」


 近付いて手を翳し、処分しようとした瞬間、私の手を払い除け、いきなり空へと再び飛び上がる。

 慌てて魔術を放って撃ち落とそうとするが、私の魔術を全て掻い潜り、魔導生物はそのまま王都の方角へと飛び去って行く。

 あんな機動性を持たせた覚えは無いぞ!?

 まさか、暴走状態になり制御を離れただけではなく、性能まで上がってしまったのだろうか。

 その後も何発か魔術を撃つが、全て回避されてしまった。

 王都を飛び去れば問題は無いが、もし王都の中で暴れたら大変な事になる。

 飛び去った魔導生物を追って、私も森の中を走らされる羽目になった。

 一体何処に向かっているというのだ!




 その日、王城にある尖塔の一つで監視をしていた兵から、何かが王都の外から飛来して来た事を知らせる鐘の音が響き、それに合わせて兵達と騎士達が警戒の為に、王都の中を奔走していた。

 飛来しているモノが距離がある為に、詳しい正体は不明だが、飛んで来ている事から、近衛魔法師団にも声が掛かり、ローブ姿の魔術師達も塀の上に並ぶが、この時点での魔術攻撃は行わない。

 もし此処で魔術を放てば、魔術が外れた際にそのまま王都の中に落ちる事になり、大被害を引き起こす事になる。

 放つのであれば、確実に当たる距離になった時か、団長達からの許可が出た場合だけだ。

 一応、待機状態で杖を構えて準備はしておくが、どう判断するのかは分からない。


「飛来しているのはガーゴイル! 各員、戦闘準備!」


 副師団長マルクスが、声を上げて、飛来して来た存在を知らせると、それに合わせて魔術師達が杖を構え直した。

 ガーゴイルは迷宮でも出現するが、魔術師が作る事の出来る魔導生物であり、明確な目的を持たせて作られる。

 そんなモノが、王城の方角に飛来するとは、指名手配されて国に恨みでもある製作者が作ったのだろうか?

 兵の一人がそんな事を考えていると、ガーゴイルが更に上昇し、魔術でも狙うのが難しい高さにまで飛び上がっていた。

 そして、ガーゴイルが王城の頭上を旋回していると、急に力を失ったかのように羽ばたきを止め、王城へと落ちてき始めた。


「全員警戒! 魔術師は直ぐに放てる準備! 騎士は人員の防衛! 兵は盾構え!」


 マルクスの指示で、兵達が身の丈もある大盾を構えて並び、騎士達は王城に勤めている文官達を守る様に前に立って盾を構え、魔術師達が落ちて来るガーゴイルに狙いを定める。


「む、全員、そこまで警戒せんでも良い。 ありゃ


 そんな事を言ったのは、近衛魔法師団の現団長であるトレバー老。

 珍しく今回は現場に出ており、魔術師達がもし失敗した時の為に、杖をこっそりと構えていたのだが、落ちてきているガーゴイルの姿を見て、もう既に息絶えている事を確信し、その場にいた兵達に指示を出す。

 そして、ガーゴイルが王城の中庭に『ゴシャッ!』と音を立てて落下した。

 落下の衝撃で、ガーゴイルの首は本来は有り得ない方向に完全に折れ曲がり、その全身はグシャグシャに変形している。

 そんな落ちたガーゴイルに、盾を構えた兵の一人が近付き、長柄の槍を使って完全に死んでいるのかを確認しようとすると、槍の切っ先がガーゴイルに刺さった瞬間、ガーゴイルの全身がボロボロと崩れていき、その場には変色した土塊と、薄い何かが残された。

 警戒を保ったまま、兵士がそれを拾い上げた後、トレバー老にそれを手渡す。


「御苦労、全員、通常業務に戻れ、ただし、第4、第5部隊はガーゴイルが飛来した方角を調査せよ。 儂はコレを調べてみる」


「何かの魔道具にも見えますが……いや、コレは……」


 指示を出したトレバー老が持つソレを見て、マルクスが何かに気が付いた様で、顎に手を当てて考え込む。

 そして、直ぐに別の兵士に対して何かの指示を出していた。


「マルクスよ、何に気が付いたのだ?」


「……コレと似たようなモノを以前見た事がありまして、その確認を」


 しばらくして、マルクスから指示を受けていた兵士が、一人の男を連れて戻って来た。

 若干腹が出ているが、体格的にはそこそこがっしりとした男。

 それが、いきなり王城に呼ばれたので、かなりビクビクしていた。




 俺の名前は『ジェイソン』。

 この国バーンガイアで代々、魔道具を作る仕事を生業としている魔道具師だ。

 今日はそんな俺の元に、いきなり王城の兵士がやって来て、大至急王城に来る様にと言われ、『まさか知らないうちに俺は何かやっちまったのか!?』と戦々恐々しながら王城にやって来た。

 中庭に通されると、そこにいたのは、近衛魔法師団の副師団長であるマルクス様。

 まぁ中庭には他にも大勢の兵がいて、何かを片付けていたが、さっきの鐘の音と関係があるんだろうか?

 そうしていたら、マルクス様が何かを俺に見せて来た。


「……これは……」


「貴殿に見覚えは無いだろうか? 多分、貴殿の所の製品だと思うのだが」


「は、はい、コレは確かにウチの製品です。 ですが、王城には収めていない筈なんですが……」


 マルクス様から見せられたのは、少し前からウチで取り扱っている特殊な『魔導錠』の『鍵』だった。

 この『魔導錠』は、登録したマナ波動にのみ反応する様になっており、それ以外では開錠する事が出来ない特殊な物で、俺が開発した物だ。

 当然、まだ世には出回っていないし、収めている所も限られているが、王城にはまだ収めてはいない。


「以前、貴殿の所に用事があって行った際、コレと似た物を見た記憶がありまして、もしかしたら、と」


「特定のマナ波動にのみ反応するというのは、中々に面白い発想じゃな。 王城にも導入したいのだが、この大きさでどのくらい効果が持続するのだ? どのくらいまで小さく出来るのだ? 本当に他のマナ波動では開錠出来ぬのか?」


「……団長、大事な話ですから少し黙っていてください」


 トレバー様から質問攻めにされそうになったら、マルクス様がそう言って押さえてくれた。

 ……なんか、トレバー様が恨めしそうに俺の方を見ているが、俺如きがマルクス様に逆らえないので、大人しくしている。


「では、単刀直入に聞きますが、コレを収めている場所を教えて頂きたい。 商人にとって顧客の情報を他人に教えるのは問題でしょうが、相手は国家への襲撃を行った疑惑がありますので、黙っていると貴殿も拘束しなければならなくなります」


 そう言われて、震え上がる。

 本当なら、顧客の情報は王家であっても喋ってしまえば、信用を失う事になるが、そんな事を言われてしまえば従うしかないだろう。

 それに、今回は国家への反逆も考えられるから、流石に協力しない訳にもいかない。

 もう一度、マルクス様に見せてもらった鍵型魔道具を見せてもらう。

 俺が作ったモノだが、いくつか新しくして交換したりもしているから、もしかしたら最初期の物が盗まれたのかもしれない。


 ……あれ、この鍵ってあそこでつい最近交換したばかりの最新型の一つ前の物じゃないか?

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