第313話




 その日、俺達に知らされたのは、リリー先生がドリュー先生が帰って来た事で、近々学園を去る事になったという話だった。

 元々、臨時としてやってきたリリー先生がいずれ帰る事は分かっていたが、まだ学園にいるものと思っていたから、その話を聞いた時は衝撃だった。

 一応、ドリュー先生がリリー先生から引き継ぎをしたから大丈夫と言っていたが、それでも、やはりリリー先生の方が遥かに魔術に詳しい。

 特に、新しい魔術として紹介された3つの魔術は、今まで聞いた事の無い魔術だった。

 重力?とか言う自然現象を利用した空間魔術らしいけど、最初聞いた時はサッパリ分からなかった。


「まぁ言われただけでは分からんじゃろうなぁ……そうじゃ、これなら分かるじゃろ」


 そう言われて、リリー先生が取り出したのは1個のリンゴ。

 それを手放したら、リンゴが床に落ちるのは当たり前だが、床にぶつかる前にリリー先生が浮かせて回収していた。


「何故、このリンゴが地面に落ちたのか、それは、このワシ等が立っておる地面、簡単に言えば星じゃが、それ自体に『引力』と言う『物体を引き付ける力』が働いておるからじゃ」


 リリー先生が説明してくれたが、難し過ぎてよく分からなかったが、つまり、空間魔術で空間そのものを引き寄せたり、圧縮したりするのが、この新しい魔術の原理らしい。

 この3つの魔術を完全に理解して使いこなせる様になれば、リリー先生が一度だけ見せてくれた『グラビトン・レールガン』とか言う、凄まじい威力の魔法を使える足掛かりになるらしい。

 この空間魔術の威力は俺達の体内の魔術属性に左右されないから、使える様になれば将来的にも安泰だろう。

 まぁ凄く難しかったけど。


 最初、基本になる『グラビティ・フィールド』を作って物を浮かせて、『重力』がどういう物か分かる様にしようとしたが、これが難しい。

 リリー先生が黒板に書いた魔法陣を描き写し、魔法陣にマナを流し込んで、起動した魔法陣の上にペンを置くとペンが浮かんだので、『コレは簡単に出来るのでは』とヴァル達と喜んでいたが、魔法陣を覚えて使おうとすると、ペンが凄い勢いでどこかに飛んでいく。

 リリー先生が言うには、『魔法陣の浮かせる部分をしっかりイメージ出来ておらん』と言われ、全員で練習を繰り返している。

 ドリュー先生は、いつの間にかリリー先生並に使いこなしているし、今ではリリー先生みたいに自分を浮かせて移動出来る様になっていた。

 ただ、この魔術を教えて貰う初日、ドリュー先生の眼が死んでいたのが気になるが、それを聞いても答えてはくれないだろう。

 この魔術をリリー先生が帰る前に、最低限でも使える様にしたいと思うのは全員同じなのか、時間を見付けては練習をしている。

 そうして、1週間くらいで全員が物を自在に浮かべる事が出来る様になり、向きを逆に使えば自分の周りに、地面に押し付ける領域を作る事が出来る様になる。

 そして、全員が『グラビティ・フィールド』が使えるようになったので、今度は『グラビティ・シールド』と言う空間を圧縮した『盾』を作る魔術の練習を始める。

 この『盾』は、簡単に言ったら、見た目は薄い板だが、その板は長大な距離を圧縮した物。

 つまり、見た目は直ぐに割れそうなほど薄いが、実際には凄まじい距離を進むのと同じ事になる。

 リリー先生の場合、見た目は本当に薄い板だけど、実際はバーンガイアの領土の端から端くらいまでの空間を圧縮しているらしい。

 しかも、今は眼に見える様に色を付けているけど、実際には無色透明。

 だから相手から察知しにくく、何よりどんな攻撃に対しても有効。

 欠点は、展開する際のマナの消費量がかなり多い事と、その範囲が狭い事。

 リリー先生は広範囲をカバー出来るが、俺達くらいのマナの量だとラージシールドくらいの大きさが限界だ。

 そして、空間を圧縮する方法だが、『イメージするのはコレじゃ』と出されたのは一本の棒。

 棒を空間に見立てて、その棒を伸ばしたり縮めたりするイメージだと言われ、その通りにやって、1週間くらいで出来る様になった。

 出来ると言っても、全校生徒が入れる大講堂くらいの距離を、なんとか圧縮するのがやっとだったけど。

 そして、最後の魔術である『グラビティ・ボム』。

 コレに関しては、リリー先生から『無暗に使わない様に』と言われ、その威力を見せてもらって、その言葉の意味を理解した。

 王都から外に出て、『コレが良いか』と言われたのは森の手前にあった木。

 サイズ的にはそこまで巨木と言う訳ではないけど、大の大人でも切り倒すのには1日は掛かるくらいのサイズ。

 リリー先生がその根元に『グラビティ・ボム』を仕掛け、かなり離れた所に移動してから起爆させた。

 瞬間、凄まじい轟音と共に木が吹き飛んだだけじゃなく、地面が大きく抉れていた。

 リリー先生が言うには、あの木の根元に仕掛けた『グラビティ・ボム』は、いつも使っている小さな教室程度の空間を圧縮しただけなのに、その威力は木を吹き飛ばしただけじゃなく、その地面にも大きなクレーターが出来ていた。

