第312話




 木箱から取り出された道具類は、組み立て済みの物もあれば、パーツ毎に分割された物もあり、組み立てる必要があるのじゃが、説明書は紛失しておる。

 なので、その形状から予想して組み立てる必要があるのじゃが、それぞれの穴に番号が振り分けられていたからなんとなく分かるのじゃ。


「これは……椅子でしょうか? でも、どうして車輪が付いているんですかね?」


 それで出来上がったのは、何と『車椅子』じゃが、エドガー殿達も初めて見る物じゃから、どういう意図があるのか分からんじゃろう。

 車椅子の主な目的は、足等を怪我して移動する能力に困難が生じた際、そう言った機能を補う目的で誕生した補助具なのじゃが、この異世界では、怪我をすればポーションを使ったり、場合によっては魔術での回復促進を行えば良いから、こういった補助具の進化は遅れておる。

 まぁ、それ以外にも問題があるんじゃけど、美樹殿はそこら辺を割り切ったんじゃろう。


「これは車椅子という物で、ここに人を座らせて、他の者が押したり、座った者が自分で車輪を動かして移動する事が出来るんじゃが……」


「ふむ、便利そうではありますが、建物の中くらいでしか使えないのでは?」


「まぁ、そうじゃのう」


 エドガー殿の指摘通り、この車椅子を使う事が出来るのは建物内か、余程整備されておる場所でしか使えんじゃろう。

 これは、車椅子と言うより、異世界の地面事情が関係しておる。

 この王都であっても、地面が石畳なのは貴族が住む『貴族街』くらいで、主要な道路は土が踏み固められた所が多く、かなりデコボコしておる。

 当然、外では整地されている場所は皆無で、車椅子の車輪程度で進むのはほぼ不可能じゃ。

 そんな所で車椅子を使うのであれば、背負ったり、担架を使った方が遥かに早く移動出来る。

 『シャナル』であれば、住んでおるドワーフ達によって、街中はほぼ全て石畳になり、車椅子でも移動可能になっておるから、気にはならなかったのじゃろう。

 そこら辺をエドガー殿に説明し、他の道具も組み立てるのじゃが、中にはワシにも分からん道具があった。

 それは、一枚の金属板の互いの面に魔法陣が刻まれ、下部の部分に魔石が配置された細長い木箱。

 サイズ的には2リットルの角型ペットボトル程度の長方形なんじゃが、上の部分には穴が開いており、箱の側面には二つのスイッチがあるのじゃが、押しても反応が無い。

 エドガー殿に許可を取り、木箱を分解すると、金属板と魔石に繋がる配線の一部が外れておったので、所謂ハンダ付けが不十分で、輸送中の振動で外れてしまっておったのじゃろう。

 それを繋ぎ直し、箱をもう一度作り直してスイッチを押すと、上部の穴から生暖かい空気が出て来たので、次は逆のスイッチを押すと、今度は若干冷えた空気が出て来たのじゃ。

 成程、コレは温風と冷風が出る送風機と言う感じなんじゃな。

 風力が弱いのは、魔石のサイズが小さいとかではなく、意図的なものじゃろう。

 恐らく、これを部屋の隅にでも置いて、冬は温風、夏は冷風を出し続け、比較的楽に過ごしやすくしようと考えておるんじゃろう。

 この弱い風量であれば、起動しっぱなしでも魔石のマナは十分持つし、使い切ったら下部の魔石を交換すれば良いだけで、素人でも交換出来るのじゃ。

 使用しておる素材も別に高価な物は使っておらんから、売りに出すとしても比較的安価で済むのじゃが、刻まれておる魔法陣はかなり精密で、別の商人が購入して模倣しようとすれば、二回り以上大型化するじゃろうから、置き場所にも困るじゃろう。

 他にも、一定間隔で回り続けるモーターの様な物や、道具の中には技術的に凄い物があったのじゃ。


「これは……かなり短いですがでしょうか? しかし、こっちは随分と分厚い指輪?ですかな?」


 そう言ったエドガー殿じゃが、その手に持っておるのは先端がギザギザになった形状の丸い棒と、複数の穴が開いた丸い円柱がいくつも収められた小箱。

 当り前じゃが、それはヤスリなどではなく、向こう地球では『タップ』や『ダイス』と呼ばれておる『ネジ』を作る為の道具じゃ。

 コレが何故、技術的に凄い物なのかと言えば、この異世界では物を固定するには、大抵が釘やリベット

 一応、異世界にもネジはあるんじゃが、それはかなりサイズが大きく、大型の攻城兵器や門と言った物に使われておる。

 その原因は、ネジの作り方にあるのじゃ。

 ネジを作るには地球であれば、タップやダイスと言ったネジを作る切削道具や、旋盤の様な加工道具があるのじゃが、異世界にはどちらも無い。

 そんな異世界で、もしネジを作る場合、金属の棒に染料を染み込ませた縄を巻き付け、その染料の跡を目印にしてヤスリを掛けたり、金槌で叩いて加工するのじゃが、当り前じゃが一本作るのにすんごい時間が掛かる。

