第310話




 ヴェルシュ帝国の帝都を守る大門を守っていた獣人兵は大欠伸をしていた。

 獣人が多くいる帝都へ攻めてくるような馬鹿な奴はおらず、やってくる者達を調べて荷物を確認し、問題が無ければそのまま通過させる。

 そんな毎日毎日変わらない事の繰り返し。

 飽きる。

 もう飽きるとしか言いようがない。


「おい、いくら退屈だとしても、少しはシャキッとしろ」


「……そうは言うがなぁ」


 欠伸をしていたら、同僚の獣人兵から窘められるが、暇過ぎてどうしようもない。

 なら戦場に行けば良いと思われがちだが、戦場に送られる獣人は2種類に限られている。

 国に深く忠誠を誓った者か、国に忠誠を誓わずに犯罪へと走った者だ。

 自分にはそこまで深い忠誠心は無く、ただ平和に過ごせればそれで良く、兵士になったのも安定した収入があるからだ。

 そこに、最近は『大賢者』による新兵器が投入された事で、戦場に送られる兵士の数は更に減った。

 大賢者は人族らしいが、戦場に送られなくなって、命の危険が無くなるってのは人族でも大賢者サマ様様だぜ。

 そう思っていたのだが、その日は違った。


「おい、アレは何だ?」


 いつもの様に帝都へと入る為に並んでいる連中を調べていた際、同僚の獣人兵が何か遠くを見てそんな事を言った。

 その方向を見てみると、何かが此方へと走って来ていた。

 それも猛烈な勢いで。

 まさか帝都へと攻撃しようとする奴がいるのか!?

 最初はそう思って身構えたが、よく見れば走ってきているのは獣人兵。

 ただ、その様子は尋常ではない。


「ここを頼む」


 同僚にその場を任せ、駆けて来る獣人兵へと向かう。

 その際、獣人兵の恰好をした賊かもしれないと思って、一応腰の剣に手を置くが、正直、そこまで剣の腕は良くない。

 もし賊だったら、同僚が来るまで耐えられれば良いが……


「おい、どうした!」


 腰の剣に手を掛けたままその獣人兵に声を掛けると、その獣人兵がその場で倒れて地面を転がった。

 慌てて駆けよると、この獣人兵は豹獣人であり、相当長距離を走って来たのか、瞳孔は開き、呼吸もかなり短く荒い。

 豹獣人は、本来はそこまで長時間走る事は出来ないが、相当無理をしてきたのだろう。

 少なくとも賊では無いと判断し、担ぎ上げて門に併設されている休憩室へと連れて行く。

 そして、別の獣人兵に命じて救護兵を連れて来てもらい、担いでいた豹獣人をベッドに横にし、治療の為に兜や鎧を脱がせていく。

 土埃で汚れ、所々に血が滲んでいた事から、何度も転倒していたが、駆ける事を止めなかったのだろう。

 だが、そこまで急ぐ必要があったのだろうか?


