第309話




 カスパン問題は解決したが、そもそもどうしてそんな事が起きたのか……

 その原因の一つとして考えられたのが袋の取り違えだが、今回の袋にある焼印は間違いはなかったが、王城に納品される物は審査も厳格だ。

 当然、納品する際に審査も行われている。

 つまり、納品された後、中身をすり替えられたという事だ。

 王城に勤めている兵や騎士、文官に至るまで支えているのが王城の食堂だ。

 そんな所で本当に舐めた事をしてくれたな。




 そして、調査を行う事になるが、実は犯人はあっさりと見付かった。

 ダンの話では、前日に使う小麦粉を運び込んで準備をしておいた。

 つまり、ダンが運んできた小麦粉はこの時点では『スキャバリー産』だが、一晩の間に中身をすり替えられた事になる。

 その一晩の間に交換するなんて、一人で出来る事ではない。

 その日の夜、休みになっている職員は数人だけ。

 何より、夜の食糧庫は普段は鍵が掛けられているから、それを開けて入るには鍵が必要になる。

 なので、あっさりと犯人は分かった。

 主犯は『トラス』、その協力者は『キーガン』と『テニオン』。

 全員新しく入った下拵えの連中だ。

 テニオンの部屋を調べた職員によれば、机の下に袋があり、その中は小麦粉が入っていた。

 当たり前だが、全員クビだ。

 特に、鍵を盗んだキーガンは牢屋行きになった。

 問題は主犯のトラスは指示をしただけで、牢屋にぶち込めなかった事だ。




 いきなり王城調理室をクビになった。

 テニオンの奴、すり替えた小麦粉を処分せず部屋に隠したままで、そのせいで料理長にバレた。

 早く捨てろと指示を出していたのに、そのせいで、俺までクビになっちまったじゃねぇか。

 まぁ、指示を出しただけで、俺が直接やった訳じゃねぇから、テニオンみてぇに牢屋行きにはならなかったのは幸いだが、有能な俺をクビにして、平民の女なんかを採用し続けるなんて、どうなってやがんだ!

 屋敷に帰ってそんな事を親父が知れば、黙っちゃいないだろう。

 そう思って屋敷に帰って親父に話すと、親父が激怒した。

 コレでアイツ等も終わりだと思ったら、いきなり親父に殴られた。

 そして、親父から罵倒されながら殴られ蹴られ、周りにいた家来共が、慌てて親父を取り押さえなければ、そのまま殺されていただろう。

 暴行を受けた所がかなり痛むが、訳が分からない。

 悪いのはアイツ等で、俺は被害者の筈だ!


「馬鹿者! 下手をすれば貴様だけではなく、この家そのものを潰す可能性があったのだぞ! !」


 取り押さえられた親父がそう言うが、俺がやったのはただ小麦粉をすり替えただけだろ。

 俺がそう言ったら、親父を取り押さえていた家来共が一斉に俺を見て来た。


「お前は! 何も! 分かっていない! すり替えただけだ!? それが毒物だったらどうなっていたと思う!」


 親父が取り押さえていた家来共を跳ね除けて、再び俺を蹴り始める。


「お止めください!」


 家来共が親父を止めようとするが、『身体強化』を使った元騎士である親父を中々止められない。

 それでも何とか止めようと 家来共が押さえていく。


「貴様は! やっと真面な仕事に送り込めたというのに! この馬鹿は部屋に閉じ込めておけ! 絶対に外に出すな!」


 親父に蹴り飛ばされた後、俺は屋敷の中央付近にある部屋に入れられ、外から鍵を掛けられた。

 これじゃ外に出られねぇじゃねぇか!




 王城に使いを出し、用意した馬車に飛び乗って王城へと向かう。

 馬鹿息子のせいで、危うく一族郎党処断されるところだった。

 何とか弁明して、どうにか軽い罰則で済ませる様にしなければ……

 偶然、宰相であるボーマン様に時間が空いていたので直ぐに話が出来たが、今回の件はかなり拙い事だと言われた。

 今回はすり替えたのが産地の違う小麦だったが、これが馬鹿息子に言った通りに毒物だったら、今頃、王城は阿鼻叫喚の地獄になっていただろう。

 馬鹿息子が主犯だが、明確な証拠は無いから牢屋にぶち込まれる事は無いが、正直、ぶち込んでもらった方が良かった。

 しかも、王城の料理長は元が付くが、実力で魔法師団の副団長にまでなった男だ。

 あの男は、魔法師団所属時代、団長の爺だろうがズカズカと口を出し、演習と称して爺と魔術を撃ち合って、郊外の演習場を破壊したり、近衛騎士団とも演習をして圧勝した事がある。