 しかし、この方法ではある程度のサイズ以下では加工が出来ぬ問題があり、作れるネジは大きくなるので使える物が大型の物に限定されてしまうのじゃ。

 そして、雄ネジは作る事は出来るが、差し込まれる側の雌ネジ、つまりはナット等はもっと難しい。

 加熱したパイプに雄ネジを差し込んだ後、金槌で叩いて加工するのじゃが、コレは上手く作らんと抜けなくなるのじゃ。

 ベヤヤが新しく入手したという鍋にも、巨大ネジが使われておったが、アレはサイズが巨大じゃから、直接、雌ネジ側を削ったんじゃろう。

 それでも、やはりドワーフの技術力は高いのじゃ。

 じゃが、今回美樹殿が作ったタップとダイスがあれば、誰でも小型のネジを作る事が出来る。

 そうなれば、今まではいくら巨大でも組み立て済みの物を運ぶ事しか出来んかったが、ネジを使えば分解してコンパクトにし、現地に到着してから組み立てれば良いので、輸送コストが大分抑えられるのじゃ。

 恐らく美樹殿はタップから作っていって、徐々に小さくしていったんじゃろうな。

 そうしてタップとダイスの使い方をエドガー殿達に説明し、実際に雄ネジと雌ネジを作って説明したのじゃ。

 ぶっちゃけ、車椅子にもボルトとナットが使われておったんじゃけどな。


 そして、エドガー殿の所で美樹殿の作った道具を組み立てて説明し、その殆どが状況によっては使える物が多く、エドガー殿の所で作って色々と試して改良する事になったのじゃ。

 まだベアリングの製作は成功しておらんようじゃが、アレは中の球体を作るのが難しいから、作ろうとしておっても難航するじゃろうなぁ。




 魔石を受け取り、こっそりとタップとダイスもコピーしておいて、後で使える様にしておこうと思いつつ、学園に戻って来て、家の陰で変装してからコソコソと学園内に入る。

 そして、自室空き部屋がある倉庫棟に入ろうとしたのじゃが、何故か外扉が開かん。

 学園の倉庫は防犯の為に、カード型の魔道具に登録されたマナ情報によって開錠される特殊な鍵が、外扉に取り付けられておる。

 今までは、カードを鍵の隙間に差し込むとすぐに開錠されるんじゃが、今回はいくら差し込んでも開錠されん。

 首を傾げた後、カードを確認するがワシが間違っておったり、破損しておる訳では無いようじゃ。

 こうなると、鍵の方が故障しておる可能性があるのじゃが、ワシが出掛ける前はちゃんと機能しておったし、この短時間で壊れるとは考えにくい。

 このままここにいる訳にもいかんし、最終手段として外部から鍵事態に干渉ハッキングして開錠すれば良いだけじゃが、まぁ流石にそれは後々問題になるじゃろう。

 ここは大人しく事情を知ってそうな教員に聞くべきじゃな。

 そう思って教師達が普段おる教師棟に向かうと、そこに若い男性教師がおったので、倉庫棟に入れぬ事を伝える。


「あぁ、それは鍵の交換があったんだよ。 何でも教師の寮で盗難騒ぎがあってね、それで全ての鍵が交換されたんだ」


 そうして、今まで使っておったカードは使えなくなり、新しいカードが必要になったらしい。

 最後の方はかなり声を潜めておったが、盗難騒ぎとな。

 男性教師が新しいカードキーを用意してくれたのじゃが、古い方と交換となり、これで無事に倉庫棟に入れるようになったのじゃ。

 しかし、鍵の交換なんてワシは聞いておらんが……

 まぁ、急に決まった事の様じゃし、ワシが出掛けてしもうたから連絡が漏れたんじゃろう。

 そう思いながらワシは自室へと戻り、購入した魔石を一つずつ磨いて、授業で使える様に準備しなければならぬ。

 ドリュー殿に引き継ぐ事になるが、それまではワシの生徒じゃから、しっかりと教えるのじゃ!




「……コレがそうですけど、一体何に使うつもりなんですか?」


「君が知る事は無いよ。 それとも、私のやる事に何か疑問でも?」


「あ、いえ、そうではありませんが……急に鍵の交換を指示したり、カード鍵を回収させたり、一体何をと……」


「まぁ言っても問題は無いですがね……鍵の交換は防犯上の理由ですし、鍵の回収は、これでも一応は魔道具ですから、悪用されない為ですよ」


「はぁ……」


「分かったら、次の授業に向かいなさい。 時間は待ってくれないのですよ」


「あ、もうこんな時間に、失礼します!」


「………そう、これは正しい事、正さねばならないんですよ……」

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