 こうなった理由は単純で、圧縮した空間が一気に元に戻る事で、周囲の空間を一瞬で押し退ける事になり、まるで巨大な爆発が起きた様になるからだ。

 もし、アレが人体に直撃していたら、人体なんて一溜りもなく粉々になっているだろう。

 リリー先生が無暗に使わない様にと言っていたのも理解出来た。

 これは『グラビティ・シールド』の空間圧縮を使える様になっていたから、比較的簡単に使えるようになった。

 使えると言っても、一抱え位の空間を圧縮しただけで、それ以上は流石に威力が高くなり過ぎるから、全員自重した。

 それと、リリー先生は敢えて言わなかったんだろうが、リリー先生がその気になれば、この国を一発で消し去れる。

 『グラビティ・ボム』は『グラビティ・シールド』と比べても、かなり簡単なのだ。

 なにせ、『盾』と違って動かす必要が無い。

 そして、リリー先生の『盾』は、この国の国土の端から端とほぼ同じ距離を圧縮出来る。

 あの小さな教室と同じくらいの空間を圧縮して、あの威力になるのに、国土と同じくらいの空間が圧縮されたら、その破壊力は想像を絶するものになるだろう。

 まぁ、リリー先生がそう簡単にやるとは思えないが、あまりに危険だから、俺達もこの魔術だけは無暗に使って広めない様にする事にした。

 当然、ドリュー先生も同意してくれた。

 ただ、その際に『……あんなの世界の終わりですからね……』なんて言ってたけど。

 まるで見た事があるみたいだけど、俺達が無事なんだから、多分、ドリュー先生は想像したんだろうな。




 いやぁ、最初は落ちこぼれと聞いておったが、この子達は寧ろ天才じゃな。

 ワシが開発した『重力魔法』と『重力魔術』を理解するには、それなりに科学知識が無ければ理解出来ず、自由に発動出来る様になるまで相当に時間が掛かった筈じゃ。

 実際、引継ぎを行ったドリュー殿は、ワシの作った特殊停滞空間で、切っ掛けとなる発動まで数ヶ月掛かったのじゃ。

 それが一週間とは、相当に頭が良い。

 後は研鑚を積み、自由自在に使える様になれば、いずれ『グラビトン・レールガン』に辿り着けるじゃろう。


「ガゥァー(それじゃ出発するぞー)」


「うむ、少し名残惜しいが『シャナル』に向けて出発なのじゃ!」


 ワシの合図で、特製馬車をベヤヤが引いて動き始める。

 この特製馬車は、ムッさん達『重魔機部隊』で運用する予定の、『移動拠点』兼『整備工場』じゃ。

 王都から去る際、一応王城に向かってムッさん達を、正式にとして引き受ける書類を貰い、紋章とかもワシの独断で決定して提出しておいた。

 ムッさん達『重魔機部隊』の紋章は、右腕のガントレットの後ろに鋸とハンマーを×印に組み合わせた物。

 後で仕立て屋に依頼して、正式な制服も作る予定じゃ。

 まぁこの紋章はムッさんからは不評じゃが、重犯罪奴隷なのに国の正式兵士になるという異例の抜擢じゃから、今後の活動も考えねばならん。

 もし、これでムッさんが悪事を働いたり、住民からの不評を買う様な行為を繰り返したりしたら、ムッさんを認めた王様にも迷惑が掛かる。

 まぁ今のムッさんがするとは思えんのじゃが、注意しなければならんのう。


 因みに、この馬車の中には、ワシとムッさん以外にバートが乗っておる。

 カチュア殿は引き続きニカサ殿の所で補佐をする事になり、ノエル殿も兄上の依頼の関係で残る事になっておる。

 兄上の依頼が終われば、兄上共々『シャナル』に戻る予定じゃが、どのくらい掛かるかのう。

 そんな事を考えておったら、ちらちらと白い物が空から降って来た。

 ふむ、随分と冷えると思ったが、雪まで降って来たか。

 まぁベヤヤは問題無いし、馬車の中は冷暖房の魔道具を付けておいたから問題無いのじゃ。


 そうして、馬車はうっすらと積もった雪道を、ベヤヤに引かれて進み続けた。

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