 馬鹿息子はそんな男に対して、喧嘩を売ったのも同然の事をしたのだ。


「しかし、何も処罰もない、というのは拙いですね」


「あの馬鹿息子、悪知恵だけは働く様で、直接関わったという証拠を残しておらず、そのせいで表立って処罰する訳には出来ませんが……最早、馬鹿息子とは親子の縁を切り、陸軍第一部隊にぶち込みます」


「……私が言うのも何だが、第一部隊に?」


 ボーマン様がそう言うが、陸軍第一部隊と言うのは、この国バーンガイアの中で最強の部隊だ。

 個人最強としては、嘗て黒龍を倒したルーデンスが最強だが、群としてなら第一部隊だ。

 その設立は元々国を守る陸軍が、その黒龍によって殆ど抵抗も出来ず壊滅して、復興後に設立されたのだが、その経験から軍の中でも一番の実力を付ける必要があるとして、ボロボロになるまで訓練をしている。

 そして、第一部隊に所属するのは立候補した者だけで、除隊は認められていない。

 その為、第一部隊に所属しているだけで、周囲が尊敬したりする。

 ただし、その訓練は過酷を極め、立候補した兵が想像していた理想と掛け離れた現実の差で、後悔するも除隊が認められていないので、我武者羅に訓練をするしかない。

 そんな所に、馬鹿息子を放り込む。

 コレで少しはマシになるだろう。


「分かった、手続きはしておこう」


「………それと、この後、あの男の所にも謝罪に行きますので、もしもの時は……」


「……用意しておこう」


 正直、行きたくはない。

 だが、謝罪には行かなければならない。

 もしかしたら謝罪に行った瞬間、あの男からキレて魔術を叩き込まれる可能性だってある。

 それでも、謝罪はしなければならない。

 ボーマン様にもしもの場合に備えてもらい、食堂へと向かう。


 結論から言えば、あの男に謝罪し、馬鹿息子は親子の縁を切り、陸軍第一部隊へとぶち込む事を決めた事、詫びとして、あの男が希望した俺の領で採れる食材を格安で取引する事で手打ちとなった。

 キレて魔術を撃ち込まれる事はなかったが、かなりの痛手だが、一族郎党処刑されるより遥かにマシだ。




 そして、ボーマン様に用意してもらった絶縁状と入隊届を預かり、屋敷に帰る。

 しかし、このままだとあの馬鹿息子は絶対にサイン等しない。

 ならばどうするか。


『ギャハハ!』


 鍵を掛けた部屋から馬鹿笑いが聞こえて来る。

 屋敷の食事は普通に出したが、その際に酒を付けてやった。

 ただし、その量は大瓶一本だ。

 長時間部屋の中に閉じ込められたから、夕食に酒を付ければ大量に飲むと思ったが、予想通り飲みまくったようだ。

 しばらく待っていると、更に五月蠅くなった後、少しずつ静かになっていく。

 そろそろだな。


「……トラス、起きろ、トラス!」


 部屋に入ると、トラスは酒瓶を抱えて鼾をかいていた。

 そのトラスを揺すって起こすと、トラスはかなり朦朧としていた。


「……んぁ? 親父? 何の用だよ……」


「コレは大事な書類だ、私は名前を書いてあるから、お前も名前を書け」


 酔っ払って正常な判断が出来ないトラスが、俺の指示で自分の名前をサインする。

 トラスが書き終えたの確認し、ミスなくちゃんと書かれているのも確認。

 コレでトラスは、『トラス』で『陸軍第一部隊に所属する事』になった。


 そして、次の日。

 ボーマン様経由で連絡を受けた陸軍の兵士達が、屋敷にやって来てトラスを連れて行く。

 最初は騒いだトラスだが、兵士から廃嫡された事と入隊届を突き付けられ、唖然としたまま引き摺られていった。










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


-陸軍第一部隊ってどのくらい強いの?-


-王都では近衛を除いて1位ですが、国全体で考えると実は2位なんですよね-


-あれ? あの国で最強の部隊なんじゃないの?-


-国全体で見ると、実は最強なのは近衛を含めても御存知『黒鋼隊』です-


-あーあの-


-個人最強が率いてる部隊ですからね。 所属隊員は隊の名前に人一倍の誇りを持ち、隊長に引っ張られて訓練していますから、自然と周囲よりぶっ飛んだ規格外隊員に成長する訳です-


-まぁそうなるわね-


-もし戦ったら、黒鋼隊>近衛≒陸軍第一部隊の順になりますが、黒鋼隊はクリファレスに備えていますので、基本的に領地から出て来ません-


-基本的?-


-そりゃ攻められれば反撃の為に動きますよ-


-あー……-


-後は、黒鋼隊を詐称したりした場合ですね-


-………いるの? そんな命知らず-


-そりゃ昔から『自分は大丈夫』なんて根拠のない自信でやるのが詐欺師や馬鹿ですから-


-そこら辺は何処の世界も変わらないわね-

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