「患者は?」


「あぁ、そこで寝ている。 鎧は脱がせたが全身傷だらけだった」


「ふむ、これは見た目は酷いが、流石兵士だな。 この程度なら直ぐに治るだろう」


 梟獣人がテキパキと処置していると、豹獣人が『ウゥゥ……』と呻き声を上げ、ゆっくりとその眼が開いていた。

 しばらくぼーっとしていたが、急にガバッと起き上がった。


「こっゴホッ、こゲホッ……此処は!?」


「落ち着け、ここは帝都だ、一体どうしたんだ?」


 咳き込む豹獣人に、梟獣人が水差しで水を飲ませる。

 水差しの水を飲み干すと、周囲を見合した後、慌てた様に脱がした鎧へと手を伸ばした。


「直ぐに城へ! 大変な事が起きているんだ!」


「大変な事だと? それによく見たら、その鎧の紋章は探査隊の紋章だが、何があったんだ?」


 探査隊と言うのは、この大陸にはまだ未探索の場所があり、その未探索の場所を専門に調査する特殊部隊だ。

 その特殊部隊に所属されるのは、かなりの熟練者や腕が立つ者ばかりだ。

 そんな奴が、『大変な事が起きた』と言うのは、冗談にしては笑えない。


「兎に角、直ぐに報告しなければ不味い事になる! 直ぐに城へ行かないと!」


「分かった分かった、俺が付いて行ってやるから、少しは落ち着け」


 興奮気味の豹獣人を宥めつつ、同僚の獣人兵に『アイツを城に送ってくる』と伝えて、豹獣人に肩を貸して移動する。

 本当なら馬車を使いたい所だが、門にある物は緊急時に使用する物なので、勝手に使う訳にもいかない。

 なので、こうして歩いて行くしかない。

 そうして、移動しながら話を聞いたのだが、機密部分がかなり多いので詳しい事は分からなかったが、バーンガイアとの国境でが起きた、とだけ分かった。

 ただ、それを吹聴する訳にもいかないので、豹獣人を送り届けたら、聞いた事は忘れる事にしよう。

 そう思いつつ、城に到着して城門の兵に引き渡した後、そのままいつもの退屈な仕事へと戻って行った。




 探査隊からの報告を受け、城内は大騒ぎとなった。

 ヴェルシュ帝国とバーンガイアの境目付近には、未探査地域の『クローブナル』と言う地域がある。

 探査隊はそこの調査をする為に派遣されたが、そこに到達する前に全滅した。

 全滅の原因は賊に襲撃を受けたとか、バーンガイアの兵に襲われた訳では無い。

 探査隊は最後の補給の為に、付近にある村の一つに立ち寄る計画を立てていたが、その村に近付いた時、ある異変を発見した。

 そこには何も無かった。

 いや、そこに村があった形跡はある。

 嘗て積み上げられていたであろう崩れた四角く切り出された石、踏み固められた地面、転がった農具の先端部……

 だが、そこには建物すらなく誰もいない。

 それどころか、草一本すらなく、所々に穴が開いており、その穴を覗き込むと何かを掘り返した後の様だ。

 異常を感じ、隊員達が周囲を探索した所、遥か遠くにあるモノを目撃した。

 それは黒い巨大な何か。

 ただし、そのサイズは巨大な湖よりも遥かに大きく、そんな黒い物体がウネウネと地面をゆっくりと動いている。

 隊員の誰かが『アレは何だ?』と呟いたが、それを答えられる者はいない。

 そして、その黒い何かが何かを目指して動き始め、隊員達は慌てて追いかけると、ソレが目指していたのはまた別の村だった。

 そして、ソレは村へと襲い掛かった。

 その様子を唖然と見ていた隊員達は、『直ぐに救援するべきだ』と主張する者と、『直ぐに帝都に戻って報告すべきだ』と主張する者に別れた。

 だが、その結論が出る前に事態が動いた。

 遠くで見ていた筈の隊員達をどうやって察知したのか、その黒いナニカが隊員達を目指して迫って来ていた。

 それに気が付いた隊長が、『緊急退避!』と宣言し逃げたのだが、その際、隊員達は襲われた村を見た。


 アレは黒い何かではなく、小さい生物の集合体。


 その生物が住民に襲い掛かり、その身体を食い破っていく。

 それだけではなく、その生物は住居や植物にも取り付き貪り食っている。

 それを見て、先程村があった場所にあった穴は、この生物達が木の根まで喰った後だと理解した。

 隊員達は逃げ続けたが、何処までも黒い生物の群れは追い掛けてくる。

 そして、止む無く、隊員達は『誰か一人でも帝都に到達すれば良い』と、それぞれがバラバラに逃げる事にした。

 その結果、帝都に辿り着いたのはたった一人。

 他の隊員達がどうなったのかは、この隊員にも出迎えた兵にも分からない。

 だが、その一人によってヴェルシュ帝国はこの異常事態を察知する事が出来たが、それに対する適切な対処法は分からず、兎に角、部隊を送って順次殲滅するしかないとして、予備部隊を投入する事にした。

 自身で志願する程、血気盛んな獣人兵が5000人集められて送り出され、その結果報告を帝都で待つ事になった。

 誰もが、時間は掛かっていても、『殲滅作業は順調に進んでいる』という経過報告が来るものと思っていた。



 しかし、部隊を送り出して一月が経過したが、そんな経過報告すら、帝都に届く事は無かった。

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